第121話
「では早速取り出してから、着けてみるとしようか」
信康はそう言うと、木箱の蓋を開けた。
箱の中には人型の台に兜を除いた、甲冑一式が装着されていた。
「・・・ふむ、これが頼んだ魔鎧か」
「そうよ。もっと機能を付けようと思えば出来たけど、費用が跳ね上がるから止めたわ。それと試作段階だから魔馬人形同様、まだ一つしか製造していないわよ。作り直しは面倒だもの。早速だけど、確認して貰える?」
イセリアが首をクイッと動かして確認を促すと、信康も首肯して頷いた。
「お手伝いします。ノブヤス様」
「私にも手伝わせて下さい」
魔鎧を装着しようとする信康に、ルノワとコニゼリアも装着の手伝いをしようと信康の傍に来ていた。
信康は拒否させずに、ルノワとコニゼリアに任せた。
二人は木箱から、鎧を装着された人型を取り出した。
「あら? 軽いですね」
「えぇ。とても鎧の重さとは思えないわ」
ルノワとコニゼリアは、魔鎧を装着された人型の軽さに驚いていた。
「そういう注文だもの。依頼主の要望に応えるのは、当然でしょう?」
イセリアが当然だと言わんばかりに、再びその豊満な胸を張った。信康はそんなイセリアの態度を見て、信康は笑みを浮かべた。
「確かに軽いな・・・だが強度が無ければ、話にもならん。次は性能を確かめるか。ルノワ」
「はっ」
信康はルノワを呼ぶと、手招きした。ルノワは信康に手招きされるまま、近付いて行く。
「この魔鎧の性能を確かめたい。だからこうしろ・・・」
「・・・っ!? ノブヤスさんっ、それはっ・・・!!」
兎人族特有の優れた聴力で信康の命令を聞いたコニゼリアは、心配した様子で声を荒げた。ルノワは何も言わないが、拒否感が露わになっていた。
自分の事を慮る二人に、信康は苦笑しながら開口する。
「心配無用だ。俺はこいつ等の技術力を信じているからな・・・確認するが、頼んだ通りの性能なんだろうな?」
「ええ、ご要望通り『羽毛みたいに軽くて、簡単に壊れない程に頑丈で関節部は動き易い鎧』よ」
信康は要望通りに作られたので、満足げに頷く。そして再び、ルノワに命じた。
「ルノワ、さっさと始めろ。それでイセリアが言っている事が、はっきりする」
「・・・・・・御意っ」
ルノワは信康に一礼すると、直ぐに後方に走り出した。そして信康から、百メートル程の距離を取った。信康はルノワの位置を確認した後、イセリア達にその場を動かない様に命令してから距離を取った。
「小隊長?・・・それにルノワ副官も」
第四練習場に残っていたトッドが、二人は何をするのか分からず首を傾げていた。
それはトッドだけで無く、鈴猫を始め他の小隊員も同様であった。
そんな鈴猫達とは対照的に、イセリアとコニゼリアだけは状況を理解していた。二人の違いは、イセリアは平然としているがコニゼリアだけが心配そうに信康を見詰めていた事だった。
「ちょっと、コニゼリア。二人は一体何を始める心算なのよ?」
鈴猫はコニゼリアの様子を見て、これから何が起きるか分かっていると思い訊ねた。他の隊員も気になって、コニゼリアが何と返答するか見る。
「ノブヤスさん・・・」
鈴猫に訊ねられたコニゼリアだったが、鈴猫の声を聞いておらずただ真っ直ぐ信康を見詰めていた。
「コニゼリア、おいっ。だから二人は何を・・・んなっ!?」
『?????』
トッドは何も言わないコニゼリアに対して、少しばかり怒りを覚えて声を荒げた。
しかしルノワの方へ視線を向けると、動揺した様子を覚えた。
そんな動揺しているトッドに、鈴猫は首を傾げて一斉に視線をルノワに向けた。
『・・・・・・っっ!!!??』
鈴猫リンマオ達は視線に映った光景を見て、ギョッとした表情を浮かべた。
「ふぅっ・・・・・・っっ」
其処には信康に向けて、三本の矢を弓に番えるルノワが居たからだ。既に呼吸を整えて、三矢を放つ体勢になっていた。
「ちょっ!? まっっ!!?」
トッドがルノワを止めようと叫ぼうとするが、その前にルノワが三矢を撃ち放った。ルノワから百メートル以上離れていると言うのに、トッド達の耳には矢を放つ際に鳴る風を切る音が聞こえた。
三本の矢が、信康に向けて真っ直ぐ放たれて行く。その様子を見て、鈴猫リンマオ達は悲鳴を上げる。
「小隊長っ!」
「ノブヤス小隊長、避けて下さいっ!!」
鈴猫達は信康に避ける様に声を荒げるが、信康は仁王立ちしてその場を動こうとはしなかった。
三矢は信康が着ている魔鎧を貫くと思われたが、三矢は全て魔鎧に当たるとカンと甲高い音を立てて弾かれて地面に落ちた。
「す、すげぇ・・・・・・」
トッドは三矢を弾いた魔鎧の性能に、感嘆の声を漏らす。鈴猫リンマオ達他の小隊員も、魔鎧の性能に驚いていた。
「ふむ、期待通りの性能だな・・・お前等、驚かせて悪かったな。俺がルノワに頼んで、魔鎧の性能を確かめたいから矢を放てと言ったんだ」
信康が魔鎧の性能に感心しながら、トッド達の下へ歩いて状況を説明した。信康の説明を聞いて、トッド達は漸くその言葉の意味が分かった。
『こんな事をするなら、前もって言って下さいよっ!? 心配したじゃないですかっ!!?』
「すまん。魔鎧の性能を早く試したくて、忘れてたよ」
トッド達は信康の身を案じて、信康の無謀な行為を非難すると信康は素直に謝罪した。
『だからって、無茶しないで下さいっ!?』
「まぁ当たっても死なない所を狙えと言っておいたから、万が一の事があっても大丈夫だった」
「ノブヤス様。トッド達の言っている事も尤もですよ」
トッド達を宥める信康の下へ、ルノワが戻っていた。何時の間にか戻っていたルノワの姿に、信康達は驚いていた。ルノワの表情にも、不満がありありと言った様子であった。
「おほほほほっ! 小隊長さんは面白い人ね。何かあれば、怪我では済まなかったでしょうに」
其処へ信康達のやり取りを見ていたイセリアが、楽しそうに笑いながらそう言って来た。自然と、信康達の視線はイセリアに集中する。
「ふっ。その何かが起きた可能性はあったのか?」
「皆無ゼロね。妾達姉妹は天才だから億が一、いえ那由他の彼方の程の確立も無かったわよ」
自信満々な様子でそう断言したイセリアに、一切謙遜する様子を見せない傲慢とも自惚れともその態度を見てルノワ達は呆れていた。しかし信康だけは、そんなイセリアを見て笑みを浮かべる。
「要望通りに作ってくれて、感謝する」
「おっほっほっほっほ、これぐらい造作もないわ」
イセリアは羽根扇子を閉じると、真面目な顔をした。
「と言ってもまだ試作段階だから、これから更に強化していく心算よ。それから量産して行くわ」
「引き続き頼む、しかしこれでまだ試作段階とは凄いな。この状態で完成品と言われても、疑う奴はおらんだろう」
「妾達は納得出来ないわよ。調整があるから、後でちゃんと返して頂戴。最終的にはこの魔鎧の強度をもっと上げて、あの魔石を埋め込んで完成なのだから」
「そうか。じゃあ、引き続き、改良を頼むぞ」
「勿論。ああ、それと・・・これは製造した人造魔石群と魔馬人形と鎧の製造費用の請求書よ。魔石を除いて魔鎧や魔馬人形を隊員分用意すると考えたら、この請求書に書いてある製造費用の総額の百倍以上掛かるからよろしくね♪」
イセリアはその豊満な胸の谷間に手を入れて、請求書を出した。
その請求書を信康に渡す。
「そうか。どれどれ」
信康はイセリアから手渡された請求書を開き、記入されている請求額である金額を確認した。
隊員達もどれくらい金が掛かったのか気になって、信康の後ろから請求書を覗き込んだ。
開発物 請求書
製造費用
魔馬人形(部品等合わせて) 金貨一千八百枚
魔鎧(部位全て合わせて) 金貨一千五百枚
魔石(総数及び加工費用込み) 金貨二千二百枚
合計 金貨五千五百枚
『・・・・・・・・・・・・』
信康の後ろから紙を覗き込んでいるトッド達は、大口を開けて絶句していた。冷静で居たのは請求書を突き付けたイセリアと、信康とルノワの三人位だ。
幾らなんでも、これは高過ぎだろうと全員の心の中で思った。
「貧乏人には高価格と思うかもしれないけど、これでもかなり勉強した方よ」
『嘘吐けっ!? これはぼったくりだろうがっ!!?』
トッド達は、イセリアにツッコミを入れた。
「そうかしら? 言っておくけど魔鎧なんて代物は魔力鍛冶師や魔力鍛冶匠に頼んで、最低でも金貨三千枚払って製造を依頼するのが相場よ? それと自分で言うのも何だけど魔馬人形の方もあれだけ高性能な割には、かなりお買い得価格に抑えたと自信を持って断言出来るわ」
イセリアは首を傾げて、別にこれぐらいは普通だろうと思っている顔をしてそう説明した。トッド達は魔鎧の相場を知って再び戦慄したが、直ぐに信康に顔を向けて意見し始めた。
「ノブヤスさんっ、騙されたら駄目ですっ! イセリアさんの言っている事が本当ならこれでも安いかもしれませんけど、普通の感覚で言えば流石にこれは幾ら何でも高過ぎますからっ!? イセリアさんもイセリアさんですよっ!! ノブヤスさんを破産させる気ですかっ!?」
「コニゼリアの言う通りよっ! 確かに性能の素晴らしさは認めるわ・・・でもこんなのヘルムート総隊長に見せても、却下されるのがオチに決まってるじゃない!!」
「そうですぜっ! 小隊長一人でも絶対経費で落ちないだろうし、俺達の分なんて用意出来やしないっすよっ!」
トッド達はイセリアからの請求金額を見て、一同に猛抗議する。しかし信康は請求書を一瞥して、イセリアを見る。
「いや、お前等落ち着け。これはイセリアが言う様に、俺が想定よりもずっと安いぞルノワ、預けていた俺の金を出せ」
「分かりました。収納」
ルノワは収納ストレージの魔法を唱えると、黒穴が空間に出現する。その黒穴へ両手を伸ばして、革袋を二つ取り出した。一つは中身が入っており、もう一つは何も無い空の革袋だった。
「一袋には、白金貨が入っている。この白金貨で、五十五枚払おう。白金貨五十五枚ならば、金貨五千五百枚と同義だろう? 金貨が希望なら、銀行に行って両替して来るが?」
信康が革袋から白金貨を取り出すと、信康の掌で白金貨がキラキラと輝いていた。
『・・・・・・』
第四小隊の大半の隊員達は初めて見る白金貨に、目を奪われていた。イセリアだけは、真面目な顔で白金貨を見ていた。
「・・・いえ、良いわ。同じお金ですもの。寧ろ、軽くて運ぶのが楽だわ。ならこの請求書は、もう要らないわね」
イセリアはそう言うと、信康は空の革袋に白金貨を五十五枚入れてイセリアに手渡した。イセリアは信康から白金貨が入った革袋を受け取って、収納ストレージに収めた。更に信康に渡そうとした請求書を、生み出した炎で火を付けて燃やして灰にした。
「ちょっと小隊長さんの事を、侮っていたわ。その事に関しては謝りましょう・・・でも第四小隊他の隊員達の分はどうするの? そっちは経費で落とす心算かしら?」
イセリアの質問に、トッド達は注目した。そして自分達の分の鎧や魔馬人形ゴーレムホースを費用など、経費で降りる訳が無いと思っていた。
「馬鹿を言え。傭兵部隊おれたちを軽視している軍上層部が、こんな大金を負担してくれる訳が無いだろう? そもそも軍の予算で魔鎧が着れるなら、とっくにプヨ軍の兵士や騎士は皆が着ているさ・・・だから第四小隊ぜんいんの分は全部、俺が自己負担する」
トッド達は信康が断言した言葉を耳にして、信じられないものを見た様子で信康を凝視していた。これだけ高価な代物を、自己負担で払うと言っているのだ。幾ら部下とは言え、他人でしか無い自分達の為に其処までしてくれる信康の心情が分からなかった。
「そう。さっき即金で払ってくれた貴方を疑う訳じゃないわ。でも妾は最初に言ったけど・・・小隊分の魔鎧や魔馬人形を用意したら、魔石分の費用を除いても今支払った金額の百倍以上掛かるわよ?」
「構わんさ。鉄貨一枚でも負けろとは言う心算は無いし、予定通りお前の言い値で払う。それに部下の命を預かっている俺には、隊員達を出来る限り死なせない様にする最大の努力をする義務があるんだ。だから予定通り、全員分造ってくれよ。最初に言った様に、費用に関しては気にせんで良いから」
「ノ、ノブヤス小隊長ぉ・・・ぐすっ」
信康は何でも無い様に、そう断言して見せた。それを聞いてトッド達は、言い様の無い感動に襲われていた。自分達の為ならば、幾らでも金を払うと言ってくれたのだ。既にトッドを筆頭に何人もの小隊員達が、信康の思い遣りに満ちた言葉に感動して涙を浮かべていた。
「ああ、それと。弓兵の用の武器も出来るだけ早く試作品を持って来てくれ。試してみたいからな。ああ、その費用も勿論払うぞ」
「・・・・・・ふっ、ふふふふ」
イセリアは笑い出す。
信康は何か面白い事でもあったかと思い、周りを見るが特に何もない。
「妾達はそれなりの月日を傭兵として活動していたけど・・・何か開発してくれと頼まれて作っても、どいつもこいつも高過ぎるとか値引きしろとか文句を並べて踏み倒そうとする輩ばかりだったわ。貴方みたいに高いとも値引きしろとも言わないで、費用について気にするなと言う気前の良い依頼主は初めてよ」
「お褒めに与り光栄だ。まぁ、そんな訳で任せたぞ」
「ええ、良いわ。その分だけお金が掛かるかもしれないけど・・・『魔学狂姉妹』の名前に懸けて、貴方の期待以上の代物を作ってみせましょう」
「楽しみにしているよ」
信康はそう言って、これからどうしようかと考えた。
訓練は中止したので、暇になってしまった。
しかし第四訓練場には、第四小隊の小隊員達が残っていた。
「良しっ! 今日はサンジェルマン姉妹が開発している、素晴らしい魔鎧と魔馬人形の完成の前祝いにこれから飲みに行くぞっ!! 支払いは全額、俺が持つ!!」
『・・・・・・・・・お、おおおおおおおおおおおっ!!!?』
一拍遅れて、大歓声が上がる。
信康が眼前で大金を払ってみせたので、信康ならば大丈夫だろうという思いが胸中に宿っていた。更に信康の奢りで酒が飲めるので、誰もが喜んだ。
「お前もどうだ?」
信康はイセリアも誘ってみた。
「結構よ。今は時間が少しでも惜しいもの。今度は見積書を持って来るわ。それじゃあ、御機嫌よう」
イセリアは一礼して、訓練場から出て行った。
「何だよ。あの女、スカしやがってっ」
「そう言うな。トッド。あれで、俺の期待に応えてくれたんだ。これ以上文句を言えば、罰が当たる」
「小隊長。あの女、見てくれは良いですけど・・・妹の方と違って性格はかなり悪いと思いますぜ。調子に乗って、小隊長の迷惑を掛けるかもしれませんよ?」
「そうなったら、そうなったらだ。それに」
「それに?」
「迷惑を被ったぐらいで、あんな美人姉妹と話が出来るんだ。悪くは無い。そうして距離を近づけて行けば、何れは・・・・・・・」
信康はニヤリと笑みを浮かべた。
「小隊長、あんた、本当に何時か女に刺されますぜ?」
「ふっふふ、それで死ぬのも悪くない。それにあの程度の言動では、腹を立てる程でも無い」
「はぁ? 本気マジですかい?」
「昔、もっと扱いが面倒な女と知り合いなったからな。それに比べればあんな物言い程度だったら、猫にじゃれつかれているみたいなものなんだよ」
「あ、あれで?」
トッドは信じられない顔をしていた。
信康はそう言って、昔の事を思い出す。
(あいつも面倒だったな。気が強くて気位が高かったな。更には武芸も達者で、相当強かった。鍛錬を怠る奴でも無かったら、最後に会った時よりも強くなっている事だろうな・・・まぁ嫉妬深くて俺が側室や愛人を増やす度に、決まって薙刀を振り回して一日中しつこく追い駆けられたものだ)
今でも仲は良かったと思っている信康。
何だかんだ言っても、出奔する時まで朝ご飯は共に食べていた。更には寝る時は何時も一緒であった。
昼間はあんなに怒っていたのに、夜になると同じ人物かと思える位にしおらしくなるのが通例だった。そのギャップの差が可愛くて、信康は床ではいじめていた。二重の意味で。
(まぁ俺とあいつとの関係よりも、お袋とあいつの相性が悪くて大変だったな)
何せ顔を合わす度に口喧嘩するので、気が落ち着く暇もなかった。
振り返ってみるとその大変さも込みで、楽しい毎日だったなと思う信康。そして今更ながら、会いたいという思いも僅かながら残っていた。
「ノブヤス小隊長? どうかしましたか?」
「・・・・・・いや、何でも無い」
信康の様子が気になって、トモエが信康に声を掛けた。すると信康は首を横に振り、先程まで思っていた事を振り払う。
「さて、飲みに行くか。トモエ、お前も遠慮せずに好きなだけ飲んで食えよ」
「ありがとうございます。では今夜は、ノブヤス小隊長の御言葉に甘えさせて頂きます」
信康は第四小隊の小隊員達を連れて、酒場へと繰り出した。
昔の事を忘れようとしているみたいに、酒を浴びるが如く飲む信康。
その姿を見ても何も言わずに、黙って交代で酌をするルノワとコニゼリア。
更に少し離れた所で、信康を見る人物も居た。
その者はショットグラスに入っている琥珀色の液体を揺らしながら、信康を見る。
「あの頃とちっとも変わらないわね。ノブヤス・・・・・・相変わらず綺麗な女達を侍らせてるけど、元気そうで良かったわ」
その者はそう言い終えると、ショットグラスの中身を飲み干した。それから店員に勘定を支払うと、流し目で信康をチラッと見てからその場を後にした。因みに信康は残念ながら、その者の視線に気付く事は無かった。




