第117話
信康はテーブルの椅子を引いて、コニゼリアを座らせる。
椅子に座ったコニゼリアは、酒瓶とバスケットをテーブルに置いた。
「故郷の料理なので、お口に合うか分かりませんが・・・どうぞ、召し上がって下さい」
バスケットを開けると、中には四角形に切り串に刺して焼いた肉。香辛料で炒めた肉。渦の形をした肉詰め。円形のココット皿に盛られた野菜や肉を煮込んだ物。そして薄く焼かれたパンケーキみたいな食べ物。あとは二人分のグラスと、食器の類が入っていた。
「これを全部、一人で作ったのか?」
「はい。これでも料理は得意なんです」
コニゼリアはえへへと笑いながら、信康に食べる様に薦めた。
信康は薦められたので、遠慮なく食べる事にした。
取り敢えず、味の比較が簡単な渦の形をした肉詰めをフォークに刺した。
そのまま口に入れる噛むと、熱い肉汁があふれ出す。
更に香辛料も使われているのか、ピリッと辛い味もした。
その辛みが肉汁をより美味しくさせていた。
「んぐ・・・腸詰めは色々な国で食べた事はあるが、辛い香辛料を使っている腸詰めは初めて食べる。しかしこの腸詰めの見た目はドイチュランド地方で食べた、渦巻の肉詰めブラードブルストシュネッケによく似ているな」
「そうなんですか? 私の故郷では腸詰め作りで腸詰めする際に、肉に辛い香辛料で味を付けるのです」
「ふ~ん。そうか、それにしても、これは酒が欲しい味だな」
信康がそう言うと、コニゼリアはワイングラスに酒を注いだ。
こうして見ると、白濁していた。
匂いを嗅ぐと酒の匂いがしていた。
「白濁した酒か。久しぶりに見るな。原材料は何だ?」
「パームと言う名前の椰子です。その果汁を、発酵させて作った椰子酒です」
信康は酒の材料を聞いて、思っていたのと違い内心残念と思っていた。
白濁しているので、てっきり米を使った酒だと思っていた。しかしよくよく匂いを嗅いでみると、果物特有の甘い香りに漸く気付いた。
(大和を出て以来、飲んでないな。あの米で作った酒・・・あまり進んで飲んでいなかったが、こうなっては恋しく感じてしまうな)
十一歳の時に初陣を体験して、信康は敵将の首級を一つ挙げる事が出来た。その褒美として、諸白と言われる酒を飲んだ信康。
信康が口にする機会があった酒の種類は主に白濁した濁酒だったが、偶に諸白という透明な酒を飲んでいた。しかし酒より茶が好みな信康は、自分から進んで飲んでいなかった。
出奔しても、米を食べる国に行く事はあった。その国でも米で酒を造ってはいたのだが、味がどうも大和の酒と違った。
蒸留していたり米の種類が違う所為なのか、どうも味が違う酒になっていた。
「どうかしましたか?」
「いや、何でも無い」
信康はグラスに注がれた椰子酒を、舐めるみたいに飲んだ。
一口飲んで、これは酒精が強いなと思う信康。
だが酒精が強い酒だからこそ、口に残っていた肉の脂を綺麗にしてくれた。
「うん。少し強いが美味い酒だな」
甘いのだが、酸味もあった。
なので、知らず知らずグビグビいける酒ではあるが、あまり勢い良く飲み過ぎると酔ってしまうと思う信康。
「そうですか。ささ、御摘みも沢山あります。遠慮せずにいっぱい食べて下さい」
コニゼリアが薦めるがままに、信康もバスケットに手を伸ばして酒と一緒にご飯を食べた。
プヨ歴V二十六年七月一日。朝。
信康が目を覚ますと、既にコニゼリアの姿は無かった。
何処に行ったと思い、身体を起こすと同時に鈍い痛みが頭を走る。
「いっつ・・・あ~、きのうはけっこうのんだからな・・・・・・」
信康は頭を抑えながら、寝台を降りる。
そして、テーブルの上に置かれている紙を見た。
書体からして、恐らくコニゼリアが書いたのだろう。
紙には「今度から私の事は、コニーって呼んで下さい。愛しい私の旦那様」とだけ書かれていた。
信康はそれを見て、笑みを浮かべた。
(可愛い奴め。まぁ、それは良いとして問題は・・・)
今はこの頭の痛みを何とかしないと駄目だと、切実に思った信康。
早速医務室に行って二日酔いの薬でも貰おうかと、そう思って部屋を出ようとすると扉がノックされた。
「誰だ?」
まだ朝早い時間なので、訓練の為に誰かが起こしに来たとは思えない。
そう思い、扉の向こうに人物に問い掛けた。
「私です」
「ルノワか? 入れ」
声の主がルノワだと分かると、信康はすんなり通した。
部屋に入ったルノワの手にお盆を持っておりその上に何かの袋と、水が容れられているピッチャーとコップがあった。
「それは?」
「医務室に行って、二日酔いに効く薬と水をお持ちしました」
「あ、ああ、ありがと?」
これから医務室に行こうと思っていたのに、どうしてルノワが欲しい物を持ってきたのだろうと思う信康。
聞くかどうか、少し考える。
そうしているとルノワはテーブルにお盆を置き、袋から薬を幾つか出しコップに水を注いだ。
「さぁ、どうぞ」
「世話を掛ける。ありがとう」
信康はルノワから薬とコップを貰い、薬と水を一緒に飲み込んだ。
口の中に入った薬は、水に溶けて苦い味が口の中に広がる。
直ぐに飲み込みはしたが、口の中には苦い味が残って顔を思わず顰める信康。
(良薬は口に苦しと言うが、これは中々きついぞ・・・・・・っ!?)
そんな苦し気な表情を浮かべる信康を見て、ルノワは接近して唇を重ねた。前触れもなく口づけしてきたので、信康は驚いた顔をしていた。
驚いている信康の口内に、ルノワの舌が入り込み絡みついた。
「はちゅ、ちゅ、んちゅ、はむ、んぷ・・・・・・・ちゅぱ・・・・・・・」
先程まであった苦味は、ルノワの口づけにより直ぐに無くなった。
一頻り口付けをしたルノワは、唇を離した。
そして、自分の唇を舐めた。
「昨夜はお楽しみだったのですから、これ位は良いですよね?」
その言葉から、昨日コニゼリアと寝た事を察しているようだ。
「何で、知っているんだ?」
「ふっふふ。昨日、コニーが私の所に来て、それで話をしていたのですよ」
「話?」
「ええ。コニーは私がノブヤス様の女だと勘で分かったそうなので、今後とも仲良くする為の挨拶も兼ねてノブヤス様の好みを聞いて来ました」
「お前、何時も思うけど随分と寛容だよな。ありがたいとは、常々思っているが」
女と言うのは、普通は自分の男に女が寄って来るのは嫌がるものだ。
なのに、ルノワは積極的に信康に女を作らせようとしていた。
これも黒森人族独特の考えなのだろうか、そう思ってしまう信康。
「さぁ、何故でしょう?・・・ただ、私の事だけは忘れないで下さいね? とだけ言っておきます」
ルノワは微笑む。それについては語る事はしない様だ。
すると即効性の薬だった様で、頭に走る鈍痛が消えた。信康は立ち上がった。
「腹も減っているし、朝ご飯食べに行くか。それと言っておくが・・・お前程の良い女をどうやったら忘れられるのか、俺には一生分からんと思う」
「はい・・・そうですか、ふふっ」
信康は嬉しそうに微笑む御機嫌なルノワを連れて、食堂に向かった。その際にルノワは、信康の右腕を掴んで組んだ。
食堂に着くと、料理を貰おうとカウンターに行こうとしたら誰かに腕を掴まれた。
誰だと思い、顔を向けると其処に居たのはコニゼリアであった。
「おはようございます。ノブヤスさん」
「ああ、おはよう。コニー」
朝の挨拶を交わしながら、信康はコニゼリアの様子を見る。
内股になっている訳では無く、痛がっている様子も見られない。
(獣人って、やはり頑丈な種族なんだな)
そう思う信康。
「良ければ、一緒に朝ご飯を食べませんか?」
「俺は良いが、ルノワはどうだ?」
「私も構いませんよ」
「じゃあ、一緒に食べましょう」
コニゼリアはルノワに対抗して、空いている信康の左腕を組む。
その際、胸を押し付けられた。その女性の象徴は、ムニュッとした感触が感じられた。
柔らかい感触を味わう信康。
「あ、ああああああああああああああっ!?」
信康とコニゼリアが腕を組むのを見て、絶叫する者が居た。
今度は誰だと思い、声がした方を向くと其処にはバーンが居た。
(ああ、まずい所を見られたな)
バーンはコニゼリアに失恋してから、二日しか経過していない。それなのに、仲睦まじい所を見せられたのだ。バーンがショックを受けても、別段おかしくは無い。
そればかりか、発狂しても不思議ではない。信康は頭を抱えたかったが、両腕を抑えられてはそれもやりようが無い。
「お、おおお、おま、おまえ、い、いつのまに・・・・・・・」
バーンはコニゼリアと腕を組んでいるのを見て、指を指しながら何か言っている。
それを見るに、何時からそんなに仲良くなったと言いたいのだろう。
信康は正直に言うべきは悩んでいると、コニゼリアがあっさりと言う。
「昨日、抱かれてからです」
コニゼリアがうっとりと頭を信康の腕に寄せながらそう言うと、一瞬の間だけ食堂で鳴っていた全ての音が止んだ。
そして食堂に居る全員が、信康達を凝視した。
信康は溜め息を吐き、ルノワは困った様に微笑む。
「・・・・・・ごめん!」
「・・・・・・・・・ち、ちくしょおおおおおおおおおおおおおっ!!?」
信康が頭を掻いた後、謝るとバーンは叫びながら、何処かに走り去ってしまった。
その背を見送りながら、信康は悪い事したなと思う。コニゼリアを抱いた事に、後悔の念など一切無いが。
(今度、何か奢ってやろう。あいつに関する賭博で得られた金で)
しみじみとそう思う、信康であった。




