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電気羊の異世界プロトコル  作者: みかぜー
第二章 リィベルラントの窓辺
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第二十二話 『戦後処理』



「――以上が、私達『風見鶏のとまりぎ』から自治会への提案事項です」


 魔嘯との戦闘から三日が経った。

 件の戦闘はまかろんの魔術が決定打となり、僕達の勝利に終わった。

 勝利と行ってもそれは辛勝と呼ぶべきもので、フェローに死者はいないものの重症者多数、自警団と義勇兵に至っては二百人以上の死者が出た苦々しい勝利である。まぁ、最終的に一万にも迫った魔物集団を相手にしたのだから御の字と言っても良いだろう。


 現在は、戦場となった北の丘陵地帯の復旧やら、戦傷者の治療やらに目途が立ったため、今後の方針について各方面と話を詰めている最中である。

 今僕が返答を求めているのは羊角の商人――自治会の代表を務めているコンラッドさんだ。


「どうですか、合意いただけますか?」

「……武士団をこの街に正式に受け入れることについては承知いたしました。死者を出してまで、この街のために戦って下さった方々です。そんな彼らの望みを無碍にするのは道理が通りませぬ」


 一つ目の提案事項が、一度は放逐しようとしたフウライさん達をリィベルラントの市民として正式に迎え入れることである。

 先日の勝利の一翼を担ったフウライさん達の評判は街の中でも上々だ。彼等がならず者の集団では無いこともあり、懸念していたリィベルラントに社会不安をもたらす可能性は殆ど払拭されたため、今回の正式受け入れを提案することになったわけである。

 コンラッドさんがこれを呑んでくれたのでとりあえずは一息。


「二つ目の提案事項ですが、自治会を『リィベルラント行政府』へと改組し、その上に最高意思決定機関――『評議会』を作ることにも賛成です。同じ政治形態を執る都市国家も多数ありますゆえ。しかし……」

「議員の配分が気に入らない――ですか?」

「……」


 僕の薄い微笑みにコンラッドさんが苦々しい顔をして押し黙った。


 現在この街は、『風見鶏のとまりぎ』と『自治会』と言う二つの組織が権威を二分している状態だ。日に日に規模を増して行くこの街にとってこの状態が続くのは、のちの混乱の温床となる可能性がある。

 故に僕は、基本的な街の運営を自治会――『リィベルラント行政府』と改称した組織に任せ、そこの長に十人の議員から構成される『評議会』を配する案を出したのだ。

 そしてコンラッドさんが渋っているのがその議員の内訳――。


「議員定数十名の内、四名を我ら市民から、一名をフウライ様ら武士団から……そして残りの五名を――」

「私達『風見鶏のとまりぎ』から選出します」


 議員の数はこの街における権力の値だ。

 フウライさんはたぶんこちら側に立ってくれるだろうから、僕達が六名、旧自治会側が四名でこちらが優勢となる。仮にフウライさん達が離反し5:5と同数になったとしても、議長決済で押し通すことが出来る。


「定数の全枠は市民から募るべきです。半数の五名を『風見鶏のとまりぎ』の皆様から選出するとなるとそれは――」

「議会自体が私の傀儡になりますね」

「それを理解されているのなら何故!?」


 元々傀儡政権を作ることが目的なのだから仕方ない。

 自治会が有する街の運営機能をそっくりそのまま乗っ取り、頭だけを挿げ替えようとしてるのだ。コンラッドさんが渋るのも当たり前である。


「この街は我々市民の寄る辺――市民達の街でございます!」

「――貴方は何か勘違いをされているようですね、コンラッドさん」


 ティーカップに注がれた紅茶を啜り、僕はコンラッドさんの顔を見た。

 今までの薄い笑みを引っ込めて、意図的に目を見開き圧をかける。


「この街は貴方達の街だ――それと同時に僕達(・・)の街でもある」


 住民無くして街は無い。既にこの街に根を張った市民達を叩き出すなんて真似などできるはずもない。

 しかし、これだけは言っておかなければならない。


「この恐怖の天蓋に覆われた世界の下、門を閉ざさずに貴方達を受け入れたのは誰だ? 故郷を失った貴方達に、再びの寄る辺を与えたのは誰だ? 別にそれに感謝しろなんて言わない。だが、そんな彼女達の真心の上に胡坐(あぐら)をかき、軒先を借りられたから母屋も乗っ取ろうとする――それが貴方達亜人の流儀なのか?」

「そ、そんなことは決してございませぬ!」

「ユネやアルフ――この街の人間は皆優しい。例え無粋な亜人に故郷を荒らされたとしても、少し悲しい顔をするだけで貴方達の行いを許すだろう」


 だから、怒るのは僕の役目だ。

 フェロー達が盟主として戴く僕の役目だ。

 彼女達の誠意を無碍に踏みにじる輩を許すわけにはいかない。


「だけど――僕と、僕の杖(・・・)は、ユネやアルフみたいに優しくない」


 コンラッドさんが僕の隣に座った杖――まかろんに目を向けた。


「ヒビキさんがそれ(・・)を必要とするのなら」

「……っ!」


 彼女は無機質な声音で淡々と言った。

 まかろんが有する力は先日の戦闘で十分に示せた。彼女が本気を出せば、一息でこの街の全てが灰燼に帰す事に疑いは無い。

 そして彼女が、それを躊躇いなく行うことが出来る精神性を有した少女であることは、その極寒の瞳を見たコンラッドさんも十二分に分かったようだった。


「もちろん悪辣な市政を行うつもりはありません。彼女達のこれまでの高潔に誓い、この街における安全を約束します――まぁ、このご時世の安全なんて水物(・・)の最たる例なので今後の状況次第にはなりますが……」


 そう締めた僕の言葉にコンラッドさんが天井を仰ぐ。

 きつく瞼を結んだ表情は、これまでの経緯やこれからの予測等、様々な状況を思議する商人の顔だった。


 そして、彼は大きな息をひとつ吐き、沈黙の空気に穴を空けた。


「……承服いたしました」


 そう頷いたコンラッドさんが居住まいを正し、僕の足元に跪いた。


「私、コンラッド・エンベスターを含むリィベルラント自治会は、ヒビキ様に恭順の意を表します。ヒビキ様の手足となり働くことを商神の御名においてここに誓いましょう」

「承知しました。自治会のこれまでの実績は高く評価できるものです。その力を用い、これからもユネやアルフレドを助けてあげて下さい」

「はっ……」


 跪くコンラッドさんと、彼を見下ろす僕の構図。

 『風見鶏のとまりぎ』と『自治会』の権力闘争はこのような結果に収束した。


 だいぶ回り道をしたがようやく決着である。

 これを機に、リィベルラントが良い報告に歩んでくれることを願って止まない。


 まぁ、それをするのも僕の仕事であるのだが、この場くらいは肩の力を抜いて責任をぶん投げても許して欲しいと思う。






 夕暮れ時。

 薄暗い廊下の上をアルフレドは金色の髪を揺らし早足に歩いていた。

 聞こえるのは赤い絨毯を叩く革靴の小さな音だけ。

 館には珍しく人気が無い。世界樹が揺れるささやかな音さえも大きく聞こえる静寂に、館全体が静まり返っていた。

 太陽が西の山々の裏側に隠れる頃合。宵闇の昏さに世界の全てが浸っていた。

 血の様に赤黒い夕暮れの光が窓から廊下に入り、廊下全体を僅かに染めていた。ユグドラシル・イリスの威容も、光が届かない今は黒いシルエットを描くだけ。


 古来より、夜は人ならざる魔性が闊歩する時間と信じられている。

 昼から夜に移り変わる時間――人と魔とが混ざり交錯する、狭間の時間だ。


 故に、人はその時間を逢魔ヶ時と呼ぶ。


「――ヒビキ様、少しよろしいでしょうか」


 執務室のドアをノックすると、中から入室を促す声が上がった。

 重い樫の木のドアを開きアルフレドは中に入る。


 彼の視線の先には一人の男がいた。


 長身痩躯の青年。

 漆黒の三つ揃えの上に純白の外套を纏った青年が、窓の淵に腰を預けこちらを見ていた。

 長めの髪は夜よりも黒く、その瞳は夕暮れよりも紅い。

 口元に浮かべる優しげな笑みは、彼の平素の表情に他ならない。

 逢魔ヶ時の宵闇に沈む部屋の中、青年の深紅の瞳が浮き出るように光って見えた。


「――この度は流石のご采配です。魔嘯の機に乗じて、この街の権力構造を組み替えるなど、リィ様でさえも成し得ることのできない業でしょう」


 アルフレドが恭しく一礼すると、青年がその深紅の瞳を微笑ませた。


「ですが、まかろん様のお力を以ってすれば、もっとスマートな策もあったはずです。何故、あえて大規模魔術による決着にこだわったのですか?」

「んー、他にもいくつか案はあったけど、僕達の力をコンラッドさんに見せつけて、彼を脅迫するにはそれが一番手っ取り早かったからね。細かい策を弄してその巧みさを考えさせるよりも、冷気や音量、大規模破壊をその身で感じてもらう――五感に訴える方が脅し方としては強い(・・)


 青年にとって今回の魔嘯は、コンラッドから権力をもぎ取るための舞台装置に過ぎなかったらしい。大規模戦闘が発生しなければ今回の手――大規模魔術による示威行為は使えなかったのだから。


「つまり、ヒビキ様としては、今回の魔嘯は天からの恵みだった――と?」

「うん、本当にその通りだよ。ちょうど良いタイミングで魔嘯が発生して助かった――って、こんなこと言ったらダメだよね。傷ついた人も、亡くなった人も沢山いるんだから……」


 青年が困ったように笑った。

 眉をハの字に曲げるその苦笑は、いつもの青年のそれに違わない。


「――ところで、ひとつ確かめたいことがありまして」

「ん、なんだい?」


 青年が小首を傾げてアルフレドに先を促す。


 形作られた薄い笑みは、対峙する者に安心感を与える微笑み。

 青年の瞼の下には、彼のフェローと同じ赤い瞳が収められている。湛える色も宿す光も同じ――凍える旅人達に道を示す優しい灯の光だ。


 そんな微笑みを浮かべる青年に、アルフレドは言葉を紡いだ。


「今回の魔嘯ですが、ヒビキ様――」




「――あの魔嘯は貴方が仕組んだものですね?」





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