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電気羊の異世界プロトコル  作者: みかぜー
第二章 リィベルラントの窓辺
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第十二話 『その者、雷神の眷属』



 南門前の平原は、今や怒号が飛び交う戦場となっていた。

 武士団の鬼人族が刀や槍を構え、フェローや自警団の面々に襲い掛かる。

 フウライさんの声は戦場の噪音にかき消され、全く統率が取れない状態にあった。


「焼き払いますか?」

「君は動かないで、絶対に」


 まかろんが眉を一ミリも動かさずに聞いてくる。

 彼女は出来ないことを出来ると言わない。つまり焼き払うかと言う問いに『やれ』と答えれば、つまりそういう結果になるだろう。


「みんな! 戦えなくするだけで良い! できるだけ命は奪わないように!! コンラッドさんは自警団の団員にも同じことを! ダメそうならみんなで南門の前を固めて、早くっ!!」

「は、はいっ!!」


 パーティ管理スキルの情報系技能(アーツ)『ダイレクトボイス』でフェローに声を飛ばす。

 そもそも彼らにクォーツでない亜人を殺められるのか疑問だが、落ち着かせる程度の効果はあったようだ。


 負傷者ならまだしも死者なんて出すわけにはいかない。このクォーツ戦役において、内輪揉めでの死者なんて、自らの手札を噛みちぎるようなものだ。

 まだ(・・)それが必要な場面ではない。


「フウライさん! 今からでも彼らを止める術は!?」

「無い! 我ら鬼人族の性故にな! この街を盗るか、某の首が取られるか、それ以外の道は無くなった!」


 鬼人族の性格――概ね真面目、そして戦闘好き。一見相容れない二つの要素が奇跡的なバランスで調和しているのが彼の種族である。しかし、それがマイナスの感情に振り切れた場合は『狂暴』と言う性に転じる。言い伝えでは古の鬼の末裔が祖先であると言う。納得だ。


「こうなってはもう歯止めは効かぬ。(おさ)殿よ……すまぬ」

「あぁ……やっぱりそういうことになるんですね」


 フウライさんが腰に佩いた刀を抜いた。鬼人族の長としての彼らと運命を共にするつもりなのだろう。


「ぜぇっ!!」

「っ……!?」


 彼が繰り出した斬撃を転ぶように躱す。

 大きな体躯からは想像もできないものすごいスピードだった。そう何度も交わし続けられるものではない。


「マスター! この方は私が! 後ろに下がってください!!」


 銀剣を抜いたユネが僕とフウライさんの間に割って入ってきた。少女の姿を確認したフウライさんが語気を強める。


「そこな女子(おなご)よ! 戦場(いくさば)(おのこ)が駆けるものぞ! 禁衛の者でもあるまいし、そなたのような小娘が――っ!?」


 小柄な身体に美しい銀の剣――戦士と称するにはあまりにも頼りない体躯だ。

 しかし、剣を構えたユネの姿を見たフウライさんわずかに目を見開いた。武人として何か感じるものがあったらしい。正直僕にはさっぱりである。


「……お主もあの女騎士――クラウディア殿と同様、武人の類か。なるほど、世界は広い。この大陸に来てからと言うもの驚くばかりだ。故に面白い……『くをうつ』との戦いで得た数少ない役得よ!」


 やはりフウライさんも鬼人族の性には逆らえないらしく、戦闘狂の気があるようだ。


「ユネ、いける?」

「はい、ユネはどんな時でもマスターの剣ですから」


 普段のふにゃんとした雰囲気とはかけ離れた凛とした声でユネが答えた。


 後を彼女に任せ、僕はこの場から離れた。






 フェローと自警団、武士団の面々が入り乱れ、三々五々の戦闘が散発している。文字通りの乱戦で戦場は混乱の極みにあった。


 戦闘力と言う面では、やはりフェローの力が突出して目立っていた。

 かつてエンドコンテンツで慣らした腕はNPC――亜人相手にも有効だったようで、不殺というハンデ付きであるにも関わらず、戦闘を優位に進めているようだ。


「ちょっ、大人しくするっす! 兄貴! 早く眠らせて! 早くぅぅぅ逃げられちゃうぅぅぅぅ!」

「あーもー!! クォーツみたいに首ちょんぱできないからきつーい!!」


 ユーゴさんの悲鳴に、苛立たしげなラシャの地団駄。やたらと首を撥ねたがるのは、暗殺者(アサシン)の職業病みたいなものだろうか。黒い狼耳がぴんと逆立っていた。


 ユーゴさんが取り押さえた鬼人族に、状態異常――睡眠系の技能(アーツ)を施す。

 鬼人族は鬼人族で相当な戦闘力を持っている。そのせいで、面と向かって僕は戦えない。

 全く収拾がつかないこの戦場で僕が出来ることと言えば、このようにフェローが取り押さえた鬼人族を睡眠系の技能(アーツ)で眠らせたり、拘束(バインド)系の技能(アーツ)で縛ったりする程度である。


「クゥちゃんは大丈夫?」

「MPは大丈夫……だけど、みんな色んなところで怪我してるから……ちょっとつらい……かな……?」


 一番忙しいのは直接戦う者ではなく、戦闘で傷ついた者を治療する回復役(ヒーラー)だった。

 傷ついた者を片っ端から――それこそフェローや自警団だけではなく、武士団の者も癒しているからだ。献身的にあちこちを走り回っていた戦場の天使――クゥちゃんは息も絶え絶えだった。


「よっし! じゃあお兄さんが、マサキの兄貴みたいにおんぶしてあげるっす! さぁ、クゥちゃん。お兄さんとがっちり合体するっすよ! ハリー! ハリー!」

「……っ」


 背中をクゥちゃんに向け、ばっちこーいとユーゴさんが意気込む。

 顔を赤くしたクゥちゃんが、べちんと良い音を立てて正面からユーゴさんの顔面を引っ叩いた。


「へぶっ!?」

「……ここは大丈夫そうだね。僕は他の所を見て来るから」


 何やらラブコメ臭がしたので早々に退散しておくことにする。


 他の所と言ってもどこもかしこも同じ様子で、重要度なんか分かるはずも無い。

 石橋を叩いて渡る――慎重に計画を詰めて戦うのが僕のスタンスだ。

 『初手乱戦』というあんまりにもあんまりな状況で、ここまで頑張っているのだからむしろ褒めてもらいたい。


「ど、どけぇっ!!」


 隣の集団から弾き出された鬼人族の一人が僕に突っ込んで来た。

 刃毀れした刀の斬撃はフウライさん程ではないが、それでもとんでもない速さである。速さで言えば、獣人族よりも更に上を行っているのではないだろうか。

 獣人族も鬼人族も身体能力に秀でた種族である。『狩猟』という形で能力を特化させた獣人族に対し、『戦闘』に特化したのが鬼人族。故にクォーツとの戦いでも鬼人族の活躍は噂に聞いていた。


「いいなぁ……欲しいなぁ……」


 肝の冷えるタイミングでなんとか斬撃を躱しながら、思わず漏れ出た本音。

 きっと彼等の力を手にすることが出来れば、コンラッドさんにも大きなアドバンテージを取ることが出来るだろう、人でなしの脳みそがそんなことを考えていた。

 斬撃を躱し、一旦距離を取った鬼人族と正面から対峙する。


「そうだ……あれがあった」


 外套の中から取り出したのは、一握りにできる金属の塊。先日、シェリーさんからもらった単発式(シングルショット)の拳銃である。

 見た目のわりにずしりと重いそれに、弾丸とまかろんの風魔術の術式が封じ込められた宝珠を装填。撃鉄を起こし、目の前の鬼人族に照準を定める。

 命を奪うわけにはいかないので、腕か足の血管が少ない場所が狙い目か。


「なんだそれは……っ!?」


 狙いを定められ、初めてそれが何かしらの武器だと理解した鬼人族。

 慌てて僕に突っ込んでくるがもう遅い。


 さあ、御覧じろ。


 魔術と工学の混血児。天才魔術師まかろんが組み上げた、この世界で最も新しい武器のひとつ。遠い未来、戦場の支配者となるそのさきがけ(・・・・)の一撃を。



 

 ぽすん。




「……は?」


 引き金を引いて発生したのは、『ずどん』とか『ばきゅん』とかよくある銃の発砲音ではなく、蚊の鳴くような何とも気の抜けた音。

 ひゅーっ、と視認できる速さで弾丸が跳び、かんっ、と鬼人族の鎧に弾かれてしまった。石でも投げた方がまだマシである。


「ちょっ、まかろん! 不良品じゃないかこれ!! え、何、風魔術の出力が弱すぎたの!?」

「銃身の素材であるレスタール黒鍛鉱とロウミスリルの合金には、風魔術の効果を著しく減衰させる効果があります。炸薬としての使用は不適当です。爆裂系の魔術を封入した術珠を使用してください」


 氷の蛇を操り次々と鬼人族を拘束しながらまかろんが言った。例によって何の感情も宿さない淡々とした口調だった。


「そういうのは早く言ってよ!? ひぃっ!?」

 横薙ぎの刀をギリギリ身をかがめて躱しながら僕は叫ぶ。髪の一房が吹き飛んだ。

「あの時それを遮ったのはヒビキさんです」


 『その銃は半欠陥品なので注意が』――コンラッドさんとの会談の前、彼女の言葉を遮ったことを思い出した。確かに悪いのは僕だが、もうちょっと気を利かせてくれても良いと思う。

 誰も持っていない銃を手に入れ、『亜人相手なら無双確定だぜ!』と喜んでいたのは今や昔。現在は大柄な鬼人族に組み伏せられ、死線をさまよっている最中にある。

 強靭な膂力を持つ鬼人族の腕はピクリとも動かず、鈍い光を湛える刃が首元に少しずつ迫っていた。いかん、死ぬ。


「助けて! 助けてユネーっ! 死んじゃうから! まじで死んじゃうからぁぁぁ!」


 何と言うか、もうお約束の様になってしまった僕の情けない悲鳴が戦場に木霊した。






「――っ!? マスター!?」

戦場(いくさば)で余所見なぞ、つれないことをするではないかぁっ!!」


 轟とした勢いで放たれたフウライの斬撃。ヒビキの悲鳴に気を取られたユネの回避は間に合わず、風を纏わせた銀剣で辛うじてそれをいなした。

 件のヒビキはいつの間にかアルフレドに救出されており、ほっと一息。


「皆さんを退かせてください!」

「それは不可能だと、先程から申しておるではないか」


 フウライは刀の構えを解かない。

 腰を落とした低い正眼の構えには隙が無かった。この僅かな時間で何合の剣を合わせただろう。

 フウライの斬撃は、重く、鋭く、そして精確だ。レスタール王国屈指の剣の名手と謳われたクラウディアに迫る実力だろう。それに全て対応しているユネもまた別格である。


 そんなフウライの左手から雷撃が迸った。

 不規則な軌道を描く雷の速さは風の刃の比ではない。


「くっ……!?」


 『神鳴(かみなり)』とも称される神速に足を踏み入れたその雷撃を、ユネがやはり道理から外れた体捌きで躱した。雷は視認ができない程の速さなので殆ど勘である。


「雷神タケミカヅチの眷属たる我が雷撃すらもいなすとはな! その軽やかさ、見事と言うに他は無い! どうだ某の下に輿を入れないか、そなたとならきっと強い子を育めよう!」

「マ、マスターがいるのでお断りします!!」


 戦場でプロポーズするのが鬼人族の流儀だろうか。大きな身体に雷を纏わせ狂暴な笑顔で笑うフウライ。


 ユネが攻めあぐねている理由は彼の剣術もさることながら、ほぼノーモーションで繰り出される雷撃にあった。

 通常、亜人の使う魔術には詠唱と極度の精神集中が必要とされるが、雷神の眷属であると言うこの男にその理屈は通らない。彼は指先一つで雷撃を操ることが出来る。


「せめて、あの雷さえ何とかできれば……っ!」

「それは徒労だなぁ! この首刎ねれば、かみなり様の加護も途絶えようぞ!」


 雷撃そのものの威力もさることながら、それに付随する状態異常――極短時間の麻痺状態――スタンが凶悪である。スタンで相手の動きを封じ、二の太刀でばっさり。単純な戦法この上ないが、非常に強力な戦法である。


 しかし、これ以上戦いを長引かせては、彼女のマスターにも危険が及ぶ。

 視界の端に未だ逃げ惑うヒビキの姿を確認したユネはひとつの賭けに出た。


 もう何度目か分からない、フウライの左手から放射された雷撃。

 それに合わせて、ユネが彼に向って突っ込んだ。

 雷が彼女を打つまでの刹那の時間、彼女は化け物じみた速さの体捌きで腰のベルトから引き抜いた短剣を宙に放った。

 導電誘導された雷撃が鋭角的に軌道を曲げて短剣を打つ。宙に浮いた短剣が避雷針としての役割を果たしたのだ。


 地面と雷の奔流の僅かな間隙を縫ってユネが駆ける。

 右手に掲げるは古の銀剣――名をヒュペリオンソード。『神鳴』以上に神がかった速度で翻らせたその剣がフウライを打ち据える直前、


「かかったなぁっ!?」


 狂暴な笑みを浮かべ、男が上段に構えた刀に雷を纏わせ(・・・・・)振り下ろした。


 術法剣――それはユネだけの専売特許ではなかった。

 刀に宿る雷の密度はこれまでの比ではなく、銀剣で受けたのなら感電は必至。

 その未来を瞬時に予測したユネが更なる一手を打った。


 剣から手を離した(・・・・・・・・)のだ。


 寄る辺を失い宙を漂う銀剣に雷を纏った刀が触れる寸前、フウライが叫ぶ。


「剣を手放すとは愚行の極み! それごと断ち切ってくれるわ!!」

「――っ!!」


 衝突音。


 フウライの刀がユネの剣を打つ。

 しかし彼の目論見とは裏腹に、彼の刀が少女の剣を両断することは無かった。


 主を失った剣が宙に固定された状態の(・・・・・・・・・・)まま(・・)刀を受け止めたのだ。


 『マナの心得』と『術法剣』スキルから成る二元技能(デュアルアーツ)――『ファントムハンド』。

 武器を傍らに滞空させ固定するだけの技能(アーツ)――本来は何本もの武器を戦闘中に持ち替えるためだけに使用される便利(ユーティリティ)技能(アーツ)であるそれを、ユネは防御手段として用いたのだ。


 フウライが驚愕の声を発する前に、懐に潜り込んだユネが、彼の顔面をわしづかみにして彼を地面へと押し倒した。


「がぁっ!?」

「はぁっ、はぁっ……勝負ありました! 剣を納めてください!!」


 片手で首を掴んでフウライを制するユネ。彼女の手をフウライは払いのけようとするが、尋常ではない腕力で保持されたそれが動くことは無い。

 頭二つ分は小さい彼女の中に、一体どれだけの力が宿っていると言うのだろうか。


「神がかりな身のこなしにこの膂力……そなた、本当に常世の者か……?」

「わ、私はただのユネです。そんなことよりもっ!」


 少しだけ震えが混ざるユネの声。これだけの力を持った少女のことだ、今の戦いに怯えていたのではあるまい。この戦場に蔓延る狂騒を憂いているのだと、フウライは理解した。


「……相分かった。既にどこもかしこも制されているようだ、あとは頭としての務めを果たす他あるまいて」


 少女の言葉にフウライが頷く。

 解放された彼は刀を持った手はそのままに、居住まいを正して大きく声を張った。


「皆の者、雌雄は決した! 静まれ! 静まれぇい!!


 沈静化に向かう戦場の中、彼の声は多少の落ち着きを生むが、事態の収束には及ばない。

 ああくそ、と頭をボリボリと掻きむしるフウライ。

 そして彼は何を思ったのか、手に取った刀を自分の首元に当てた。


「フ、フウライさん!?」

「か、頭!? 一体何をなさるのですか!?」


 ユネと側近が慌ててフウライを止めようとする。


「何をってあれだ、武士の誉れのあれ(・・)だ」

「頭のせいで戦端が開かれたのではありませぬ! 頭が責任を取るなど――」

「たわけが、責任ある(おさ)が喉を突くのは、アキツでもこの『ふぉるせにあ』でも同じことだ。こちらが喧嘩を吹っ掛けた手前、刀を納めてそれで御仕舞という訳にはいくまい。アキツのもののふとして通すべき道理は通さねばならぬ。それを守りさえすれば、彼らはそなた達の命まで奪うことは無いだろう」


 大声で交わされるフウライと側近の押し問答。

 主君の自刃の目論見に気づいた鬼人族の狂騒が急速に収まっていく。

 側近の説得は実を結ばないまま、フウライの首にあてがわれた刃が引かれる。


 その直前、青年の手が刀の先を掴み、それを阻んだ。


「自刃なんて止めてくださいね」


 振り返ればボロボロになったヒビキの姿。怪我こそ軽傷であるものの、埃に塗れた青年は疲れたような溜息を吐いてフウライの手を制していた。


「しかし長殿よ、このままでは道理が通らん」

ほこり(・・・)臭いおじさんの頭部パーツなんて要らないです。後々面倒なことになるので、最後まで責任取ってください」

「だが……」


 なおも渋るフウライに、ヒビキが深紅の瞳を細めて笑って見せた。この表情こそが偽りのない彼の姿だとその雰囲気から分かった。


「街の長たるこの私が良いと言っているんです。もし、あなたがここで首を突くと言うのなら、他の方にも同じ道を歩んでもらいます。主君を失った人達の再教化なんて面倒な仕事御免なので」

「そなた、優しいのか外道なのか、よく分からん御仁よな……」

「優しくなんてありません。貴方達の受け入れを拒否すると言う決定に変わりはありませんから」


 ですが、とヒビキは咳ばらいをひとつして言葉を続ける。


「このヒビキの名において、リィベルラント壁外における一ヶ月間の逗留を許可します。加えてピーター商会名義で、アーレスト大陸行きの商船も手配しましょう。まぁ、貴方の誠心に応えるこちらの誠意なんてこんなものです」


 ヒビキの提案にフウライは目を丸くした。

 戦端を開いたのは自分達だ。非難される謂れこそあれ、援助される道理なんかどこにもない。それに、この上ない現実主義者のように見えた、このヒビキの変わりようは一体何なのか。

 フウライにその理由は分からなかったが、受け入れ許可とは行かないまでも次善の案を提案され、二言も無く頷いた。


「かたじけない……長殿のご厚情痛み入る……」


 深く頭を垂れるフウライに、ヒビキは面倒臭そうな表情で頭の後ろを掻いた。


「……コンラッドさん、彼らの逗留許可認めてもらえますよね? 費用は全てこちら持ちです」


 ヒビキがいつの間にか後ろに控えていたコンラッドに声をかける。

 羊角の商人はこれまでの乱戦でかなり肝を冷やしたのか、いつもより覇気の無い様子だった。それでもやはりヒビキの言葉には難色を示した。


「ですがそれは……」

「拒絶できる立場なのかい? こちらもあんなにたくさんの飴玉を並べたんだ――認めてもらうよ?」

「……承知いたしました」


 ぎょろりと蠢いたヒビキの深紅の瞳が、有無を言わさぬ圧で商人を叩き伏せた。


 騒ぎが収まり笑顔を浮かべるフェローと自警団の面々に、当面の安全が確保されたことに喜ぶ鬼人達。

 コンラッドが、このあたりが落としどころかと頷く一方で、ヒビキがどこまでも冷めた瞳で彼らを見渡していた。


 ――かくして此度の鬼人族を交えた騒動は終息を迎えた。





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