第69話 高密度魔鉱石のプレゼント
三日ほど練習を重ねるとだんだん慣れてきて、俺は「魔力注入→格の判定→魔力消滅」のプロセスを安定して0.001秒以内に行えるようになってきた。
これならもう本番が来ても大丈夫だと思い、俺は魔王城に戻ることに。
「あ、ライゼルさんお帰りなさい!」
「いったいどこへ行っておったのだ……? 来賓用の寝室を訪ねてもずっと不在だったようだし、どんなに探知魔法の範囲を広げても一向に引っかからんかったのだが……」
シシルの部屋を訪ねると、二人が口々にそんなことを言いながら出迎えてくれた。
「新しい戦闘用魔道具ができたので、使い方を練習しに宇宙へ行っていた。大規模魔力災害が起きても大丈夫なようにな」
「なるほどな……どうりで探知できんわけだ」
「わざわざ宇宙にまで移動しないといけないような魔力災害って……。いったいどんな代物を作ったんですか……」
説明するとメルシャは納得し、シシルは遠い目をした。
……そうだ。「どんな代物」で思い出したが、高密度魔鉱石をシシルにプレゼントするつもりだったのをすっかり忘れてたな。
「簡単に言えば、魔素臨界反応を用いて最高位ドラゴンに変身するための魔道具だな。これについては、いずれはメルシャにも使えるようになってほしいので後で詳しく説明する。それはそれとして……シシル、一個朗報があるぞ」
俺はそう言って、収納魔法で高密度魔鉱石を一かけら取り出した。
「魔素臨界反応は『厳戒管理廃棄物X』が出るから実用化不可能と思っているだろうが……実は、魔素臨界反応を起こしても『厳戒管理廃棄物X』が出ない特殊な燃料を発見したんだ。良かったら少し分けようと思うが、どうする?」
「え……そんな夢のような燃料が!?」
シシルは俺の話を聞くと、あまりの驚きに一瞬固まってしまった。
「……私としては是非欲しいです! もちろん、入手難易度がとてつもなく高かったりするなら無理にとは言いませんが……!」
そしてシシルは我に帰ると、期待しつつも遠慮がちにそう答えた。
「入手難易度か。かつてはほぼ現実的ではなかったが、今の俺にとっては大したことないな」
「そうであれば、少しでも貰えると助かります……! ちなみにライゼルさんでもかつては現実的じゃなかったって、いったいどんな入手方法なのでしょうか?」
「この燃料、巨大ガス惑星の核から採れる鉱石なんだよな。巨大ガス惑星ってのは、最寄りのでもここから何十億キロも離れている。女神の力で物理的距離を無視できる俺の場合、距離は問題にならないが、そうでなければ魔素臨界反応で得られるエネルギーと行き帰りの労力が釣り合わないだろう」
「何十億キロって、なんですかその気が遠くなりそうなロケーションは……。その距離を大したことないって言える人間なんて、もう絶対未来永劫誰も出てきませんよね」
「宇宙に移動したとは聞いたが……行き先のスケールが我の想像とは大違いだったな……」
二人はそんな感想を口にしつつ、窓から空を見上げた。
今の時刻だとそっちの方角じゃないな。
まあ、俺の行き先の正確な位置などどうでもよいのだが。
「どこにしまえばいい?」
「そうですね……もともと魔素臨界反応の燃料として魔石を格納していた倉庫があるので、そこに入れてもらえると助かります!」
格納先も教えてもらったので、転移魔法で二人とともに倉庫に移動することに。
「これくらいでいいか?」
あまり大きな倉庫でもなかったので、とりあえず俺は天井につくくらいまでの量の高密度魔鉱石を収納魔法から取り出し、置いていくことにした。
「え……こ、こんなにいいんですか!? 私はありがたいですけど、ほんとにご無理をなさらなくていいんですよ!?」
「大丈夫だ、気にするな。これでも採取した量の10パーセントほどだ」
「どんだけ採ってきたんですか……」
これでもシシルからすると多かったようだが、まあ多い分には何も問題ないだろう。
再び転移魔法を発動すると、俺たちはさっきまでいた部屋に帰ってきた。
「改めて、本当にありがとうございます。魔素臨界反応が安全に行える燃料があんなにもあれば、魔族領の暮らしのレベルを劇的に改善できると思います!」
「また必要になったらいつでも言ってくれ。採取だけならそんなに時間はかからないからな」
「そんな……何から何まで至れり尽くせりで本当に恐れ入ります……!」
まあ、こちらはもともと魔王だった人物を完全に俺の都合で連れ去ってるわけだからな。
この程度のことで恩返しになるのであれば、やっておくのが筋というものだろう。
って……「いつでも言ってくれ」なんて言っておいて、連絡手段が無いんじゃ話にならないな。
「あ、そうだ。ちょっと待っててくれ」
一個新しい魔道具の案を思いついた俺は、そう言い残して神界に転移した。
そこで魔道具を作成すると再び俺はシシルの部屋に戻ってきた。
「連絡手段が無いと、魔鉱石が枯渇してしまっても俺たちを呼べないよな。これを持っててくれ」
「これは……?」
「通信用端末だ。世界を跨いでも繋がるように設計してある」
俺が作った魔道具は三つ、俺用とシシル用の通話用端末と、神界に設置してきた基地局だ。
神界の基地局を介して連絡する仕組みになっているので、俺が元の世界にいても、シシルが俺宛に発信できる仕組みになっているのである。
もちろん、神界の基地局と接続できるようなネットワークの構築は立体魔法陣の範疇を超えているので、この魔道具を作るにあたっては量子魔法陣が用いられている。
「あの……もしかしてこの魔道具、さっき『ちょっと待っててくれ』って言ってどこかへ行った間に作ってきたんですか?」
「ああ、そうだが」
「世紀の大発明を晩飯の新メニューみたいなノリで作ってくるの何なんですかねほんと……。いえ、もちろんありがたいのはありがたいのですが……」
うーん、でも発明って基本こういうノリでやるもんじゃないか?
「必要は発明の母」なんてことわざもあるくらいだし。
じゃ、やることも済んだし俺はこのへんでお暇するとするか。
また宇宙空間にでも転移して、今度は実際に一度超実在級ドラゴンへの変身を試してみるとしよう。
魔力回路への負担も完全にゼロではないので、あまり無闇に変身するものでもないのだが……実戦で使う前に、一度くらいは挙動を確かめておきたいからな。
「では、俺はこのへんで」
そう言って、俺は部屋を後にしようとした。
が、そこでシシルが俺を呼び止めた。
「待ってください! 実は私からも、ライゼルさんに伝えようと思っていた用件があるんです」
……何だ?
「どんな用件だ?」
「それが……実は昨日、ライゼルさんに会いたいと申し出た方が三名ほどおりまして……。人族の方なんですが」
「ほ、ほう」
全く心当たりが無いな。
この世界で会った良い意味で面識のある人族など召喚勇者の三人くらいしかいないが、彼らは今それぞれの元来た世界にいて、ここにはいないはずだし。
「会って……いただけませんでしょうか?」
「うーん……そうだな」
まあ、気になりはするので一度会ってみるのも悪くはないか。
「案内してくれ」
「ありがとうございます! 早速彼らにも招集をかけますね!」
会う意思を告げると、シシルはほっとしたようにそう言って応接室の手配を始めた。
時間の調整が済むと、俺はシシルの案内のもと応接室にて三人と会うことになった。
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