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第65話 門番の説得

「こちらです」


 そう言ってシシルが指したのは……こじんまりとした平家の建物だった。


「ここでその……我の力での消去を頼むほどの危険物を保管しておるのか? 随分と簡素な設備に見えるが……」


 その建物を見て、メルシャは拍子抜けしたようにそう呟く。


「この建物は入口に過ぎません。あまりに危険なので、ここの地下深くで厳重に管理しているんです」


「なるほどな……そういう事情か」


 シシルがドアを開けて、俺達は平家の中に入った。

 平家の中にあったのは、永遠に続いているかのように見える先の見えない階段のみ。


「これを降りきったところにあるんだな」


「はい。降りきったところにある重厚な扉を開けると、『厳戒管理廃棄物X』を保管してある空間に辿り着きます」


「そうか」


 愚直に歩いて降りると何分かかるか分かったもんじゃないので、俺は転移魔法を発動して階段の終点まで移動した。

 そこにあるのはいかにも重そうな扉と、絶えず咳をしている体調の悪そうな男が一人。

 この男は……ここの管理人ってところだろうか。


「ゲホ……ゲホ……へ、陛下!? それに名誉魔王殿下まで!」


 男は俺達に気づくと、驚いて目を丸くした。


「なぜこのような危険な場所にお越しなさったんですか……!」


「このお二人の力で、『厳戒管理廃棄物X』を完全に消し去ることができることが判明したからです。ここを通しなさい」


 端的に事情を説明し、シシルは男に扉を開けるよう指示した。

 が、男はなぜか動こうとしない。


「僭越ながら陛下……ゲホ……たとえ陛下の命であろうとも、それは致しかねます。ここはあなた方のような要人が入って良い場所ではありませぬ……!」


 どうやら彼は、魔王や先代魔王であるシシルやメルシャをこの危険地帯に踏み入れさせたくないようだ。

 ある意味立派な心意気ではあるんだろうが、正直今はありがた迷惑なんだよな。

 何か彼を納得させる方法があればいいのだが。


「心配は無用だ。中の物質による汚染は、これで完全に遮断できる」


 とりあえず、俺はそう言って自分たちを球状に覆う結界を一枚展開した。

 ぶっちゃけ「厳戒管理廃棄物X」の正体が何であるかは、だいたい予想がついている。

 なぜなら俺の世界でも、過去に効率よくエネルギーを産出する実験の末危険な副産物ができたことがあったからだ。

 その時俺は、その物質の影響を完全に遮断する結界を開発した。

「厳戒管理廃棄物X」が当時の危険物と同一の物質であれば、この結界で同じく影響を完封することが可能なのだ。

 ただ……これを見せたからといって、この男が納得するかは微妙なところだが。


「こ、これは……見たこともない結界ですな。しかしやはり、万が一のことがあっては……」


 案の定そう来たか。

 確かに、この結界を知らない側の者からすればただの得体のしれない結界だし、これ一枚で「安全だと信じてくれ」と言ってもなかなか無理があるだろうとは思った。

 だったら、これならどうだ。


「万が一の時は……こうするまでだ」


 今度は、俺は男に向かって回復魔法を発動した。

「脱獄者の楽園」に襲われたパーティーメンバーを回復させた時のと同一の回復魔法をだ。

 圧倒的にオーバースペックな回復魔法により、男の体調は一瞬で全快した。


 おそらくだが、この男の体調不良の原因は「厳戒管理廃棄物X」だ。

 おおかた、ここへの運搬の時から「厳戒管理廃棄物X」の管理に携わっていて、防護が不十分な状態で長時間過ごしたせいでここまで体調を崩してしまったのだろう。

 そして医者からは「もう容体の回復は見込めない」などと言われ、ならばいっそのこと死ぬまでここの管理人を務めようと決めた。

 そんなあたりが、この男がここにいる経緯だろう。


 であれば、やることは一つ。

 この男を快方に向かわせれば「一度この廃棄物に汚染されたら取り返しがつかない」という思い込みが解消され、俺達を扉の中に入れることへの心理的ハードルも下がるってわけだ。


「あ、あれ……なんか元気になったぞ……?」


 男は拍子抜けし、体調の回復が夢じゃないことを確かめるがごとく何度かその場でジャンプした。


「そんな……絶対に治らないと言われていたのが嘘のようだ……!」


 生きる希望を取り戻したからか、男はキラキラと目を輝かせる。


「これで分かったでしょう? この方がいる限り、我々がこの扉の向こうに行くにあたって危険なんてあってないようなものなのです」


 ここぞとばかりに、シシルはそう言って男の説得を試みた。


「そ、そこまで仰るのなら……承知いたしました。どうかご無事で」


 説得の甲斐あって、とうとう男は「厳戒管理廃棄物X」が保管されている空間に俺達を通すことを了承してくれた。


「じゃあ、行きましょう」


「ああ」


 男が壁と同化した隠しボタンを押すと、扉はギギギと音を立てながらゆっくりと空いた。

 人が通れるくらいになると、俺達は歩いて中に入っていった。


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