第60話 新たなタイプの魔道具
まずは何から始めるかだが……そうだな。
消滅の力を応用した技はそこそこ生み出したので、次は魔道具作りに活かすのを試してみるとするか。
まずやるべきは、俺が考えてる手法で期待通りの魔道具を作れそうかどうか試すこと。
収納魔法で魔石を一個取り出すと、即席でパッと思いついた魔法陣を刻印してみた。
今回作ってみているのは、調理用の加熱魔道具。
戦闘における実用性は皆無だが、とりあえずは理論の検証が主目的なので、刻むのが簡単な魔法陣を選んだ感じだ。
起動してみると……想定通り、魔道具が熱を帯びてくれた。
うん、考えた理論に間違いはなさそうだな。
実験結果に満足していると、メルシャが部屋に入ってきた。
「ライゼルどの、それは?」
早速、メルシャは俺が今しがた作った魔道具に興味を持ったようだ。
「調理用加熱魔道具だ。──量子魔法陣を用いた、な」
俺はそう言って魔道具の説明をした。
そう。この魔道具と、従来の魔道具の相違点。
それは、量子魔法陣を刻んでいるという点だ。
それにより、この魔道具の魔力消費効率は従来の千分の一。
立体魔法陣を刻んで作る魔道具より飛躍的に燃費が良くなっている。
「量子魔法陣を……それに?」
俺の説明を聞いて、メルシャは不思議そうな表情を見せる。
「ああ、そうだ」
「あの魔法陣って……魔石に刻めるものなのか?」
どうやらメルシャは「量子魔法陣の刻印」という部分に違和感を覚えたようだ。
まあ、それはそうだろうな。
魔石は物理的な個体だ。
そこに「確率的に重ね合わさった幾何学模様」が刻めるとは、なかなか考えにくいだろう。
その点を説明しておくか。
「ああ。メルシャ、立体魔法陣の刻み方は覚えているな?」
まず俺は、おさらいも兼ねて従来の魔道具──立体魔法陣を刻む物の作り方から入ることにした。
「もちろんだ。一個一個魔石の原子をバラバラに分解し、刻印部分に該当する原子を除いて再結合する……で合っているな?」
俺の問いかけに、メルシャは完璧な答えを返す。
「ああ、ばっちりだ。じゃあ……量子魔法陣を刻む場合は、それがどう変わると思う?」
「それは……刻印部分に該当する原子を確率的に取り除く、とか? しかしそんなことどうやって……」
続けて一歩踏み込んだ質問をしてみても、メルシャは筋のいい回答をしてくれた。
じゃあそろそろ、答えといこうか。
「消滅の力を使うんだ。それで、魔石を構成する原子を確率的に存在したりしなかったりさせることができる」
そう。魔道具作りにおいては、そのような形で消滅の力を応用することができるのだ。
もう少し具体的に原理を説明するとこうだ。
「消滅の力もな、ミクロで見れば素粒子と同じような振る舞いをしていて、粒子と波の二重性を持つんだ。これを便宜的に『消滅の素粒子』と呼ぶことにする。この『消滅の素粒子』だが……原子の電子軌道に放り込んでやれば、その原子を『確率的に存在する』状態にできるんだよ」
「な、なるほ……ど……」
メルシャは納得と困惑が混じったような表情でそう呟いた。
……流石にまだちょっと難しかったか。
「ここで大事なのは、『消滅の素粒子』を原子に混ぜることで、その原子を確率変数として扱えることだな。入れる『消滅の素粒子』の個数で平均を、どの電子軌道に入れるかで分散を決定することができる。そんな微調整ができるおかげで、完成度の高い量子魔法陣を魔石に刻めるというわけさ」
一応、俺は更に詳細な原理についても説明するだけしておいた。
今言っても頭がパンクするかもしれないが、一度聞いておけば後々本気で理解しようと思った時に間違いなく助けになるからな。
この説明が無駄になることはないだろう。
「う、うむ……。いったいどういう頭をしていたら、そんな理論がポンポン思い浮かぶのか……」
メルシャはただただ遠い目でそう呟くだけだったが、まあ現時点ではそれでいい。
「ところで……その魔道具、調理用加熱魔道具といったな? 従来のものとは何が違うのだ?」
メルシャの興味は、魔道具の性能に移ったようだ。
「従来のものとの違いは……一番大きいのは、単位熱量あたりの消費魔力量が千分の一になったことだな。端的に言って、燃費がかなり改善された」
「おお、それはなんと素晴らしい……!」
性能の説明をすると、メルシャは目を輝かせた。
……いや、そこまで食いつくか?
「改善されたっても、ただの調理用加熱魔道具だぞ? 戦闘に使えるわけでもあるまいし、そこまで喜ぶことじゃ……」
「ああ、まあライゼルどのの感覚だとそうかもしれないが。元魔王としては、民衆の生活を劇的に良くする素晴らしいアイテムに見えてな」
そういうことか。
言われてみれば確かに、この魔道具を量産してメルシャの元の世界を訪れ、シシルに納品するのも手かもしれない。
「久しぶりにシシルたちに会いに行くか? この魔道具を手土産にな」
「良いのか? かたじけない、ライゼルどの」
メルシャも元の世界のことが気がかりだろうからな。
そうと決まれば、早速量産開始だ。




