第55話 新・回復魔法
対物理結界を篩の形状に変化させ、水だけを下の階層に抜く。
篩の目を細かく設計したら水の流れが悪かったので、下の階層を減圧して吸引濾過のようにすることでペースアップを図った。
水が下の階層に抜けきったところで、俺は転移魔法を発動し、三人で篩状の対物理結界のところに移動した。
篩に引っかかっていたものは大部分がゴミだったが……その中に一つ、人体のパーツが混ざっていた。
親指たった一本だ。
「この指……見覚えあるか?」
男に対し、その親指を見せながら質問してみる。
「この太さと色ですと……私の仲間の可能性はありますね。ただ、指ですか……」
少なくとも「絶対に違う」と断言できるわけではないようだ。
であれば、試しに治癒させてみる価値はあるな。
仮に見当が外れていて、この指が「脱獄者の楽園」のメンバーのものだったとしても、それが分かってから消滅させればいいだけの話だし。
「分かった。では、とりあえず治療してみよう」
そう言って俺は回復魔法の術式を組み始めた。
「え……ええ!?」
するとなぜか、男は驚いた表情で俺の方を二度見する。
「いいだろう? 別に。間違ってたら間違ってたで、その時どうするか考えればいいんだし」
「いやいやいや、何を仰ってるんですか。それ、指一本ですよ!?」
……あ、そこか。
「まあ見てろ。成功率100%は保証できないが」
あえて多くは説明せず、俺はまず実践して見せることにした。
確かに、残った部分がいつ切り落とされたかも分からない親指一本では、通常そこから全治させることは非常に困難を極める。
というか立体魔法陣の範疇では、よほど切り落とされたタイミングが直前か事前に特殊な魔法がかかっていない限り、生き永らえさせることもほぼ不可能だろう。
だが、量子魔法陣を用いれば……おそらく、ここから全治に至るような回復魔法術式を組むことができるはずだ。
あらかじめそのような術式を考えていたわけではないので、少しこの場で即席で魔法陣を考える必要はあるが。
「……この部分をああして、こっちの部分をあの魔法をアレンジした感じで……」
一分ほど考え、俺は新回復魔法陣に関するアイデアをだいたいまとめることができた。
失敗しても取り返しがつかなくなるような魔法ではないので、一旦かけてみよう。
「……これでどうだ」
魔法陣を組み上げ、術式を発動すると……親指に変化が生じた。
切断面を起点に、みるみる全身が再生し始めたのだ。
「え、え、え、えええええ!?!?」
それを見て、男は目が再生中の身体に釘付けになったまま固まってしまう。
「嘘だ……脳でも心臓でもないパーツから、こんなことが起こるなんて……」
男が唖然としている間にも、元親指の全身が完成した。
数秒後、元親指の意識が戻る。
「こ、ここは……」
「サムタス! 私が分かるか!」
その瞬間、元生首の男は大興奮で元親指の男(サムタスという名前らしい)をゆすり始めた。
「ルブリオ……? 無事だったか!」
サムタスもまた、元生首の男(こちらはルブリオという名前だったらしい)を認識するや否や、嬉しそうにその手を握る。
「無事だったか」という発言が出るあたり、「脱獄者の楽園」に襲われる前の記憶はばっちり残っていると見て良さそうだな。
新回復魔法陣は大成功のようだ。
などと考察していると、ひとしきり無事の再会を喜んだ二人は今に至るまでの経緯を語り始めた。
「無事……だったかどうかは、なんて言えばいいんだろうな。本来なら助かるはずはなかったんだが……」
「どういう意味だ?」
「私は首を斬られ、首から下を失ってしまっていた。だが……とんでもないお方が現れてな。私はその状態から、回復魔法で完全回復した」
ルブリオはそう言ってから、一瞬だけ俺の方に視線を動かした。
その視線の先を追ったサムタスは……一瞬にして、表情が固まる。
「ラ……らららライゼル様!?」
顎が外れんばかりに口をあんぐりと開けた彼は、しばしの間言葉に詰まった。
「ちなみにサムタス、お前は親指一本から今の状態に完全回復だ」
「へ…………!?」
サムタスは絶句したまま、何度も俺と自分の身体に視線を行き来させる。
「ライゼル様……人間を卒業しておられるのはとうに知っておりましたが、今度は神も卒業されたのですか?」
しばらくして我に帰ったサムタスは、そんな訳のわからない言い回しを口にした。
神を卒業とは一体。
吸収ならしたけどな……。
「馬鹿。そんなことよりまずはお礼だろう」
「あ……す、すんません。助けていただいてありがとうございます」
サムタスはルブリオに窘められ、平伏する勢いでお礼してきた。
「いやいや、気にするな」
俺は俺で新魔法の実験がてらだったしな。
今回は、お互いの利害が一致したってことでいいだろう。
「ところで……そちらの方は……?」
気分を落ち着かせたサムタスは、メルシャの存在に気がつき、そう尋ねてきた。
「我はメルシャ。ライゼルどのの弟子だ」
俺が答えるより前に、メルシャがそう言って自己紹介をする。
すると……なぜかサムタスは、あからさまにホッとした表情となった。
「弟子になって……どれくらい経つんですか?」
「もう半年以上にはなるな」
「それはそれは! 優秀なお方で素晴らしい!」
更にサムタスは、謎に満面の笑みでメルシャをべた褒めする。
いったいどうしたのだろうか。
「じゃあ、もう俺みたいな雑魚は不要っすよね! 『命を助けてやったんだから強制的についてこい』なんて言われたらどうしようと思いましたが!」
サムタスは最後にそう言って、ほっと胸をなでおろした。
……フェンリルの群れ、そんなにトラウマなのか。
メルシャのような優秀な弟子の有無に関わらず、メンタル的に不安要素のある人にパーティー加入を無理強いする気など初めから無いのだが……。
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