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第53話 どんぶらこ生首

 3秒後。

 今いる階層が完全に冠水しきったところで、メルシャは二つの術式を完成させた。


 うち一つ、消滅の力を組み込んである方の術式は、メルシャのオリジナルなので当然完全に初見だ。

 しかしもう一つが磁界操作系の魔法なのを見るに……おそらくメルシャがやろうとしてるのは、消滅の力でできた雷を放つとかそういう感じの技だろうな。


 などと推測している間にも、メルシャはそれらの術式を発動させた。

 すると……敵の人数と同じだけの稲妻が発生し、瞬く間に彼らに迫っていった。


 マナアドレナリン筋注で魔力を増幅させた元船長すらそれを避けることは叶わず、「船なき海賊団」のメンバーはもれなく稲妻に貫かれた。

 直後、雷に含まれていた消滅の力により、彼らは存在そのものが完全に消え去った。


 やはり、予想は正解だったようだ。

 磁界操作による補助も完璧だったため、「船なき海賊団」のメンバー以外で消滅したものは何もない。


 いくら水中戦で名を馳せた奴らとはいえ、流石に今のメルシャを前にしては赤子も同然だったな。


「こんな感じの技を考えたんだが……どうだった?」


 水が下層に流れていき、顔くらいは水面から出せるようになったところで、メルシャは俺に技の評価を求めた。


「悪くはなかったと思うぞ。雷撃に消滅の力を乗せることで、発動から敵に到達するまでの時間を短縮することができていた。結果奴らを瞬殺できたんだから、良い応用はできていると思う」


 率直に、俺はそんな感想を口にした。


 おそらくメルシャは、前の戦いで偏差射撃した消滅の弾を避けられた反省から、雷の形にすることで弾速の遅さを改善するという発想に至ったのだろう。

 事実、それは敵との相性次第では効果的な一撃となり得る。


 今回の敵だって、前みたいに消滅の力の弾を偏差射撃していたら、メルシャの弾速だと避けられてしまっていたことだろう。

 しかしそんな相手を、今回メルシャは一撃で仕留めたのだ。


 戦闘スタイルを敵に把握されているケースだと、相手も磁界操作を使ってきて雷が明後日の方向に飛び、意図しないものを消滅させてしまうリスクはあるが……今回のように、初見殺しとして運用するなら非常に有効だ。

 ゆえに俺は、「良い応用だ」と評価した。

 俺も技のレパートリーに入れておきたいくらいには。


 一方で……全く改善の余地が無いかと言えば、そういうわけでもない。


「ただ……せっかく水中だったんだ。錬金魔法でイオン濃度に濃淡をつけて雷の通り道を作れば、磁界操作はいらなかったんじゃないか?」


 俺が気になったのは、技の完成度云々とかではなく戦術レベルの部分だ。


 錬金魔法は、「水溶液中に均一に混ざった溶質を一箇所に集める」といったような使い方もできる。

 そしてその溶質に電解質を用いれば、水中に電気が通りやすい部分や通りにくい部分を作ることもできる。

 雷の進行方向は、そうやって制御することも可能なのだ。


 磁界操作魔法を使うくらいなら、塩を発生させる魔法と溶質の濃淡操作をする錬金魔法を併用した方が、魔法の構築も早く済むし消費魔力も削減できる。

 磁界操作魔法と後者二つの魔法では、魔法のレベルが全く違うからな。


 要は、「メルシャの作戦は大まかな方針としては間違っていなかったのだが、より簡単に同じことをする余地はあった」というのが俺が戦いを見た感想だ。


「言われてみれば……。まだまだ我は頭が硬いなあ」


「そんなことはないさ。今の応用が思いつくようになっただけでも上出来だ」


 などと反省会を進めているうちにも、この階層の水はほとんど引いた。

 今やくるぶしくらいの水位しかない。



 と、そこで……ふいに俺は、水に流されて変なものが地面を流れてくるのが目に入った。

 よく見てみると、なんとそれは人間の生首だった。


「何だあれ?」


 不思議に思い、拾い上げてみると、首の断面に鋭利な刃物で斬られたような痕跡があることが分かった。

 どうやら魔物ではなく人にやられたようだ。

 今のダンジョンの状況で、他人に斬られた人の生首が流れてくるということは……「脱獄者の楽園」がこのダンジョンを占領する過程で犠牲となった街の冒険者、とかだろうか。


 とりあえず、回復させてみよう。

 俺はこの生首の人を完治させるべく、回復魔法を放った。


 しばらくすると、生首から下の肉体が再生し、それから意識も取り戻した。


「こ……こここ殺さないでくれぇ!」


 斬られて以降の記憶が飛んでいるのか、生首だった男は俺を敵と勘違いし、怯えきってしまった。

 このままでは話を聞くことすらできないので、とりあえず鎮静魔法を放つ。


「落ち着いて聞いてくれ。俺はお前を殺そうとしていた奴とは別人だ。既に生首となっていたところを発見したので、回復魔法で治療した」


 男の震えが止まってきたところで、俺は簡潔に状況を説明した。


「生首となっていたところを……回復……?」


 すると男は、そう言ってポカンとした表情を浮かべる。


「助けていただいたのは本当だと思いますし、その点は感謝しかないのですが。流石に生首から回復は冗談ですよね?」


 かと思うと、男は怪訝な表情でそう尋ねてきた。


 腑に落ちなかったの、そこかよ。

 と心の中でツッコんでいると、続けて男はもっと変なことを言い出した。


「そんな芸当ができるなんていったら、まるでライゼル様みたいじゃないですか」


 ……なぜ俺の名前が比喩になっている。

 というかこの男、俺を知っているのか。


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