第50話 逃亡者の追跡
そんなことより、無事実用的な新技の開発に成功したんだから、メルシャに共有しないと。
「それで、この消滅結界の使い方だが……」
俺はレクチャーを開始しようとした。
が、そこでメルシャがこんな疑問を口にする。
「今教えて貰っていいのか? さっきの二人に逃げられたままで……」
追いかけて討伐しなくていいのか心配してくれてるのか。
実を言えば……俺としては、むしろ敢えて逃してみたいと思ってるんだよな。
「あいつらか。確かにまだ逃げ続けてるな。もうダンジョンも出たようだ」
「ライゼルどのなら、一瞬で追いついて殺してこれるだろう?」
「可能だが……そのつもりはない。もう少し泳がせてみたいんだ」
さっき対峙した感触から分析するに、あいつらはここの状況を正確に把握できるだけの探知能力は持っている。
身体魔石接続野郎がとっくにいなくなったことにだって、気付けるはずなのだ。
暴発の危機が去ったとなれば、普通に考えて、奴らは仇を討ちにここへ帰ってくることだろう。
しかし……奴らは今も尚、逃げ続けている。
これには何か、奴らなりの思惑があるはずだ。
たとえば――「脱獄者の楽園」の本拠地に戻って、増援を呼ぶとか。
もしそうなら、奴らの動向だけ把握しつつ泳がせておけば、「脱獄者の楽園」の本拠地を割り出せる可能性だってある。
そんなチャンスを逃すわけにはいかない。
「これでもつけておいてな」
そう言って俺は、収納魔法からスプレー缶型の魔道具を二つ取り出した。
「……それは?」
「気体型諜報用魔道具だ。これで奴らをマークしておけば、絶対に気づかれることなく、どこまでも奴らを追跡することができる」
説明しながら、俺は魔道具を起動し、初期設定をしていった。
自身の探知魔法と魔道具を同期して追跡対象を登録してから、トリガーノズルを2プッシュする。
噴射された気体は、逃亡者二人から10メートル離れたところに転送され、二人を追いかけだした。
この魔道具の特徴は主に二つ。
高度な隠密性能と、絶対的な追跡能力だ。
気体として空気に完全に溶け込むが故に逆探知するのは非常に困難で、俺ですら女神を吸収する前だと「この魔道具で追われている」という事前情報無しには逆探知できなかったくらいだ。
それゆえ俺は、製法を今まで門外不出としていた。
今の俺なら、量子魔法陣を用いるより高度な探知魔法で探し出せるが……奴らには到底気づくことはできないだろう。
追跡能力に関して言えば……大陸を跨ぐ距離の転移魔法を1秒間に100回使われたとしても、標的を見失うことがない程度には優れている。
あの程度の奴らには、はっきり言ってオーバースペックだ。
というか……あいつら多分、動揺しすぎて転移魔法のことをど忘れしてるな。
でなきゃ未だにダンジョン周辺にいるわけないし。
「何か情報が掴めるか、それとも徒労に終わるか……いずれにせよ、判断がつくまで時間がたっぷりある。その間暇だし、今のうちに消滅結界の使い方を教えようと思うんだが」
「なるほどな、分かった。ぜひ頼む」
事情が分かると、メルシャは途端にやる気になる。
こうして消滅結界発動方法の伝授が始まった。
◇
それから20時間後。
「だいぶ慣れてきたぞ!」
ようやくメルシャが自在に消滅結界を扱えるようになってきた。
はじめの数時間は、力が暴発しそうになることもちょくちょくあったので、いつでも「反・特異結界」を発動できるよう身構えていなければならなかったが……そこを抜けると、ゆっくりであれば確実に発動できるようになりだした。
そこから十数時間、今では3秒ほどで発動できるまでになっている。
実戦で使おうと思えば、3秒じゃ遅いって場面のほうが多いだろうが……それでも丸一日も経たずここまで来れたのは、大きな進歩と言えるだろう。
「楽しいだろう? できることが増えるのは」
「ああ。今まさにな」
メルシャは満足そうにそう言って、再び練習に戻った。
さて、逃亡者たちの様子はっと。
気体型諜報魔道具が俺に転送してくる情報のほうに意識を向けると、脳内に二人の周囲の風景が広がった。
二人は今砂漠地帯を走っているようだ。
この砂漠は……ガルミア王国国境付近か。
ガルミア王国といえば、今俺たちがいる国の隣に位置する国だ。
「面白いな」
その様子を見て……俺の中で、ある期待が高まった。
それは、「今回の事件の黒幕がガルミア王国なのではないか」という期待だ。
今俺たちがいる「第二の狂乱」のダンジョンがある街は、ガルミア王国との国境に面している。
そしてダンジョンは、資源の代名詞とも言えるような場所だ。
それゆえ、たとえばガルミア王国がこの街を支配下に置くことを目論んでいたとしても、何ら不思議ではない。
だがもちろん、戦争してこの土地を奪うとなると、ガルミア王国も国力を消費することとなる。
それは向こうとしても避けたいはずだ。
しかし……たとえば「脱獄者の楽園」が一旦この街を占拠し、どの国からも腫れ物扱いされる街になったらどうか。
この街をガルミア王国の管轄とすることになっても、誰も文句は言わないだろう。
一旦そんな状態にしてから、ノーコストでこの街を手に入れ、実はグルだった「脱獄者の楽園」がガルミア王国にこの街を引き渡す――そんな計画だったのではないか。
考えられない話ではないだろう。
もし仮にそうだったとしたら、俺たちにとってもおいしい話だ。
というのも……ガルミア王国には、「第三の狂乱」がボスとなっているダンジョンが存在する。
ただ問題が一つあって、この国ではあらゆるダンジョンのボス攻略が禁止されている。
俺たちが「第三の狂乱」を攻略するには、交渉して許可を得る必要があったわけだ。
しかしそれも、もし俺たちがここで、ガルミア王国と「脱獄者の楽園」の内通の証拠を手に入れることができたら……その情報をダシに交渉を有利に進めることができる。
「脱獄者の楽園」と内通してるなんてことが知れ渡ったら、周辺国全てから長期に渡る経済制裁を受けてもおかしくはないからな。
まあ現段階では、せいぜい「奴らの拠点がガルミア王国領土内にありそう」くらいの根拠しかないので、確信するにはまだ早いのだが。
期待するだけなら構わないだろう。
などと思っていると……奴らに新しい動きがあった。
ふいに立ち止まって、鍵のような形の魔道具を地面に突き刺したかと思うと……地下へと続く階段のようなものが、その場に出現したのだ。
彼らはその階段を降りていった。
階段を降りた先には番人っぽい人が二人ほど立っていたが、逃亡者たちが赤色のカードを取り出して見せると、番人たちが大慌てで二人を中に案内しだした。
……ここが「脱獄者の楽園」の拠点か。
中でどんな話がなされるのか、じっくり聞かせてもらうとしよう。




