第19話 国王の激怒、聞いてはいけないものを聞いてしまった召喚勇者
[side:王宮]
ライゼルたちを勇者召喚してから、5か月が経ったある日のこと。
国王はとある報告書を読んで、怒りを爆発させていた。
「何だこの糞のような売上高は!」
そう言って国王は、床に報告書を投げつける。
「作物輸出量が前年比95%減だと……!? 一体何がどうなっておるのだ!」
国王が読んでいたのは……魔族領との貿易に関する報告書。
例年だと絶対にありえない数値に、国王は酷く動揺していた。
そんな国王に対し、報告書を持ってきた役人は、今にも泣きそうな声でこう答える。
「そ、それが……。魔族領の外交官曰く、『食料自給率が100%を超えたから、もう人族から食料は買わない』とのことだそうで……」
実はこの国では、過去に国王の酷い怒りを買った役人が処刑されたという前例がある。
こんな報告書を持ち帰っては自分もそうなるのではないかと思い、ストレスから酷い胃痛に悩まされつつ、この役人は王都まで馬を走らせて来たのだ。
そして案の定、怒り心頭に発する国王を見て……役人の不安は、絶望に変わった。
……しかし。
国王の口から発されたのは、この役人の処遇に関するものではなく……次のような指令だった。
「魔族の分際で生意気な……。おいレジアス、召喚勇者三人に、明日にでも魔王城を急襲しに行くよう命令を出せ!」
国王はレジアス——ライゼルたちが召喚された際、世界の説明や戦闘力計測を行った従者を指差し、そんな命令を出した。
「奴らに現魔王を殺させ、条約に『魔族は前年と同量の量の作物を未来永劫輸入しなければならない』という条項を追加させるのだ!」
国王は、そう続けた。
だがそんな国王に対し……レジアスは、こう進言した。
「恐れながら申し上げますが……その方法には、私は反対です。召喚勇者に魔王を殺す実力などないことは、陛下もご存知ですよね? 今の召喚勇者を派遣したところで、返り討ちに遭うのが関の山でしょう」
通常、召喚勇者は魔王城まで攻め込むことなんてほぼ無い。
適当に魔族領周縁を荒らさせ、ある程度力がついたら、合成勇者に吸収させる。
過去の召喚勇者は全て、そのようなルーティーンで扱ってきたのだ。
ちなみに魔王城まで攻め込ませないのは、そこまで行くと召喚勇者の実力で倒せる魔族の方が稀になってくるからだ。
それを考慮すれば……はっきり言って国王の案は、ただの無駄打ちでしかない。
そう思った彼は、今の国王に反対するリスクは承知の上で、そのような進言をしたのだ。
だがそれを、国王は一蹴する。
「ふん、そんなこと分かっておるわい。だが……今の魔王は、条約により召喚勇者を殺すことができなくなっている。もし条約に逆らって召喚勇者を殺した暁には、それこそ戦争すればいい話だ。この計画に、まだ抜けがあると申すか?」
国王は自分の意見を一切曲げるつもりはない様子で、そう言い切った。
まさか合成勇者の出動まで検討していると思わなかったレジアスは、驚いて若干目を見開く。
「……そこまでなさる計画なのですね。では念のためお聞きしますが、召喚勇者が殺された場合、死体となっては勇者合成に使えなくなるのですが……それでも構わないと仰せなのですね?」
「これは緊急事態だ。それくらい厭わん」
念のための確認をとるレジアスに、国王はそう断言した。
それ以上、レジアスからの進言は出なかった。
命令を伝えるために、レジアスが玉座の間から出ていくと……国王は歪んだ笑みを浮かべる。
「ふっ、愚かな魔族どもめ……」
誰にも聞こえない声で、彼はこう続けた。
「自給率上昇のために、どんな無理をしたのかは知らんが……残念だったな。無駄な努力は、余計に首を締めるんだという事を思い知らせてやる……!」
魔族領でどんな準備が行われているかなど、露ほども知らない国王。
彼は完全に勝ったつもりで、不敵な笑みを浮かべるのだった。
◇◆◇
その頃。
玉座の間に隣接する廊下にて……一人の男が、立ち止まったまま首を傾げていた。
「勇者……合成……?」
壁を隔てて、辛うじて彼に聞き取れたのは、そのたった二つの単語だった。
これを聞いていたのがただの従者だったなら、男は何も思わなかっただろう。
しかし……このタイミングでこの廊下を通りかかった男は、ある意味で一番この単語を聞かれてはいけない相手だった。
「空耳……だよな?」
この男——ライゼルの一個手前に召喚された召喚勇者は、どう考えても組み合わさることのないはずのその二単語に、奇妙な感覚を覚えていた。
(まさか……俺は世界を救うという名目で呼び出されて、その実何かに利用されようとしているのか?)
一瞬、彼の胸中にそんな予感が走る。
「……って、考えすぎか」
だが彼は、あまりにも馬鹿馬鹿しい被害妄想だと思い、その予感を一蹴した。
とはいえ……その不安は、完全に消えるわけではなく。
今後ずっと、心の片隅で燻り続けることとなるのであった。




