第18話 多層魔法陣で農業革命
多層魔法陣を教えだしてから、一週間ほど経ったある日。
俺はメルシャに連れられ、魔族領周縁にある広大な農地の上空に来ていた。
今日はメルシャの「どうしても外せない政務がある」という申し出により、一日だけ訓練を休止することにしている。
ただ……その用事をするにあたって、俺にも見てほしいものがあるとのことなので、俺もこうしてついて来ているのだ。
「で……一体ここで何をするんだ?」
「魔王の業務の一つに、『念に一回、農地に豊穣の雨を降らす』というものがあってな。今日がちょうどその日なのだ」
目的を尋ねると、メルシャはそう答えた。
……それ、魔王の業務なのかよ。
しかしまあ一番魔法に長けた者が魔王となる以上、広範囲に効く大規模魔法の行使が魔王の業務となるのは一応合理的ではあるか。
「それで……なんで俺について来てほしいと言ったんだ?」
「豊穣の雨なんだが……去年までは平面の魔法陣を用いた魔法で降らせていたんだがな。今年はせっかくなので、オリジナルの多層魔法陣を用いた、より効果の高い雨を降らせようと思っているのだ。ただ……初めて使う術式なので、ちゃんと効果が出るか不安でな。お主に監修してほしいと思ったのだ」
そしてメルシャは、俺について来てもらった理由をそう語った。
……なるほど。
メルシャ、訓練の傍らこの業務のために新たな魔法を創造していたのか。
ただ習った魔法陣を丸暗記するのではなく、自分で考えて本質を捉え応用を効かせられるのは、非常に良い兆候だな。
ただ……国益を大きく左右する魔法ゆえに失敗はできないので、術式に変なところがあれば修正してほしいので俺を呼んだ、といったところか。
「分かった。とりあえず、魔法の発動まではいかなくていいから……従来の魔法陣を一度見せてもらえないか?」
といっても、農業用魔法は正直俺の専門外だ。
まずはどういう原理の魔法を使おうとしているのかを知りたいと思い、俺はメルシャに当該魔法の術式制御部分だけを構築して見せるよう頼んだ。
「こんな感じだな」
「……なるほど」
魔法陣を見ると……それがどんな魔法かは一瞬で分かった。
作物肥大化、栄養価標準化、成長促進の三つの効果を併せ持つ雨を降らせる術式か。
そこさえ抑えておけば、メルシャのオリジナル魔法も、変な副作用がついたりせずちゃんと元の効果の単純強化版になっているかは判断できる。
「じゃあ、作ったオリジナル魔法とやらをやってみてくれ。術式に変なところがあれば、すぐに指摘する」
「分かった」
返事をすると、メルシャはオリジナルの魔法陣を構築し、魔法を発動した。
……うん。見たところ問題は全くないな。
というわけで、俺は一切口出しせず魔法の発動を見守った。
しばらくすると……上空に雲が発生し、雨が降り注ぎだした。
「どうだった?」
「完璧だ。これなら、単純に例年より収穫量が多くなるはずだぞ」
「……良かった」
魔法の出来を評価すると、メルシャはホッと胸をなでおろした。
「ちなみに……効果はどれくらい上がると思う?」
「見たところ、収穫量は従来の四倍ってところだな」
平面の魔法陣と多層魔法陣を用いた魔法では通常、威力は見違えるほどに異なる。
攻撃魔法なら、威力が100倍から1000倍ほど違ってくるケースも珍しくはない。
だが……農作物に対する魔法となると、そこまでの雲泥の差には正直ならない。
なぜなら今の改良魔法では、土地の体積という制約までは取っぱらえないからだ。
もっと収量を増やすには、「農地を四次元空間化する」といったような、空間の制約をなくすような魔法を重ね掛けする必要があるのだ。
まあとはいえ、流石にそこまでする必要はないだろうが。
などと考えていると、メルシャは嬉しそうにこう言った。
「ならばっちりだ! 我が魔族領の食料自給率は、3割ちょいだったからな……。これで今年は、完全に自給自足できるようになるわけなのだな!」
……やはり、そんなところだろうと思ったのだ。
作物は、むやみやたらに何千倍も何万倍も獲れればいいというものではない。
だから俺は、「空間系付与魔法も重ね掛けしろ」といったようなアドバイスはしなかったのだ。
「これで……今年は忌々しい人族のぼったくり価格で食物を輸入せずに済む!」
メルシャはそう続け、ガッツポーズした。
……それが狙いだったのか。
確かにそんな事情があったなら、国の統治者として、今のような魔法の開発に腐心するのも納得だな。
「収穫はいつなんだ?」
「二が月後だ。……ふふ、人族の輸出業者の出鼻が挫かれるのが、今から楽しみじゃわい」
優秀な弟子ができて本当に良かった。
いつになく嬉しそうなメルシャを見て、俺は密かにそう思った。
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