第9話:松上通りのクレープ
「おーい。ホムラ。一緒に帰ろうよ」
「いや♪」
あっさりと人公アルシの誘いを蹴って、そのまま下校しようとするホムラ。狼狽えた人公は、慌てて謝罪する。
「昼休みのことは悪かったって。あの後コヲリに怒られて反省したんだよ。だからな? お詫びに。コンビニでアイスでも奢ってやるから」
「いらない♪」
「へ?」
「じゃーねー」
そうしてホムラは去っていく。庵宿区の駅前で集合予定だ。さすがに学校で三人とイチャイチャしながら駅まで歩くわけにもいかず。俺もホムラとは関係ないですよオーラを出しながら帰路につく。途中でまた人公アルシに会った。ピンク色の髪の美少女もセットだ。よく考えると学園にドピンクの髪で登校するってのも剛毅だよな。エロゲーヒロインにそんなもん求めるなって話だが。
「なぁカホル。一緒に下校しないか? お前らの部屋も知っておきたいしさ」
「男に一人部屋を明かすわけがないでしょ。バカなの?」
「いや。でもボクたちって幼馴染だろ?」
「だから?」
「だから。ボクは心配なんだよ。強盗とかに襲われたら、どうしようかって」
「セキュリティはしっかりしているから安心してください」
「じゃあせめて駅まで……」
「これから楽しみな予定があるので却下します♪」
そうして弾むような足取りでカホルは去っていった。その彼女の背を目で追いながら、俺も靴を履き替える。
「あ、コヲリ、聞いてくれよ。カホルの奴がさぁ」
「……今日は急いでいますのでこれで失礼します♪」
なわけで、コヲリにもフラれた人公アルシは、
「ちっ。なんなんだよ……」
一人寂しく下校しましたとさ。で、俺も駅まで歩いて、そのまま庵宿区のメイン駅で降りる。松上通りのクレープはちょっとアウトスタグラムを利用している若者受けのクレープ屋があって、そこに三人を連れていく予定だ。そうしてそこで三人と合流するつもりだったのだが。
「ねぇ。話だけでも聞かない? 悪いようにはしないからさー。ちょっと喫茶店でお茶でも奢るから。本当に悪い話じゃ――」
で、駅で俺を待っていた三人がチャラいスーツの男に勧誘を受けていた。瞬間、俺の頭が沸騰。ズカズカとそっちに歩み寄り、スーツ姿の男の腕を握って捻る。
「いっ……たた……何? 何?」
「俺の女に何の用だ?」
思ったよりドスの利いた声が出た。花崎カホルも二條コヲリも二條ホムラも俺の奴隷だ。俺以外の奴が触れることは許さない。そんな矜持が凶行に及ばせていた。
「ちょ。ま。え? この三人の彼氏さん?」
「そうだ。ナンパなら消えろ」
「ちょい。待って。ナンパじゃないって。そういう目的はゼロ!」
釈明するように男が言って、
「えーと……」
その腕を捻ったまま、俺は三人を見る。
「えーと。その。プロダクションの人で」
「……勧誘というかスカウトを受けまして」
「アイドルに興味ないかーみたいな?」
言われて俺は男の腕を離した。
「それは済まないことをしました。謝罪します」
「あー、いや、誤解させたのはこっちですし。やっぱりチャラく見えますかね? 会社の命令でハッタリ勝負って言われてこういうストライプ柄のスーツ着てるんすけど」
まぁクラシックじゃなくモードに見えるのはご愛敬。
「こっちの三人をアイドルに?」
「そそ。庵宿区でアンテナ張ってたんすけど爆イケの美少女が三人いるじゃないですか。これは声をかけないのは社訓に反するってことで。声をかけさせていただきまして。まさか三人がお兄さん一人と三股しているとは意外でしたけど」
「えーと。じゃあ。話聞くか?」
と俺は三人に聞く。
「私は別にだよ」
「……私も興味ないです」
「あたしは……その」
総決定でこの場は却下となった。
「あ、じゃあせめて名刺だけでも受け取ってくれませんか? さすがに名前売らないと上司に怒られるんすよ。こっちを助けると思って」
スーツ姿の男が三人に名刺を渡す。アイドルプロダクションらしい。
「じゃ、デートのお邪魔しました。もしも御縁がありましたらよろしくっす!」
そうして男は去っていった。
「じゃ、いくか」
「だねー」
「……はいです」
「うん」
そうして庵宿区の松上通りまで行って、流行りのクレープ屋に顔を出す。えっらい長い名前の注文をする三人に、俺は一人何とも言えない気持ちになる。そもそもだがチョコバナナとかストロベリーとかで済む注文じゃないのか? 俺は転生前は陰キャだったので、こういう事には疎いのだ。牛丼屋でチーズ牛丼頼むタイプというか。
「あ、じゃあさっきの注文であーしも。お会計は一緒でお願いしまーす」
で、俺とカホル、コヲリとホムラ。四人の注文に差し入って、五人が注文する。しかも会計同じというあまりの暴挙で。そっちを見ると金髪のキラキラしたギャルがいた。にひ、とからかうように笑って横ピース。
「どもどもっす。学校ぶりー」
この春に転校してきたギャル。そしてラブハートの四人目のヒロイン。小比類巻マキノさんだった。九王アクヤとはお金とセフレの関係で、小比類巻さんのルートではお金より真実の愛に目覚めて人公アルシと恋仲になるヒロイン。
「小比類巻さん……」
その名前をホムラが呼ばわる。
「どもでーす。名前知ってるってことは同じクラスかな。小比類巻マキノでーす。はい、自己紹介」
俺は五人分のクレープ代を支払って、クレープが出来上がるのを待つ。
「俺は九王アクヤ。どこにでもいる高校生だ」
「花崎カホルだよ」
「……二條コヲリです」
「二條ホムラだぞ」
「アクヤ。カホル。コヲリ。ホムラね。覚えたぞ。っていうかみんな可愛いね。アクヤくん、もしかして罪な男?」
「否定も難しいな」
「もしかして四人で付き合ってるとか」
「間違ってはいない」
「やるー。男の甲斐性だね。さすが女子四人にクレープ奢る男は違うなー」
「ていうかサラリと俺に金を出させたな」
「いいじゃん? 一人分くらい。こっち常に金欠でさー。クレープもまともに食えないの」
「まぁ別にいいけど」
「でさ。でさ。この四人ってどういう関係?」
「単なる彼女」
「それ学校で言っていい奴?」
ダメです。大炎上間違いなしだ。




