第8話:思ったより酷い主人公
すいません。一部の読者に勘違いさせていますがエロゲーの主人公の名前は「人公アルシ」と言います。
人公は「ひときみ」と読みます。
なので文中の人公は、主人公の主の字を書き忘れているわけではないんですね。
ややこしくてすみません。(m*。_。)m
「…………」
始業式が終わって、一学期が始まる。そうして初日を迎えたわけだが。俺は教養棟と職員棟をつなぐ渡り廊下で、張り出されていた紙を見ていた。
「全国模試……ね」
そう書いてある。全国模試なる試験があるのなら受けないと損だよな?
「…………ヒソヒソ(アクヤ様。何を見ていらっしゃるのですか?)」
ゾクゾクと悪寒が走る。声そのものはアニメ声でとても愛らしいのだが、学内でアクヤ様と様付けで呼ばれると危機感を誘発し。
「花崎さん?」
「はい。なんでしょうか九王くん?」
「ジョークはほどほどに」
「失礼しました。それで何してるの? 九王くん」
「ああ、これ」
とプリントを指差す。
「全国模試ですか。もしかして御受けに?」
「なろうかなぁと思っている」
感覚的なところは九王アクヤだが、持っている自意識が只野ヒートだ。もしあの勉強漬けの毎日が継承されているならワンチャン、と思ってしまったのだ。まぁそんな美味い話もないだろうけど。
「花崎さんは受けるの?」
「ええ、まぁ。進学校ではありませんけど、一応学校側からしたら貴重な存在らしく」
「だよなー」
勉強できるって一つの才能だ。
「昨日の野球。カッコよかったですよ。入部するんですか?」
「いや。誘われただけ。入部はしないよ」
「でも九王くんってスポーツ何でもできますし。部活に入ると内申点もあがるんじゃ?」
「その可能性もないではないけど。あんまりスポーツには詳しくなくて」
「一年の頃もサッカーやバスケで無双していましたよね?」
そっかー。そんなマウントを取っているキャラだったな。そう言えば。
「まずは模試だ」
「あ、本当に受けるんですね」
「自分の成績を知らないとな」
「でも三年生までの範囲が出ますよ。試験」
んなこたー知っとるわ、と言えればいいのだが、俺が転生者であることは言わない方がいいのだろう。そのまま二人で模試についてポツリポツリ語りながら廊下を歩いていると。
「ああ!? 聞いてないよ!?」
どこか凄んでるような声が廊下から聞こえた。俺は聞いたことのない声だが、カホルは明敏に察していた。
「なんでボクに相談もせずそんな勝手なことを!?」
見れば凡人も極まるキャラクター造形。平々凡々を音にしたような声。そんなザ・平凡がホムラに当たり散らかしている。誰だ、と警戒していると。
「アルシくん。何事?」
俺の隣を歩いていたカホルが仲裁に入る。というかそうでもしなければ彼を止められないと思ったのだろう。そこで俺はようやく、目の前にいる人間が人公アルシであると悟った。たしかにエロゲでは人公アルシ視点なので、アルシのキャラデザはそんなに印象がない。その人公は今度はカホルを睨んで、唾を飛ばす。
「お前もだよ! カホル! なんでボクの前からいなくなった!」
あ、その件。そりゃカホルと二條姉妹の親が娘を俺に売ったんだから、俺のマンションで可愛がられるのが宿命というかなんというか。
「春休みに説明したでしょう。一人暮らしの特訓のためにマンションを借りると」
そういやまだ寝取られたことを知らなかった人公は、彼女らが一人暮らしの練習のためにマンション住まいになったと信じて疑っていなかったな。だがどうやらゲームとは動きが違うらしく。人公は更に唾を飛ばす。
「だったら戻って来てよ! ボクはカホルたちがいないとダメなの知ってるだろ!?」
「戻って来てよと言われても……」
聞くだに暴論としか思えない人公の言に、まさに「困ってしまって」な顔をするカホル。
「今日だってホムラが起こしてくれなかったから遅刻したんだよ?」
「だから早起きするようにちゃんとしてって春休みに説明を」
「ちゃんとボクが憶えているように説明したって言える?」
「それは……でも……」
どっちが無茶苦茶言っているかなら、人公の方だろう。
「そこまでにしておけよ」
気付けば出しゃばっていた。
「な、九王……ッ」
「さっきから勝手すぎるだろ。まず朝くらい自分で起きろ」
「うるさい! メイドにでも丁寧に起こされているお前が言うな」
ありえそうだな、とちょっと納得したのは秘密だ。九王グループは国内最大級のコングロマリット。その血脈である俺は、つまり超大金持ちのボンボンだ。
「ボクにはカホルとコヲリとホムラしかいないんだ! お前みたいに何でも持ってる奴とは違うんだよ!」
「じゃあその三人を大切にしろよ。こんな美少女の幼馴染がいるだけでも幸せだろ」
カホルたちを幸せに出来るのはお前だけなんだぜ? とは言わないでおいた。それは人公がフラグを立ててヒロインと幸せになるための未来であろうから。
「「……び、美少女」」
カホルとホムラが、そんな俺の言葉に食いつく。見れば赤面していた。なんだ?
「花崎さんも二條姉妹も、お前のことを信じて家を出たんだ。じゃあお前もしっかり一人で自分を管理するべきだろう」
「うるさい! メイドにチヤホヤされているお前なんかが偉そうに語るな!」
メイド。メイドかぁ。それもアリだなぁ。
「……? ……どうかしたんですか?」
そこで俺がメイドを雇ったらどんなメイド服を着せようか考えていると。二條コヲリがやってきた。ホムラの姉で水色の髪の氷を想起させるイメージ。赤い髪のホムラとは対照的だが、まぁ理解しているのは俺くらい。
「コヲリ! お前もお前だ! なんで起こしに来てくれないんだよ!」
「……あー。……はいはい。……大体分かりました」
その一言で全てを悟ったらしい。
「……アクヤさん? ……ホムラちゃんを連れて六組に戻ってください。……カホルちゃんも行っていいですよ」
そういえばコヲリはしっかり者で、常に主人公に説教する立場だったな。とはいえ寝坊したのをヒロインのせいにするとは。主人公にあるまじきだな、人公アルシ。
「……いいですか。……私たちは来るべき大学生活のために一人暮らしの特訓として部屋を借りているのであって……」
感情論で話す人公に対し、コンコンと正論を展開するコヲリ。
「行こ。アクヤくん」
さっきまで人公に詰られていたホムラがそう言う。俺としては彼女が大事なので聞いてみる。
「大丈夫か?」
「ダメだって言ったらどうしますか?」
「わかった。じゃあ庵宿区にクレープを食べに行こう。奢ってやるよ」
「本当!?」
「お、笑顔になったな。その調子だ」
「えへへぇ。アクヤ様とデート……」
「だから学内で様付けはだな……」
誰にも聞かれなかったからよかったようなものを。
「カホルとコヲリお姉ちゃんも呼んでいい?」
「ああ、全員に奢ってやるから覚悟しとけ、と言っておけ」
というか。俺みたいな鬼畜と一緒にデートってありか? 俺としては悪役としてのムーブを全うしようと思っているのだが、でもさっきの人公アルシを見るとちょっとなぁ。




