第16話:ラリルトリオとアルシの部屋
【人公アルシ視点】
日曜日の事。ボクは土曜日からの徹夜明けを終えて眠り、そのまま昼間で眠るつもりだったが。
「……起きなさい。……アルシ」
久しぶりにそんな声を聴いた気がした。ボクをいつも叱るコヲリの声。眠らせてくれと思ったが、相手が異様にしつこい。ボクは渋々ながら起きる。
「コヲリか……何だよ一体」
「……こっちのセリフなんですけど」
口の端を引きつらせて、コヲリが説教の体勢。でもボクは悪いことはしていない。今日は日曜だし。起きた時間は十時。日曜ならこんなもんだろう。
「……何ですか。……あのキッチンの有様は」
「キッチン?」
何もしてないぞ。
「……カップ麺の残骸がゴミ袋にパンパンに詰まっていましたよ。……まさか自炊してないんですか?」
「料理めんどい」
「……せめてお弁当くらい食べてくださいよ。……コンビニにもスーパーにも売っているでしょう?」
「腹に入れば変わらんだろ」
「……大いに変わります。……この時代で壊血病になると医者から呆れられますよ?」
「壊血病?」
「……ビタミン不足で起こる症状です」
「で、それを説教するために来たのか?」
「……ええ。……今カホルちゃんとホムラちゃんと私で家中綺麗にしているところです。……ゴミ収集業者を手配しましたので、……金は出してもらいますよ。……というかゴミ出しくらいしてください」
「起きたらゴミ捨ての時間終わってんだもんよ」
「……学校にも遅刻の連続とか」
「それはコヲリが起こしてくれないのが悪い」
「……でしょうね」
「なぁ。一人暮らしやめないか? ボクはお前らがいないとダメになる」
「……だからダメにならないようにしてくださいと」
「お姉ちゃん。アルシ起きた?」
「……ええ。……起きましたよ。……自覚症状はありませんが」
「よっす。ホムラ」
「あのさぁ。もうちょっと生きる努力してよ。ご両親居ないんでしょ?」
「代わりにお前らがいるだろ」
くあ、と欠伸をして、ボクは頭をかく。
「お姉ちゃん。殴っといて」
「……では失礼して」
ペチ、と両頬を軽く叩かれる。そのまま何も手を付けていないリビングやダイニングが綺麗になり、シンクのぬめりまで拭い去られていた。
「おー。すげーな」
「……だからこういう事を出来るようにですね……」
「少なくとも高校卒業したら私たちと別れることになるんだから。自分のことくらいできるようになりなさいよ」
カホルが御尤もなことを言うが。
「言われてできるならこんなになってないんだよなぁ」
「じゃあおじさんたちについていけばよかったじゃない」
ボクの両親は海外赴任でヨーロッパに移転していた。
「お前らはいいのかよ。ボクが海外に行って」
「こうやって働かされると考えないでもありませんね」
「……全く同意」
「今から行けば?」
容赦のない幼馴染たちだった。
「でもさ。こうしてボクを助けてくれたじゃん?」
「生徒指導の先生に相談があったんです」
「あー。遅刻してたから?」
「授業態度についても触れられましたが」
「……本当にアルシくんは」
「今からでもヨーロッパに行った方がいいと思う」
情け容赦ない。
「それから。はい。御飯」
掃除の最中にも米を炊いていたらしい。簡素な冷凍食品のおかずと米だけの料理。
「ああ、美味い」
「だからこれくらい……」
カホルが口を酸っぱくしてそういう。それからゴミ収集業者が来て、ボクが溜めに溜めたゴミを回収していき、その際の金銭はボクから取られた。ちょっと痛手。
「朝は六時に起きる。洗濯ものは早朝に。朝御飯は余裕をもって。制服にはアイロンをかける。掃除が面倒ならロボットを買いなさい」
「前みたいに起こしてくれよ。幼馴染だろ」
「無理です」
「何でだよ?」
「こっちにだって事情というものがあります」
「だから一人暮らしなら大学受かればいくらでも出来るんだから……」
「そもそも大学は別々になるんですからどちらかと言えば矯正が必要なのはアルシの方でしょ」
「えー? 一緒の大学行こうぜ?」
「偏差値六十の大学に合格するなら一考しますが?」
カホルは学年でもトップレベルの成績だったな。
「コヲリはもうちょっと簡単なところに行くよな?」
「……行きますけど……アルシの成績には合わせませんよ?」
「ホムラは? お前が一番成績悪いだろ?」
「そもそも大学行かないし。というか行けない」
「そこはほら。ボクも少しくらいグレード落とすから……」
まずは二條家のそもそも論をボクはこの時知らなかった。
「とにかく。あまりに一人暮らしが出来ない様だとおじさんに電話して迎えに来てもらいますからね」
「それは嫌だ。カホルとコヲリとホムラに会えなくなる」
「ちなみにゴミ屋敷みたいな家の中の写真は撮らせてもらっているから、証拠画像付きでおじさんたちにご報告できることは念頭においてね?」
カホルが容赦なく言う。
「せめて起こしに来てよ。そしたらボクも遅刻しないし」
「「「…………」」」
三人が思案した。元々ボクを起こしに来ていた三人がいきなり一人暮らしをしたのが原因だと思う。ボクをいつものように起こしてくれれば、こっちだって健全な学校生活が。
「…………ボソボソ(アクヤ様に何て説明する?)」
「…………ボソボソ(……アクヤ様の寛容に縋るのも気が引けますが)」
「…………ボソボソ(でもこのままだと腐乱死体が出来上がるぞ?)」
何を話しているんでしょう? ボクの事か?
「ではその件は持ち帰って考慮します」
「……最悪電話で起こしますので……二度寝しないように」
「アルシが悪く言われるとこっちが手間かかるんだから」
「ありがと。やっぱりお前らは頼りになるよ」
「手間のかかる弟みたいな存在ですね」
溜息をついてカホルがそう論評。手間のかかる弟か。ちょっと不本意だけど間違っていない。でも憎からず思っているんだろ? 他の男子に告白されても一度もOK出してないし。幼馴染の特権として、ボクはカホルもコヲリもホムラも好きだ。三人もボクが好きなはず。だからツンデレで文句を言いながらも今日はこうやって来てくれたんだから。
だろ?




