第1話:転生したら竿役でした
「…………」
目が覚めたら知らない天井だった……というのをリアルで体験すると結構混乱するのだが。頭が痛むのだが、ここが病院でないのは悟れて。あんなことがあったというのに、普通に病院にもかかれない自分の惨めさに泣きたくなるような気もしないでもない。
俺、只野ヒートは生まれつき脆弱だった。スポーツが苦手とかそんなレベルですらない。腕を折り曲げて力を入れても筋肉こぶさえできないモヤシ。そんなわけで、取り柄を捜すのも苦労して、結果勉強に行きついたわけなんだけど。高校の三年生。勉強だけは頑張って、他に誇れるものもなかったので集中していると、全国百位以内とかそういうレベルに達し。結果国立の推薦枠を勝ち取ったのだけど。ソレを面白く思わない愛すべき学友がガラの悪い連中を引き連れて殴り込み。というか俺に推薦を辞退するように脅迫。最後まで頷かなかった俺は、そのまま金属バットで殴られて意識不明。
気がついたら、ここにいた。見たことのない天井で、見たことのない部屋模様で。俺の実家ではないが、妙に生活臭のある空間。例えるなら若人の一人暮らしの部屋のような……。
「なんだってんだ……一体……」
とぼやくように呟いて、それから自分の声が変質していることに気付く。自分で聴く自声と、実際の声は違うとは言うが、判別しているのが自分の耳なので違和感の大きさは正当評価に準ずる。
「んん?」
喉を押さえて声の調子を確かめる。風邪を引いているとか、そういう話でもないらしい。というか誰の部屋か知らないが、学生の一人暮らしのような部屋にケガ人連れ込んで、しかも監視も無しに放置とか現代日本の福祉は何を考えている。金属バットで殴られた頭を撫でて、だが痛みはない。結構ガッツリ殴られたのでコブと言うか脳挫傷まで覚悟したのだが。一応無事息災。この部屋の主が誰なのか知らないが。そもそも何が経緯で俺をここに保護したのか……。悩んで得られる答えもなく。仕方ないので寝ていたベッドから立ち上がって……そのまま……というか目線高くね? あれ? 俺ってこんな身長高かった?
体の感覚もおかしい。どうにも充溢しているというか。まるで俺の身体が俺のモノじゃないような。
「なんだかなぁ」
しょうがないので、部屋を見回して、ここが誰の部屋かも思い出せないまま、このまま部屋の主を捜すのもどうかと思い。ちょっと広いアパートと言うか。マンション? 雑でゴチャゴチャしている部屋模様だが、観察するに2DKくらいありそう。家族で住むには狭いが一人暮らしには広すぎるだろうという間取り。ただそのゴチャゴチャした生活空間からは一人暮らしの怠惰性が観察出来て。これで親と住んでいたら、ここまで散乱していないだろう。
「さて、そうすると……」
独り言を呟く声の異質さはそのままで。視線の高さも奇妙で。だからまずは鏡を捜した。というか探すまでもなく洗面台に備えられていた。当たり前か。
「…………」
で、鏡を見て。沈黙。さすがにジョークにしても酷かったので、頬をつねってみる。俺が右の頬をつねると、鏡の前の俺は左頬をつねった。つまり鏡に映っているのは俺自身で。しかも俺じゃなかった。ちょっと学年で言えば早めの方に産まれたので、高校三年になって十八歳になり、レーティング的に合法になったゲームを買ってプレイしたりしたのだが。そのゲームのキャラクターが、リアルに修正されてそこにいた。
「夢だ。間違いなく夢だ」
染め上げた金髪。総合評価的にイケメン。体つきがガッシリして。細マッチョで腹筋が割れている。
「ラブハートの……九王かよ……」
ガリ勉であった俺の息抜きの趣味であったエロゲープレイの記憶が鮮明によみがえる。
『真実のラブは金でも体でもなくハートじゃないか!』
略称はラブハート。
そういうタイトルのエロゲーに出て来る九王アクヤ。英語圏で発音するとアクヤ・クオウ。つまり俗に『悪役王』と呼称されるゲーム内の竿役。主人公である人公アルシの幼馴染を寝取る悪役で、まぁゲーム内ではやりたい放題。勉強は得意じゃないがスポーツ万能で肉体は細マッチョ。九王グループという国内最大のコングロマリットのトップの愚息で、その権力と財力を使ってヒロインを性奴隷として扱うクズ野郎。
このゲームではすでに開始時点でヒロインは全員九王の慰み者になっており、主人公の人公はフラグを立てて九王のハーレムから一人を選んで真実の愛を伝え寝取り返す……という趣旨のゲームであった。寝取られと寝取りを同時に体験する変則的なエロゲーで、まぁ俺の性癖にもゴニョゴニョ。なのでゲームタイトルの『真実のラブは金でも体でもなくハートじゃないか!』は九王アクヤからヒロインを救って真実の愛に目覚めさせる主人公の心の叫びを体現したものになるという、そういうゲーム……なのだが。
「なんで主人公じゃなくて竿役になってんだよ」
クソ童貞には難易度が高すぎる。まぁ九王アクヤからヒロインを寝取り返す人公アルシの立場になれと言われてもそれもそれで無理筋だが。さて、これが夢か、あるいは何かしらの事故か。考えているとスマホが鳴った。俺が親に買ってもらって型落ちになっているスマホではなく、最新機種のソレだ。通話が表示され、そこには九王何某の名前表示。ゲームでは設定もされていない名前だが、反射的にというか無意識でそれが九王アクヤの父親のモノだと理解できた。どこか想定していない心の底で、俺は自分が九王アクヤだと納得している自分がいる。まるで俺自身が九王アクヤに転生というか憑依というか成り代わりというか。つまり九王アクヤの身体を乗っ取っているかのような。
「アクヤ。今から来れるか?」
相手はまさか自分の息子が別人の意識に乗っ取られているとか想定もしていないだろう。名乗りも無しに要件を言ってくる。その声が父親であることを無意識で察して、仕方ないので返答する。
「ああ、大丈夫だ」
「車を回しておく。十五分後に外に出ろ」
そう言って仮想父親はブツッと通話を切る。俺はどうしたものか悩んだが、とりあえず夢だろうがバーチャルリアリティだろうが、今ここにいるのは俺なので俺がどうにかするしかなく。十五分の間にタンスから衣服を取り出して、出来るだけ無難な格好をして外に出る。高級車が横付けされて、そのまま発進。気付けば九王グループのメインビルの一室に来ていた。
「よく来たな」
愛想の欠片もない父親の声に、ちょっと困惑。そもそもゲームでは九王の父親などイベントでちょっとだけ設定が出るだけで、九王の印籠と大して変わらない扱いだったのだが。
「女は出来たか?」
九王の通っている高校は凡庸な成績の高校で、人公アルシも成績はパッとしない。まぁそれは九王にも言えるのだが。スポーツ万能だが勉強が出来ない九王は常に筋力だけで他人にマウントを取る悲しい悪役だった。赤点の常連だが親の献金で何とかなっている感じ。
「まだ……ですが」
これで九王が女を作っていれば俺の発言は虚偽になるのだが、やっぱり無意識で今はフリーだと分かっている。なんだろうな。この無意識に訴える理解は。
「凡庸な高校で赤点を取る愚息には何も期待していない。お前はいずれ九王グループの役員にはなるが愛人の子だ。そこまで出世できるとは思っていまい?」
「まぁ。そうだな」
九王の父親には正室と側室がいて、九王は側室の子か。これもゲームでは知れなかったな。父親が九王グループのトップってだけで勝ち組だが、それはそれとしてもっと優秀な後継が異母兄弟にいるのだろう。俺は成績もパッとしない将来性のない側室の子供で、全く父親に期待されていないと。まぁそっちの方が気楽だが。
「だが女の扱いは慣れておけ。お前に性奴隷を与える。セックスくらいは嗜みとして長じておけ」
無茶苦茶言うな。この親父。
「お前の学校の生徒だ。花崎カホルと二條コヲリ、二條ホムラは知っているか?」
「それはまぁ」
三人ともゲームのヒロインなので知らないはずもなく。ソレで察した。今はラブハートのゲーム開始より少し前。まだ九王がヒロインを性奴隷にしていない時間軸。で、ゲーム外の設定で、父親が気を利かせて性奴隷としてヒロインたちをピックアップしたのか。




