『400年と少し前、私たちは人工霊魂を生み出したね』
『――違うな、シルフィ。これは人間ではない。
そこの勇者と同じように、肉体から生まれた人間ではないんだ』
皇帝の言葉を聞くよりも前に、本能的に俺は理解していたのかもしれない。
この液体に浸された人体は、真っ当に生まれて、真っ当に育った人間じゃない。
そして、俺も同じなんだ、俺も全く同じモノなんだ。
――俺は、この場所で生まれた。いいや、ここで造られたのだ。
「どういうことだ、アガサ……?」
『400年と少し前、私たちは人工霊魂を生み出したね。
ジョージに限りなく近い電脳上のゴーストを』
金属が擦れる音を鳴らしながら、機械皇帝はシルフィの目の前にまで近づく。
既に間合いだ。いつ戦闘が始まってもおかしくはない。
「特化型の人工知能とは何もかも違う、魂の再現か。
確かに私とお前でそれを造り出したが、同時に理解していたはずだ。
霊魂を宿す肉体は既に崩壊していたのだと。赤の他人を使う訳にはいかないと」
人工知能という言葉が何を指しているのか。
それについての簡単な知識は入れられている。
膨大な量の情報を、特定のタスクに向けて処理し、答えを弾き出す知能。
コンピュータ上において人々の意志決定を手助けするプログラムだ。
『そうだ。だから私たちは霊魂の再現を到達点として計画を凍結した。
けど、思っていたはずだ。赤の他人を使うことが許されなくても、人体を造り出してしまえば良いはずだって。君が思いついていなかったはずはない』
素顔の見えない機械皇帝が、その顔をシルフィに向ける。
彼女の問いに対し、シルフィは何も答えられていない。
……図星なんだろうな。だけど、彼女はそれをしなかった。
『私たちは、人工霊魂を造り出したんだ。
人工的に肉体を生み出すことへの忌避感は他者よりも遥かに薄い』
その結果がこれか。
人が、生命の神秘に頼らずして、これだけの命を生み出す。
霊魂と人体、そのどちらをも人工的に用意し、運用する。
そして、俺こそが、悍ましいこの計画、最初の実用例なのだ。
「だから実行したのか。あの時から400年も経った今に。
私と共に凍結した計画に、断りもなく手をつけて……!!」
水色の瞳が、アガサを射抜く。
『――私が、というわけではない。と言っても君には言い訳にしか聞こえぬか』
機械皇帝の言葉を聞いて、俺は俺の思うところを口にする。
「……帝国議会の独断ってことか?」
『ふふっ、流石に選りすぐられたゴースト。話が早いな』
ゴーストか。この女にそう呼ばれると自然に実感させられてしまう。
俺は、この場所で生まれ落ちて、司令からの思考通信で目覚めた電脳上の怪物。
人工霊魂が肉体を得ただけの、人間の紛い物なのだと。
……俺は、洗脳された皇国軍の兵士でなければ、帝国の人間でもない。
取り戻すべき記憶も、肉体を得るよりも前、電脳の世界にしか存在しない。
真実を知ってしまえば、今までのことが全て滑稽に思えるような偽物だ。
何が若くても10代後半の肉体だ。
そう育てられたわけでもなく、最初からこう造られただけの分際で。
俺は文字通り、生まれて半年も経っていない存在だったんだ。
それが、まるで、まともな人間みたいに振る舞っていた。
発動した加速思考の中、溢れ出してくる感情を受け止める。
……全てを知ってしまえば、この存在の薄っぺらさが悍ましく感じる。
この旅の中で見てきたあらゆる家族、彼らが持つ生きてきた時間分の人生。
俺には、その全てがないんだ。なにひとつとして。
この薄気味悪い場所で造られて、シルフィを殺せと命じられた時に始まった。
そんな名もない化け物が俺なんだ……ッ!!
不幸中の幸いなのは、俺の人格によって上書きされた”元の身体の持ち主”なんてものも存在しないこと。だって、そもそも、このためだけに造られた人間もどきなのだから。
「っ……うっ――!!」
渦巻く感情に耐えきれなくて、加速思考が解けていた。
溢れ出してくる吐き気に、自分がえずくのが分かる。
……ああ、敵の、敵の目の前だというのに、俺は、何を!
「ジョン――!」
シルフィが俺の名を呼ぶ。そして俺の背中を撫でてくれる。
……名前、か。名無しのジョンを意味する名。
ジョン・ドゥでもジョン・スミスでも構わない、俺が名乗ると決めた俺の名前。
『やはり、自我が不安定になるようだな。
人間のように造ったからこそ、人間よりも悩み、不安定になる』
「……アガサ、お前」
俺を庇いながら、シルフィがアガサへと強い敵意を向ける。
『その反応を見るに、君はその勇者のことを捕虜だと思っていたか。
あるいは君なら見抜いているかと考えていたのだけれどね。
我々が勇者を用意するのなら、この方法しかないと思い至るはずだと――』
強烈な虚無感、自分の足場がないような感覚に襲われる。
それでも、俺に触れるシルフィの感触と、彼女に呼んでもらった名前を頼りに地に足をつける。ダメだ、このまま俺が潰れていると、シルフィは今にも刃を抜きかねない。まだ聞かなければいけないことがある。この女には、まだ。
「俺を造ったのは、帝国議会の独断と言うのなら、お前はどこまで知っている?
お前はどうしてこの場に俺たちを呼び出した……?」




