『全てを教えてやる。その勇者が何者であるのかもな』
――帝国軍は、囮となったリタに食いつき、俺たちは感知されることなくそこに辿り着いた。機械皇帝がシルフィを呼びだした場所、皇帝宮殿に。
日の落ちた闇の中、人口の輝きが照らす街を抜けた先に待ち構えていたその場所は昼に見たそれとは雰囲気が違った。
「これが開かれていない宮殿か……」
「さて、あいつは私をどう歓迎してくれるだろうか」
隣に立つシルフィがそう呟く。
……ここまで2人で歩いてきた時間に、懐かしさを感じてしまう。
あの司令から魔女シルフを抹殺せよと命令を受けて、その相手と行動を共にするようになって、随分と遠くへ来たものだ。
あの始まりから色んな国を旅してきた。
500年前の魔王討伐から続く因縁を目の当たりにし、シルフィの過去も知った。
そして今、全てに決着をつける時が迫っている。
人間を洗脳して自らの配下とする力を持つ機械皇帝。
かの魔王と同じ力を得つつあるシルフィの戦友。
その招きに応じ、俺たちは彼女の元に辿り着こうとしているのだ。
『流石だ。軍に邪魔されながらよくここまで来たな、シルフィ――』
宮殿の門が開き、無人のバイクが俺たちの元に送り込まれてきた。
そこから響いてくるのは女の声。
……そうか、彼女はシルフィのことをシルフではなく、シルフィと呼ぶのか。
「人を呼び出しておいて随分な対応だな、アガサ」
『ふふっ、悪い。身内の敵を見つけるのに利用させて貰った』
「身内の敵か――私のいない400年の間に随分と変わったようだな、この国も」
バイクを通じ言葉を交わすシルフィとアガサ。
2人の会話を始めて俺も耳にする。
「……帝国議会か? そいつらが俺を用意した」
『ああ、君は”勇者”か。なるほど、最後に彼を選んだんだね、シルフィ』
「こいつには全てを知る権利がある。私たちの国の被害者であるジョンには」
シルフィの言葉を聞いた機械皇帝は、フッと笑った。
『ここから先には邪魔者はいない。私の元まで来い。
全てを教えてやる。その勇者が何者であるのかもな――』
機械皇帝の言葉に息を呑む。
……知っているのだ、彼女は俺の正体を。
「行こうか、ジョン」
そう呟いて、自らの変装を解くシルフィ。
彼女に手を引かれるまま、無人のバイクに跨る。
そして広大な宮殿の庭を走り抜けていく。
「――ジョン、この先に何があろうともお前自身を見失うな。
なんて私が言えるセリフじゃないんだが、それでも改めて言わせてくれ」
バイクのハンドルを握る俺の腕の中、シルフィが呟く。
いつかアウルに言われた言葉。シルフィが同じ気持ちだと言ってくれた言葉を。
……とうとうその瞬間が近づいている。記憶を持たぬ俺の過去を知る時が。
「ありがとう、シルフィ……何があっても、俺は貴女の味方だ」
バイクは自動操縦で進み続け、宮殿の入口へと到着する。
そして、俺たちが降り立った瞬間、扉が開かれた。
「自動化された城か……」
「そうだ、使用人の要らない場所さ」
どうもシルフィが居た頃から同じような建物はあったらしいな。
なにひとつ驚いていないところを見るに。
「大丈夫なのか……?」
「――私から離れるな。防御術式を走らせておく」
スッと俺の腕を引くシルフィに従う。
彼女の防御術式の力はオークの国で既に感じている。
テオバルドの弾丸を一度も通さなかったものだ。
「地下か。ドワーフのような掘削技術、いつ手に入れたのか」
足を踏み入れた皇帝宮殿。その先を、フットライトが照らす。
この光に沿って進めという訳だ。
どうにも機械皇帝は地下で待っているらしい。いったいどういう思惑なのか。
「壁が変わった……?」
「研究施設らしくなってきたな。宮殿の地下にこんなものを」
シルフィも機械皇帝アガサの真意を測りかねているようだった。
呼び出しておいて身内の敵を炙り出すのに使ったと言い、肝心の宮殿には戦力らしい戦力がない。それでいながら普通の応接室ではなく、地下の研究施設に案内してくる。いったい何を考えているのか。
「何の研究所か分かるか?」
「流石に通路だけでは何も分からんよ。ただ、嫌な予感はする。
充分に警戒しろ」
その言葉で反射的に加速思考を発動してしまう。
だが、ここで時を止めたところで、何を知れるわけでもない。
壁の材質や光を分析しても何も分かりはしない。
「……いよいよと言ったところか」
俺たちの先、多重に閉ざされた扉、いや、隔壁と呼ぶべきものが開かれていく。
その向こう側に用意されているのは金属製の大広間。
地面から生えたいくつものライトが照らす異様な場所。
人間よりも一回り大きい柱が、薄暗い空間を照らしている。
「ッ――?!」
なんて大きな蛍光灯なんだ。そう思って柱のひとつに目を凝らした。
瞬間、それがもっと悍ましいものだと理解する。
加速思考を発動し、自らの見間違いを疑う。だが、そうではない、これは――
「ッ――アガサ、貴様……ッ!!」
加速思考を解除した瞬間、シルフィが叫び声を上げる。
それが強烈な怒りによるものだとよく分かった。
そして、その声の向こう、部屋の中央にそれは立っていた。
鋼鉄に身を包み、寿命を踏み越えた怪物、機械皇帝が。
『怒るか。そうだよね、君なら怒ると思っていた』
対面しているというのに、その声はスピーカーから響く。
鋼鉄の中からは声が響かないのだろうか。単純な鎧とは違うのか。
「……お前、どこからこれだけの人間を連れてきた?!
お前は、ここまで道を踏み外したのか、アガサ!!」
シルフィが激昂するのも当然だ。
だって、この無数の柱には、それぞれ1つ1つに人間が入っているのだから。
簡易な衣服が着せられ、何かの液体に浸されている。
これが洗脳するときの仕掛けなのかそれとも……いや、何か違うような……。
『――違うな、シルフィ。これは人間ではない。
そこの勇者と同じように、肉体から生まれた人間ではないんだ』




