「帝国軍に殴り込むとか、言わないでくださいね?」
「――ねぇ、先生」
部屋に運んでもらった朝食を囲みながら、クロエ先生と向かい合う。
シルフィは徹夜で情報収集をしていたものでぐっすりと眠ってしまっていて、リタもなんだかんだシルフィの手伝いをずっとしていたから同じ状態だった。
「なんですか? ジョン」
……ずっと不思議に思っていた。
この人が俺の事を「ジョン」と呼ぶ時と「ジョンさん」と呼ぶ時の差異を。
まぁ、気分と言ってしまえばそれまでなんだろうが、なんとなく理解してきたことがある。
先生は、仕事中とか戦闘中とか、真剣な状況ほど俺を呼び捨てにする。
だから今もそうだ。
既に先生は臨戦態勢に入っている。
「帝国軍に殴り込むとか、言わないでくださいね?」
「……ダメですか? 皆さんも結局は同じことをするつもりでしょう?」
やっぱりそのつもりか。
シルフィがウォルター・ウォーレスの居場所を掴んでから、先生はずっと険しい表情をしている。
「でも俺たちは剣聖の行動パターンすら掴んじゃいません。
首都に戻ってきていると分かっただけです」
「……そう、なんですよね。何か良い手があればいいんですが」
朝食のスクランブルエッグをすくいながら、悩む先生。
意外とこの人もせっかちというか無鉄砲なところがある。
「しかし、まさか少佐が監察官なんてやっているとは」
シルフィが見つけたネットニュースの内容は、ウォルター率いる剣聖部隊が帝国内部で人身売買を行っていた企業と政府関係者を摘発したというものだった。
あのエルフの身内売りみたいな連中から他種族の子供を買い取っていた連中に強制捜査に入り、そのまま証拠を掴んだと。
「……おかしい、ですよね。ジョン」
「洗脳しているとはいえ、他国の人間を重役につけるはずがないって?」
「ええ。あまりにも不可解です」
確かにそれはそうだ。いくら剣聖が優秀だからと言っても不可解に過ぎる。
それだけナノマシンでの洗脳に絶対の自信があるのか。
「……それにそもそも、私の術式が効いていないはずがないんです」
「ナノマシンをぶっ壊して、即座に人体を再生させる術式ですもんね。
原理を聞いていると失敗する余地はなさそうですが」
……あの時、どうして少佐は俺たちを逃がしたのか。
よく考えれば随分と簡単すぎたように思う。
クロエ先生に掛けられた術式で何かしらの影響を受けていたのか。
「ナノマシンの耐久性がよほど向上したのか。
一応シルフィは、そこまで上がるとは思えないとは言ってましたが」
500年の技術革新に立ち会っていないシルフィの認識がどこまで正しいのかって話でもあるか。
「……なぁ、先生。俺の方は、辿る記憶がなかったって言ってたよな」
「ええ、そうですね」
「――となると、ナノマシンで記憶を消せるんじゃないのか? 恒久的に」
ナノマシンが稼働し続けている間、記憶を改竄するのではなく、そもそもナノマシンによって脳を書き換えることで事後的にナノマシンが停止しても解除できない洗脳ができると考えれば筋が通るように思うのだ。
「それは私も思ったんですが、シルフィが絶対に不可能だと。
耐久性が上がるよりも、あり得ない話だと言っていましたね」
「どうしてそう言い切れる?」
そう聞いた俺に対し、クロエ先生がコーヒーを飲んでから答えてくれる。
「ナノマシンが操れるのはどこまで行っても身体だけでしかありません。
いくら身体の一部である脳を改造したところで、神官の力をもってすればあるべき姿に戻せるはずだと言っていましたね」
なるほど。いくらナノマシンで傷をつけても、神官なら再生させられると。
理屈は通っているように感じるな。
細かい話をすればもっと細かくなるんだろうが。
「……なら、俺で試してみますか?
貴女がウォルターにやったのと、同じことを」
こちらの言葉に、真剣な表情を返すクロエ先生。
「それで貴方の記憶が戻れば、私の術式に狂いはない、と」
「悪くない話でしょう?」
「……いえ、貴方にはやりません」
まぁ、やるつもりなら今日までの間にやっているか。
「どうして? 俺が加速思考を失うから?」
滅多に話したことのない俺の能力だが、先生には既に話している。
これまでの問診の中で。
「それもありますが、それ以上に最初の診断の時に、貴方の記憶が見えなかった。
原因は未だに分かりませんが、不安要素が大きすぎる」
記憶が見えなかった、か。そういえば、そうだった。
「ウォルターも同じだった可能性は?」
「……分かりませんね。仮にそうだとすれば、ナノマシンが原因なのでしょうが」
結局サンプルが少なすぎて仮説を立てることも困難って訳か。
「よく分からないまま進むしかないって訳か」
「そうなりますね。私としては今すぐにでも兄を押さえに行きたいんですが」
「まぁ、待ってくれ。シルフィが何か掴むかもしれないし」
昨日は危ない橋を渡らずに、ただのネットサーフィンだけだと言っていたが、しばらく進めばもっとクリティカルな情報を掴むかもしれない。
「分かりました。今は待ちましょう。
私はこの国における情報の得方を知らない」




