「地獄の果てまで、私と付き合ってもらうぞ、リタ、クロエ、ジョン――」
「――ありがとう、姉さん」
深水月の儀は終わり、俺たちは陸に戻ってきた。
100回に1回は壊れるという船に2回も乗ってしまったが、無事に陸に帰ってこられて良かったと思う。
「いいや、ごめんね。無茶な真似をして」
シルフィが向けた素直な感謝に、ミルフィーユさんはそう返していた。
……謝ってはいるものの、たぶんこの人は何度でも同じことをするんだろうな。
そういう強引なエルフだとよく分かった。
「ふん、まぁ、それはそうだが、結果的に良い機会だったよ」
「そうなる気はしていたけど、本当にそうなって良かった」
自らの妹に微笑みかけたミルフィーユさんが、俺の方を向く。
「そういえば殴っていく? 私のこと――」
「……いや、やめておくよ。アンタ、意外と強そうだしな」
「ふふっ、私1人怖がってちゃ機械帝国には勝てないよ~?」
そう言って俺の肩をバシバシ叩いてくるミルフィーユ。
まったく、本当に親戚のお姉さんって感じだな。
「でも、ありがとうね。シルちゃんの味方でいてくれて」
気さくに微笑んでいた彼女の真剣な言葉。
それに少し照れくさくなる。けれど、分かり切ったことだ。
たとえシルフィの過去に何があろうとも答えは変わらなかった。
「……別にアンタに礼を言われることじゃない。
ただ、全てを知ったところで、俺はシルフィを憎む気にもならなかった。
それどころか解放してやりたいくらいさ」
“500年前に、アンタらの神様が背負わせた役割からな”
「……ジョンくん。良い男を見つけたね、シルフィ」
「茶化すな――ただ、そうだな。これで終わりにしよう。
私の役割も、お前の狂わされた人生も、全てを終わらせる」
そうだ。機械皇帝を倒し、彼女の過去を清算する。
そして狂わされた俺の人生も。
……もし、この身体に本当の持ち主が居たとしたら。
そう思うと不安は残るが、こればかりは進んでみなければ分からない。
「やれやれ。止めても聞かないか。少しだけ期待していたんだけどね。
誰かが降りたらシルフィを止められるんじゃないかって」
そう言ってミルフィーユは、俺たちを見つめた。
リタ、クロエ先生、そしてこの俺。
誰1人として離脱することはなかった。この先の戦いを前にしても。
「ジョンくん。ちょっと、その吸血剣、貸してくれる?」
口調こそ尋ねるような素振りだったが、こちらの回答を待たずしてミルフィーユは肩に背負っていたサングイスを奪い取った。別に何をするという訳でもないだろうが、不安だ。この剣は今の俺にとって最大の戦力なのだから。
「何をするつもりだ、アンタ」
「ちょっとね。こんなもの背負って帝国に入れないでしょ?
それといい加減に私のこともミルフィって呼んでよ、ダメかな?」
っ……最後の最後に気まずい頼みをしてきたな。
ミルフィ、か。つくづく姉妹だ。
「なんだ、これは……」
「魔法を使ったの。ジョージくんにも使ってあげていたんだよ?
収縮化の魔法、ここの術式に手をかざすと操作できるから」
まるでネックレスみたいなサイズに小さく、そして軽くなったサングイスを手渡され、ミルフィの言われるままに術式に手をかざす。
するとものの数秒で、サングイスは元の大きさに戻った。
「小さくするのもその術式で出来る。
戦闘時に発動しないようにロックもかけられるから。
まぁ、術者の意識に反した動きをすることは殆どないけどね」
教えてもらった方法で、サングイスの縮小と巨大化を繰り返す。
……なるほど、これは便利だ。
帝国に潜入するのに、これ以上便利な術式もないだろう。
「このラナッピーネックレスに入れておくと良いよ。絶対バレないしね」
ラナッピーがあしらわれた布袋のネックレスを渡してくれるミルフィ。
「……いいのか、ここまでしてもらって」
「これくらいは大丈夫だよ。
本当なら私も同行したいくらいだけど、あまり役に立てなさそうだしね」
殺し合いの経験は薄そうだものな。身を守る程度の力はあるんだろうが。
「いや、そうだな。できればこの戦いが終わった後、シルフィを匿って欲しい」
「……ははっ、老人たちが怒りそうだねえ」
「そこをなんとかしてくれるんだろ? ミルフィ」
俺の言葉に笑みを浮かべるミルフィ。
「――良いよ。私がなんとかする。
だから、絶対に帰ってきてね。君もだよ? ジョン」
これで皇帝殺しの罪を背負った後の足場がひとつ手に入ったか。
「ああ、誰1人欠けるなって言われているからな」
ルドルフに皆を頼まれた。戦友のこと、孫娘のこと、先生のこと。
ウィルフレドに願ってもらった。この戦いでは禍根を残さないことを。
そして今、ミルフィに帰ってこいと。
「……期待して良いのか? 姉さん」
「うん。ここ以上に安全な場所もないでしょ?
皇帝1人を殺したところで帝国が消えるわけじゃないしね」
姉妹が視線を交わす。
「ああ、魔王討伐とは何もかも違うからな。
あと数十年も放置していれば同じことになっているかもしれないが」
「……そうなった後に、取り戻せる保証はないってことだよね」
ミルフィの言葉に頷くシルフィーナ。
「機械って技術は画期的だ。あれは神さえ殺す。
寿命の違うエルフとドワーフはともかく、オークと人間は均一化される。
魔王のような市民への圧政もしない。緩やかな洗脳が主になる」
貧しい土地柄ゆえの飢えから来る他国への嫉妬に裏打ちされた行動ではない。
だからこそ、機械帝国の侵略は狡猾で取り返しがつかないと。
「……ごめんね、私たちの力を貸せなくて」
「いや、良いんだ。元々は私がまいた種でもある――」
“――それに、私にはこんなにも心強い仲間たちがいる”
リタ、クロエ先生、そして俺の顔を見つめるシルフィ。
500年前の5人とは違うが、それでも力強い仲間になれていると思いたい。
「……戻ってきたな、皆」
4人で横並びに進む俺たちを、チャリオの馬車が迎え入れてくれる。
本当に待っていてくれたわけだ。
深水月の儀が終わる今日まで、仕事を休んでまで。
「チャリオ、次が本当に最後の旅路になる――」
思えば彼との出会いも偶然だった。それが今の今まで。
本当に長い旅路を共にしてきた。
「……良いのかい? ここに戻ってくるんじゃないのか」
「っ、だが、お前の元に帰れるかどうか」
「そうだな……結構長いこと一緒に居たもんな、足がついてるかもしれねえ」
逃げるということを考えれば、決して安全な選択肢ではない。
「でもよ、アンタらが雇ってくれるなら、俺は構わないぜ」
「……チャリオ。頼めるか? 逃走経路のひとつになって欲しい」
「もちろん。細かい話はゆっくり詰めよう」
そう言って馬車の扉を開くチャリオ。
……いよいよ、これが本当に最後の出発になる。
機械帝国の内部、皇帝のいる首都へと向かう最後の旅路に。
「もう、2度と言わない。この旅から降りろなんて。
地獄の果てまで、私と付き合ってもらうぞ、リタ、クロエ、ジョン――」
ふふっ、ようやくそう言ってくれたか。シルフィ。
そうだよ、それで良いんだ。アンタにそう言ってもらえると甲斐がある。
「――私は兄を優先させてもらいますが、それでも貴女の力にもなりたい。
それに、お2人は待っていたのでしょう? この言葉を」
よく見ているな、クロエ先生は。
いや、それも当然か。リタの奴は本当に静かな笑みを浮かべている。
そして俺もそうだ。ようやくこの時が来たと感じているんだ。
「もちろん。頷くまでもないさ、だろう? ジョン」
「……おいおい、頷く以外にどう答えろって言うんだよ、リタ」
リタと視線を交わし、笑い合う。本当に彼女とは似ていると思う。
シルフィへの思い入れが、どうしようもなく。
「そうだな、くくっ、懐かしい気分だ。
忌々しい戦いだったが、それでも感じた高揚感を思い出す」
そう呟くシルフィの瞳には、きっと500年前の仲間たちが映っている。
忌々しい記憶の中にある高揚と喜びを、引き出しているのだろう。
「……全てに決着をつける。
アガサを止めて、ジョンの記憶を取り戻し、クロエの兄さんを救う」
シルフィの言葉に全員が頷く。
そして、俺たちは旅立った。最後の旅路へと。機械帝国へと。
見送ってくれたミルフィの顔を、一生忘れられないような、そんな気がした。




