「500年前から続いてきたことを、俺が終わりにしてみせるよ、シルフィ」
「――すまなかったな、ジョン。私は、どうかしていた。
お前に憎まれるのが怖いと、お前に殺されても当然だと思ううち、お前がそう思っていると思い込んでいた」
夜が深まってきたころ、シルフィの部屋、彼女のベッドの中にいた。
あの長いキスをしてからというもの、離れたくなくて、例の儀式に向けた準備に戻る明日の朝まで一緒に居たくて。
「……いや、良いんだ。
ただシルフィ、アンタ、死に場所を探しているんじゃないのか?」
俺の腕に頭を置く彼女に問いかける。
ようやく、これくらいの話ができるくらいに落ち着いたように見える。
傷を抉るようだが、あんな感覚を抱えた彼女を、この先に進ませたくない。
「かもな――私は、エルフの神に選ばれて生まれてきた。
そういう神託を受けていたし、5回ほど前の深水月の儀によって明確にそのための力を与えられた。魔女シルフが生まれたんだ、あのときに」
天井を見上げていた彼女が、寝返りを打ち、こちらを見つめてくる。
……少し動くだけで、彼女の柔らかな長髪が触れてくすぐったい。
そして、何よりもシルフィの体温を感じていられることが嬉しかった。
「100年に1回って言ってたな」
「ああ、まぁ、月と水の関係で多少の誤差はあるがな。
ちょうど魔王との最後の戦いをする少し前だ」
神託を受けて生まれ、さらに儀式によって力を与えられたと。
つくづく難儀な人生を歩んでいる。
「……あの日、私は絶大な力を与えられた。
それこそ今になって、旧魔王城へ取り戻しに行くくらいの力を」
この旅において、オークの国を経由した理由か。
もう、あの国での戦いも遠い過去のことのように思える。
「力の半分を置いてきたって話だったよな」
「……そうだ。
でもな、ジョン。本当はあの場所に全部置いてくるはずだったんだ」
全部……?
それが死に場所を探しているという話と繋がっているのなら。
「全部って、まさか命を捨てるはずだった、とか……?」
「――うむ。エルフの神が、エルフの国が私に求めた役割はそれだ」
なるほどな。シルフィが自分の祖国を毛嫌いしている理由がよく分かった。
「ありていに言えば自爆術式だ。
魔王を確実に殺す手段として、それを与えられた。
仲間たちはそんなもの使う必要はないと言ってくれたが――」
ルドルフさんなら必ずそう言うだろうな。
末裔しか見ていないが、あの日和見な国王様と聡明で慈悲深い王女様を見ていれば、カルロスという男もそうだったと予想はつく。
「……まさか、ジョージは」
「ああ。私の身代わりに死んだんだ。
万策尽き、私が自爆術式を発動した時、あいつはサングイスに全てを捧げた」
既に解放されていたシルフィの力の半分と、ジョージの命を持って魔王を斬り裂き、魔王自身の血をも飲み込んで吸血剣・サングイスはその真価を発揮した。
そして血という命を失くしたジョージの遺体だけを何とか持ち帰ったと。
「……あの時からずっと私は、死に場所を探していたのかもしれない。
死ぬはずだった私じゃなくて、ジョージが死んだあの時から。
私は、アガサから最愛の男を奪ったんだ」
――それがアガサと共に機械帝国の礎を築いた理由か。
アガサは最愛の男を取り戻そうとして、シルフィは命の恩人を救おうと。
「……そして今、私はアガサの命を奪おうとしている。それが義務だと」
機械皇帝は誰かが倒さなければいけない。
そんな理屈を並べることは容易い。リタの言葉を借りれば済む話だ。
だが、分かり切ったことだ。分かり切ったうえでシルフィは言っているのだ。
「……お前が私を憎んでいると思い込んでいたとき、思ってしまったんだ。
ここで殺されてしまえば、ここで終わってしまえば、楽になれるとな」
そう呟く彼女を抱き寄せる。腕の中に、彼女の重さを感じる。
「……アンタに死なれたら困る。俺はまだ、シルフィ、貴女と一緒に居たいんだ。
たとえ、この旅が終わったとしても、その先もずっと。
俺の記憶なんてもう、何の関係もない――」
アウルに言われた言葉が、自信をくれる。
過去なんて関係ない。今を選び取ることができるのが、命ある者だと。
そして、シルフィも言ってくれていた。自分も同じ気持ちだと。
「……最初のころ、何度かお前に言ったな。
もしも自分が帝国人だったらどうするんだ?と」
彼女がそう言ったのも分かる気がする。
シルフィは、俺に対して、アガサや自分がされたようなことをしたくなかったんだ。無理やりにせよ誘導にせよ、役割を背負わせて縛り付けるような真似を。
「……でも、もうダメだ。本気で思ってしまうよ。
ジョン、お前の記憶が戻らなきゃ良い。ずっと今のままのお前でいて欲しい」
“まったくもって私のわがままでしかないが”なんて笑うシルフィが愛おしい。
「……アンタに、わがままを言ってもらえるのは嬉しい。
ずっとアンタは俺に中立的だったからな。大人の対応をしてくれていた」
「ふふっ、それが崩れたから嬉しいと。好き者だな、ジョン」
まったくその通りだと思う。……来るところまできたものだ。
彼女を殺せと命令されていたあの時から、随分と遠いところまで。
「……ああ、俺は、貴女が好きだ。
だからアンタが背負わされた役割を終わらせる。
500年前から続いてきたことを、俺が終わりにしてみせるよ、シルフィ」




