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「――少し遠回りをさせちまったが、アンタらとの旅が長くなって嬉しいよ」

 ――エルフの国の首都、フォン・ド・リュー。

 古い言葉で“水の底”を意味するそれは、名の通り巨大な湖の底にある。


「悪かったな、ジョンさんよ。嬢ちゃんの家族だって言うから話に乗ったんだが、まさかここまで仲が悪いとは思っていなかった」


 フォン・ド・リューの入り口、巨大な湖を前にしてチャリオが呟く。

 シルフィとそのお姉さんに挟まれた居心地の悪い旅も終わり、今はこうして湖底までの船を待っているのだ。


「どっちにしろ先に教えておいて欲しかったな、チャリオ。

 おかげでシルフィの機嫌は最悪だ」

「……んー、あのミルフィーユって姉さんを見てるとよ、なんか会わせてやりたいなって思っちまって。黙ってたのは悪かった」


 ――そう答えるチャリオの顔に、彼の過去を垣間見る。

 何か家族に思うところがあるのだろう。

 普通に人間として生まれ、その記憶がある者としての家族観が。


「確かに先に話を入れていたら、シルフィは徹底的に逃げていたかもな」


 横目でミルフィーユさんとその生徒たちに囲まれているシルフィを見つめる。

 500年前の英雄、そして自分たちの先生の妹であるシルフィは大人気だ。

 ……こうして微笑ましい光景を見られているだけ、悪いことばかりでもないか。


「なぁ、チャリオ。アンタは行かないのか? あの湖の底に」

「俺には馬の世話がある。流石に商売道具を置いてはいけねえさ。

 ただ今回の件の詫びもあるからな。ここで待ってるよ」


 随分とありがたい申し出だな。


「良いのか? そこまでしてもらって」

「ああ、アンタらを機械帝国の入り口まで届ける。それが約束だからな」


 つくづく粋な男だ。


「――少し遠回りをさせちまったが、アンタらとの旅が長くなって嬉しいよ」

「ふん、これだけ美女揃いの集まりで、俺に向かって言うのか? そのセリフ」

「そうだ、アンタに向かって言うんだ。悪いか? ジョン」


 チャリオの言葉に静かに笑い返す。

 全くありがたい話だ。いったい俺なんかの何を気に入ったのか知らないが。


「来たみたいだぜ? 湖底への船が」


 その言葉に頷き、俺はシルフィたちの元へ戻った。

 ――実際、間近で見ると凄い造りをしているな、この湖底船。

 上半分が半透明の素材だ。これで水圧に耐えられるなんて。


「割れないのか……? これ」

「100回に1回くらいで割れるかなぁ」


 俺の独り言に答えてくれるミルフィーユさん。

 ふぅん、100回に1回か。なら大丈夫……じゃないよな。


「地味に確率高くないですか? それ」

「まぁ、これ、エルフにとっては濡れないようにするためだけの道具だからね。

 別に素潜りでも湖底まで行けるし」


 なるほど……だから別に強度は問題ではないと。

 透明なのも、視界を奪われることでのデメリットが大きいからなんだろうか。


「だからね、私の手を放しちゃダメだよ? ジョンくんは溺れちゃうからね?」


 スッと俺の手を握るミルフィーユさん。

 こういう振る舞いを受けると、なるほど先生らしいなと思う。

 俺の中にある学校の先生という情報と合致する。


「っ――ジョン、」

「シルフィ……いや、その」

「ふふっ、シルちゃんはクロエ先生とリタちゃんの手を握っててあげなよ」

「……ジョン。その女の手、死んでも放すなよ。本当に割れるぞ、これ」


 苦虫を噛み潰したような顔をしながらクロエ先生とリタの手を握るシルフィ。

 ……しかし、まさかシルフィが死んでも手を放すなと言ってくるなんて。


「ははっ、大げさだなぁシルちゃんは」

「――前に乗った時、びしょ濡れにされたからな」


 いったいどれくらい前の話なんだろう。

 雰囲気的に数百年前のような気がするが。

 ……下手したら魔王を倒した直後から顔を見せてないってのもあり得るな。


「準備ができました! 先生!」

「おお~、ありがとね。じゃあ、出発しようかぁ」


 湖底船を準備していた自分の生徒に微笑みながら、静かに人数を確認している。

 それも、ものの数秒で。

 手を握られているくらいの至近距離だから分かるが、かなりの上手だ。


 流石はシルフィの姉というべきだろうか。

 そんなことを思いながら湖底船に足を踏み入れた。

 ……不思議な浮遊感がある。いったいこれは何で出来ているんだろう。


「いやぁ、まさか生きているうちにフォン・ド・リューに行けるとは」

「クロエ先生に喜んでもらえると嬉しいな。

 最近は他国の使節も来てくれないから、十数年ぶりくらいのお客さんだよ」


 ワクワクした瞳で、湖底船の外を見つめるクロエ先生。

 そして、静かに湖の底へと潜っていく。

 ……確かにこの光景を生で見られるのは凄いな。どんどん暗くなっていく。


「しかし、どうして十数年も使節が来ないんです?

 エルフとの交流をしたくないって種族はいないでしょう」


 思った疑問を口にしていた。

 これだけの神秘を抱え、無限の時を生きる種族だ。

 交流を断つのは得策ではないだろう。


「――14年戦争への不介入を宣言したからだよ。ジョン。

 あれが終わるまでどの国にも一切の協力はしないとな、究極の日和見だ」

「別に国交断絶までするつもりはなかったんだけど、まぁ、難しいよね」


 なるほど、14年戦争か。

 機械帝国の拡大政策に対し、不介入を宣言したと。


 ……盤石の防衛体制によって1年足らずで帝国を負かしたドワーフの国。

 僅かな戦いだけで、そもそも狙うほどの魅力がないと判断されたオークの国。

 そして不介入を宣言したエルフの国。


 機械帝国と本当に14年も戦争したのは、人間の国だけという訳か。

 知識としては既に知っていたが、改めて実感すると重いな。


「だから一応、私たちは機械帝国側でも人間の国の味方でもないんだよね。

 シルちゃんは違うつもりみたいだけどさ、やっぱり昔のことを気にしてるの?」

「……無駄口を叩くな。姉さん」


 俺が聞く限り、初めて姉さんと呼んだな。ミルフィーユさんのことを。

 つまりそうしてまで、この話を止めたかったわけだ。


 ……前にもあったよな、こんなこと。

 シルフィが話を打ち切ったことが。

 あれは確か、暗殺者だった俺をシルフィが味方につけたことについて、シルフィの技術だと言った時か。


 ……いったい、何があるんだ? シルフィは何を口止めしようとしている?

 確かルドルフさんも言っていたよな、シルフィが話していないのなら下手なことは言えないと。

 

 ――あのとき、それを知らないでいることを選んだが、いったい何が。


「ごめんごめん。じゃあ、初めての皆さんのために観光案内でもしようか。

 ここから見えるお魚さんとか凄いんだよ~?」


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