「えー、冷たいなぁシルちゃんは。ジョンくんもそう思うよね?」
ミルフィーユ・ブルームマリンの脅しが本当なのか確認するために、スッと馬車の外を見つめる。すると少し離れた場所から、気さくそうなエルフの青年が右手を振っていた。
……背中には大きな弓を背負っているということは、やろうと思えばやれるって訳だ。あれ1人ではすまないんだろうな。ミルフィーユさん自身もインテグレイトへの対策があるようだし、戦闘になれば恐らく無傷では済まない。
「よくあの引きこもりどもを引っ張り出してきたな?」
「まぁ、若い子は結構外を見たがってるしね。観光がてらさ」
「――クロエ先生」
諦めたように溜め息を吐いたシルフィはクロエ先生に視線を向ける。
機械帝国への旅路が遅れることで一番影響を受けるのは、確かに彼女だ。
シルフィを助けることが目的となっている俺とリタはともかく、クロエ先生には明確に別の目的がある。
「私は別に構いませんよ。エルフの国に行けるなんて滅多にない機会ですし」
「――へぇ、話が分かるね。ありがとうクロエ……先生?
シルちゃんに先生って呼ばれるなんてすごいね」
確かにクロエ先生くらいのものか。シルフィが他人を先生と呼ぶなんて。
「一応これでも医者でしたから。その関係で」
「へぇ、お医者さんなんだ。じゃあ、これからしばらくよろしくね♪」
不承不承ながらシルフィに自らの要求を飲ませたお姉さん。
……そこから、俺たちの馬車はエルフの国へと進路を変えた。
なんでも、最初からチャリオの奴を懐柔していたらしい。
俺たちがオークの国に居るころには、既に。
「――馬車2台分か。本当に随分と引っ張ってきたな」
俺の右隣に座るシルフィが呟く。
こちらを囲んでいたエルフたちは馬車2台分いて、それが今、同行している。
だいたい10人くらいなんだろうか。
「うん、私の生徒たちをね。
ふっふっふ、シルちゃん、私ね、先生やってるんだよ。
私のことも先生って呼んでよ~」
俺の左隣に座るお姉さんが、俺越しにシルフィに語り掛ける。
……エルフの姉妹に挟まれる俺を、クロエ先生とリタが静かに見つめていた。
いったい、なぜこんな席取りになってしまったのか。
「――断る。アンタのことを先生だなんて呼ぶ気にもならない」
「えー、冷たいなぁシルちゃんは。ジョンくんもそう思うよね?」
「頷くんじゃないぞ、ジョン。良いな?」
ミルフィーユさんが俺の左腕を引っ張ったと見ると、シルフィもこちらの袖を掴んでくる。全くいつものシルフィらしからぬアプローチにドキドキするが、それはそれとして凄く居心地が悪い。
「……あの、お姉さん」
「どうしたの? ジョンくん」
「席、変わりませんか。妹さんの隣の方が良いかなって」
こちらの言葉に満面の笑みを浮かべるミルフィーユさん。
絵に描いたようなエルフなのに、表情がころころ変わるのが愛らしい。
「ダメだ、絶対ダメだぞ、ジョン!」
こちらの右腕をぎゅっと抱いてくるシルフィ。
腕全体が、彼女の小さな身体に締め付けられる。
……こ、こんなに彼女に触れられるのも初めてな気がする。
「お気遣いありがとね。ジョンくん。でもシルちゃんが嫌がってるみたいだし?
ジョンくんの近くが良いんだよね? シルフィは」
「茶化すな、アンタの隣が嫌なんだよ」
俺越しに視線をぶつけるエルフの姉妹。
……全く、本当に勘弁してほしい。
こんなにシルフィと密着しているというのに、変にストレスがかかる。
「――でも、好きなんでしょ? ジョンくんのこと」
「っ……まぁな。それにこいつは帝国の被害者だ」
「記憶喪失なんだよね?」
お姉さんの言葉に頷く。
「しかし、自分に送り込まれた暗殺者を抱き込むなんて流石だね?」
「別に特別なことはしてない。こいつの人が好かっただけだ」
「ふぅん? てっきりシルちゃんの技術で「――余計なことを言うな」
ミルフィーユさんの言葉を遮るシルフィ。
なんだ? 別に変ったことを言うようには見えなかったが。
いったいなぜ、ここでシルフィは止めたんだ……?
「えへへ、ごめんごめん。
帝国からの暗殺者くんに、人間の医学神官様。
そして魔導甲冑のお母さんか。結構なメンバーを集めたね?」
最初に軽く行った自己紹介を再び口にするミルフィーユさん。
「別に。成り行きでね、まぁ、先生は私が誘ったけど」
「予想以上に兄が仕掛けてきませんでしたね」
「帝国に洗脳されてるんだっけ?」
お姉さんの確認に頷くクロエ先生。
「人間の国の剣聖だったはずの兄が、なぜか帝国の剣聖になってましてね。
おそらくジョンさんを追ってくると思っていたのですが、当てが外れました」
「んー、エルフの国まで来ることもないだろうしね」
別に聞き流しても良かったが、不思議に思った。
帝国は一度、本国に子供たちを返しに来ているはずだ。
ならば、ドワーフの国のような険しい立地ではないのではないかと。
「どうしてそう言い切れるんです? お姉さん」
「そりゃ、私たちの首都が湖の底にあるから、かな。
まぁ、入る前に襲ってくる可能性は無きにしも非ずだけど」
――湖の底? 首都が?
「お、新鮮な反応。知らなかったのかな、ジョンくん?」
こちらの顔を見つめ、柔らかな笑みを浮かべるミルフィーユさん。
黄金色の髪が、陽の光に照らされて本当に美しい。
「ええ、いや、言われてみると聞いたことはあったような……」
「ふふっ、しっかり教えてあげればいいのに、シルフィ。自分の故郷でしょ?」
「――敢えて教える機会もなかった。それだけのことだ」
確かにシルフィとは、エルフの国の首都について話す機会もなかったか。
まぁ、エルフは水の中でも呼吸できるんだものな。
あれを体感していると、水の中に居を構えるのも理解できる気がする。
「結構凄いんだよ? たぶん他の国じゃ見られない景色でね~」
「ハッ、アンタはドラッヘンベルクに行ったことがあるのか?
湖底都市なんかより凄まじい景色だぞ」
はえ~、シルフィの奴、本当に自分の国が嫌いなんだな。
まさかドワーフの国でマウントを取ろうとするなんて。
「シルフィ。別にそんなの比べるものじゃないだろう。
確かにドラッヘンベルクは私たちの財産だけど、だからエルフの国より凄いなんて言うもんじゃない。それにあの都市はエルフの首都のような優位性を得るために用意されたものだ」
珍しくリタがシルフィを説き伏せに入っている。
そして同時に思い出した。エルフの国が湖の底にあるとどこで聞いたのか。
リタが山の中に都市を造った理由として挙げていたのだ。
「……リタ。
む、すまん。確かにお前らの故郷を引き合いに出すべきじゃなかったな」
「いやいや、私も行ってみたいなぁ、ドラッヘンベルク。案内してよ」
ミルフィーユさんの言葉に頷くリタ。
「シルフィの手伝いさえ終わっていれば、私は構わないよ」
「……帝国に行くって話かぁ。無期延期にしない? 100年くらいさ」
「するわけないだろう。あの手のこの手で引き延ばそうとするな」
本当に事あるごとに止めに入ってくるな、ミルフィーユさんは。
気持ちは分からなくないが、ここまで本気ということは、何か俺の知らない事情があるんだろうか。
ルドルフやアウルよりも熱心なのは、何かを知っているからか、それとも家族だからか。
「はいはい。じゃあ、私が引き延ばせるのは深水月の儀までかぁ」
「それでも大サービスなんだ、ありがたく思ってもらおうか」




