「ダメだよ、シルフィ。青年も困っているじゃないか」
――ミルフィーユ・ブルームマリン。
俺たちのシルフィーナ・ブルームマリンの姉を名乗るエルフ。
何を馬鹿なと切り捨てることは容易かったが、自然と疑う気になれなかった。
顔を見て、雰囲気を感じて、シルフィの姉として納得しつつある。
「姉がいるなんて聞いたことないね? ミルフィーユさん」
「ふふっ、だろうね。じゃあ、シルフィは親の話、したことある?」
訝しむ目をむけるリタに対し、さらりと返すミルフィーユ。
……なるほど、確かに兄弟姉妹以前に親の話さえ聞いたことがない。
俺は、付き合いが短いというのもあるが、そういう話はしないイメージはある。
「ドワーフさんってことは、あれかな。ルドルフくんのご家族?」
「へぇ、こっちのことは知っているのかい」
「500年前に少しね。当てずっぽうだったけど、当たるもんだね」
……真偽を確認するには、シルフィを呼び戻すのが一番なんだろうな。
チャリオのところから。
「シルフィ! お姉さんを名乗るエルフが来ているぞ」
「っ――そのまま撃っていいぞ、ジョン」
ひょいっと馬車の中に戻ってきたシルフィは、深い溜め息を吐いてそのまま俺に向かってそう言った。
「本気か……?」
「ダメだよ、シルフィ。青年も困っているじゃないか」
「――困っているのは私だよ。見たくない顔を見せられて心の底から困っている」
狭い馬車の中で睨み合うシルフィとエルフの女性。
……まぁ、この感じ、本当にお姉さんなんだろうな。
しかも相当に仲が悪いように見える。
「ジョン、繰り返す。撃っていいぞ、なんなら非殺傷設定を解除しろ」
「おいおい、俺が冗談の通じない人間だったらどうするつもりだ?
お姉さんは神官じゃないんだろ? マジで殺せるぞ」
インテグレイトをホルスターに戻す。
シルフィの軽口には付き合っていられない。
だが、まさか彼女にもこういう一面があるとは。
「ふふっ、まぁ、神官じゃないからって簡単に殺せるかはともかく、久しぶりに会ったお姉ちゃんに随分と冷たい態度だね? シルフィーナ」
ニヤニヤと顔を近づけるお姉さんに対し、露骨に舌打ちをするシルフィ。
「エルフが国から出てくるんじゃないよ。引きこもり種族が」
「えー、そんなこと言ったらシルフィは全然帰ってこないじゃん。
お姉ちゃん寂しいから100年くらい国に引きこもってよ~」
自らを抱きしめようとするお姉さんの腕を払いのける。
……リタの奴も驚いた表情をしているということは、本当に珍しいんだな。
シルフィがこんな振る舞いをするのは。
「――断る。なにやらチャリオに吹き込んだようだが、無駄な企みだ。
私はエルフの国には帰らない。アンタだけで帰れ」
徹底的に冷淡な反応だ。
自分を殺しに来た俺を歓待してくれた時の懐の広さが嘘のよう。
……まぁ、色々と軋轢があるのだろうな。
彼女がエルフの国を良く言っているのを聞いたことがないのだから。
「ふふっ、気付かなかったらそのままエルフの国に来てもらうつもりだったんだけど、流石にバレるよね。故郷への道だもんね?」
「――っ、私が故郷に愛着を持っているみたいに言うな」
しかし、本当にじゃれ合っているな。
これが500年の時を生きるシルフィと、血縁で同世代ってことか。
アウルとシルフィの距離感とはまた違う。
「えー、持ってよ~、愛着! 最悪、故郷に愛着無くても、私にはさ~」
「ない。一切ない、今後もない。私が言える言葉は、さっさと帰れだけだ」
釣れない態度のシルフィを前に、お姉さんは少し溜め息を吐いた。
「……狙われてるんでしょ? 機械帝国に」
「なぜ知って――あの件か。剣聖が救った子供たちが返還された時だな?」
「そうそう。子供たちを連れてきた人に色々聞いたんだよね」
――何の話かと思ったら、本当に最初の最初か。
ウォーレス少佐は、シルフィを捕らえていた組織が人身売買をしていると知ってエルフの子供たちを助けるために人手を使ったと言っていたが、本当に本国に送り届けていたとは。全く人の良い男だ。
「シルフィさ、皇帝暗殺を企てたテロリストだって追われてるんでしょ?
国に帰ってきなよ。
機械帝国の手も私たちには及ばないし、どうせ100年くらいで代替わりだよ」
……ほう、そういうことか。
機械帝国から手を引けと。そしてエルフの国が守ってやると。
確かに魅力的な話だと思う。普通に考えればそうだ。
「100年も放置していたら、エルフの国以外はすべて機械帝国だろうな」
「そうはならないって。他の国々だってバカじゃないんだし」
「――そう言って静観していて、魔王の拡大を見逃したのがエルフの国だ」
静かに睨み合うシルフィとお姉さん。
「分かった。いや、今すぐ100年引きこもれってのも無理な話だよね」
「そうか、分かってくれたか。じゃあ、今すぐ帰るんだ」
「いや、そうはいかないんだよね。深水月の儀が近いってのは覚えてる?」
――深水月の儀。
聞いたことのない単語だ。
会話の流れで、エルフの国で重要な儀式なのだろうとは分かるが。
「……そんな時期か。言われるまで忘れていたよ」
「まぁ、2回しかまともに参加してないもんね、シルフィは」
「それがどうした? 100年に一度の祭りだから戻って来いなんて言うなよ?」
シルフィの言葉を聞いて、頭をかくお姉さん。
見た目はシルフィより年上のはずなのに、振る舞いが子供っぽいな。
「いやぁ、私さ、儀式の巫女に選ばれちゃってさ。神官の助けが欲しいんだよね」
「……知らん。私以外にもいるだろう?」
「でも、やっぱり血のつながった妹相手の方が良いじゃない?」
「その妹がダメだって言ってるんだ。他を当たってくれ」
“そっか~”と残念そうに溜め息を吐くお姉さん。
しかし、なんだろう。諦めなさそうなんだよな、このエルフ。
「――ちなみに仲間を連れてきててね。この馬車を既に囲んでいるんだ」
「神官3人と帝国の戦士相手に、実力行使とは正気かい?」
「いや、もちろん勝てるとは思ってないよ。流石だよね、強者だってすぐ分かる」
静かに、俺とリタ、そしてクロエ先生を見つめるミルフィーユ。
たしかに彼女は俺たちを高く評価しているらしい。
「流石はシルちゃんの選んだ仲間だって思うよ。
でもさぁ、エルフの弓兵相手に無傷で済むと思うかい?」
「……何が言いたい?」
頑なな態度は崩れていない。
それでも、ミルフィーユの脅しを前に、シルフィは初めて相手に言葉を促した。
交渉を始めるには武力が必要という理論があるが、まさにその実例だ。
……いや、こんな身内同士で実演しないでくれって感じだが。
「私のお願いを聞いて少し寄り道してから旅を続けるのと、私たちを無理に退けて怪我をしながら旅を進めるの、どっちが良いか。考えて欲しいんだ、シルちゃん」




