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「で、私の顔を見て分からないかな? 私が誰なのか」

 オークの国を出発し、人間の国を経由して機械帝国へ向かう。

 その旅路は、それなりに長く、俺たちはいくつもの駅を経由した。

 チャリオのような気心の知れた御者でなければもっと大変だったかもしれない。


 そして、今日に至るまで、シルフィは何度も問いかけてきた。

 休憩を取った街々で“降りるなら今のうちだぞ”と。


 俺には、俺が帝国人だった場合に取り返しのつかないことになると言い、クロエ先生にはウォーレス少佐が追って来ていないのはおかしい。帝国内に入れば自分たちがテロリストになってしまう。だから他の方法があるんじゃないかと。


 何も言わなかったのはリタだけだ。彼女のことは認めているのだろう。

 実力としても、年齢からの判断力も。

 しかし、俺の心は揺るがない。もはや俺の過去なんて関係ないんだ。


「……ダメだ」


 揺れる馬車の中、中継する駅も片手で数えられるくらいになっていた頃。

 シルフィがポツリとそんなことを呟いた。

 ――また、ついてきちゃダメだと言い出すのかと、自分の心がささくれ立つ。


「ダメじゃない――」


 スッと隣に座るシルフィの右手を掴み、引き寄せる。


「ひゃ――っ?!」


 いきなり過ぎたのか、今までに見たことのないような驚きを見せるシルフィ。

 ……これはこれで凄くかわいい。

 いつも老獪な彼女らしからぬ振る舞いにドキリとする。


「……俺は、貴女が何と言おうと最後までついて行く。

 たとえ俺が何者であろうとも、俺は貴女の味方だ」


 握ったこちらの右手を握り返して、静かに頷くシルフィ。

 その頬が少しだけ赤く染まっているように見えるのは、俺の見間違いだろうか。

 ……というか、こっちが恥ずかしくなってきた。

 多分、俺の顔の方が、ずっと赤くなっていると思う。


「ありがとう、ジョン。ただ、私が言ったのはそういう意味じゃなくてな。

 チャリオの奴、道を間違えてるんだ」


 とんだ勇み足――そう理解した俺の手のひらから力が抜ける。

 そしてシルフィは軽く微笑み、馬車の前の方へと身を乗り出していった。


「……へぇ、あの人のあんな顔、初めて見たな」

「そうなのか? リタ」

「うん。まぁ、お前が好かれる理由も分かるよ。ジョン」


 そう言ってニヤニヤとした笑みを浮かべているリタ。

 やれやれ、からかわれている気がするな。

 いや、別に何を言われている訳じゃないんだが。


「私も結構お前のこと好きだしな」

「そりゃどうも。俺も好きだぜ? 酒さえ飲んでなければな」

「ふふっ、そう言いながら邪険にはしてこないじゃないか」


 へぇ、リタの奴、酒を飲むたびに色んな奴にベタベタと絡んでいくから記憶を失くしているタイプだと思っていたんだが、意外とそうでもないのか。


「記憶が飛んでないのなら自重してくれよ」

「そう言うな。別に悪い気分じゃないだろう?」


 軽口を飛ばし合う中、ふと、僅かな違和感があった。

 リタの後ろ、俺が見ている光景の何かがおかしい。

 直感的に俺はそう感じていた。


 ――加速思考を発動し、状況を見極める。

 現在、馬車の動きは止まっている。

 シルフィがチャリオに道を教えているからだ。


 そして、リタの隣ではクロエ先生がウトウトしている。

 割とこの人、馬車に乗るとすぐ寝るんだよな。

 元々忙しい仕事だったろうから、短時間で寝る習慣がついているのかも。


 ……クロエ先生の方に特に異常はない。

 では、やはりリタの方。

 いったい、何がおかしいというのか――


「ッ――!! 下がれ、リタ!」


 リタの腕を引き寄せて、その小さな身体を抱える。

 ……小柄な身体の割には、しっかりと重く、そして体温が高い。


「っ?! どうした、ジョン?」


 リタを抱えたままインテグレイトを構える。

 ……そして、馬車の扉が開かれていく。

 そうだ、俺の感じた違和感がこれだ。リタ側の扉が開かれようとしているのだ。


 この馬車が止まったタイミングを狙ってきた。随分と都合がいい。

 だが、初手で攻撃を仕掛けてこない当たり、帝国からの追手ではないのか。

 いったい、誰だ。何が出てくる?


「――ひゅー、まさか気づかれてるなんて。絶対バレないと思ってたとになぁ」


 開け放たれた扉の向こう、こちらへと乗り込んでくるのは金髪の美女。


 ……エルフだ。

 それもシルフィみたいな神官じゃない。黄金の髪に、翠色の瞳。

 絵に描いたような典型的なエルフの美女が、まるで親戚みたいな気軽さで乗り込んでくる。


「……敵じゃ、ないのか?」

「敵なら乗り込む前に攻撃してるかなぁ。

 別に遠距離攻撃は君たちの専売特許じゃないしね」


 君たちという言葉には“機械帝国の”という意味合いが込められているように感じる。そして俺の腕の中のリタはともかく、クロエ先生も静かに構えていた。


「――でも、凄いね、神官ちゃんたちよりも鼻が利くんだ?」

「別に神官だから鼻が利くって訳でもないだろ?」

「んー、探知系の術式をかけていればあるいは、ってね」


 なるほど。そういう意味か。

 しかし、本当に敵対するそぶりを見せないな。

 俺はまだ、インテグレイトを降ろしていないのに。


 そして、なんだろう。このエルフ、どこかで見たことがあるような気がする。


「で、私の顔を見て分からないかな? 私が誰なのか」


 ずいっと顔を寄せてくるエルフの美女。

 およそ他人とは思えない近距離で、見知らぬ女と向かい合う。

 ……こいつ、自然にインテグレイトよりも内側に入ってきたな。

 エルフらしい老獪さだ。振る舞いが上手い。


「……シルフィ?」


 違う、まず背丈が違う。この女性は背丈が高い。

 そして顔立ちは人間でいえば20代。

 少なくともシルフィのような幼さは残っていない。

 それに、そのなんだ、体つきもグラマラスで、シルフィとは似ても似つかない。

 鍛え上げられているからこそ、胸の大きさに自然と気づかされる。


 何もかもシルフィとは違う。なのに、不思議と彼女の名前が出てしまっていた。


「せいかーい♪ 私はミルフィーユ・ブルームマリン。

 君たちの仲間のお姉ちゃんなんだ。よろしくね?」


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