「――シルフィ、サングイスを寄こせ」
「……ジョン、王冠を取り戻せ。あの男の手から」
シルフィが俺に告げたこと。それはオークの王冠の奪還だった。
どうにも、ウィルフレドを魔族化から救うためには、より上位の力で術式を解除しなければいけないらしい。テオバルドが再現した魔族化の術式は、本来の王の力があれば解除できるだろうとシルフィは言った。
そこまでを聞いて、俺はまず、思考を加速させた。
静止した時の中、冷静に思考を巡らせる。
まず、王冠の位置はシルフィが掴んでいる。
彼女が言っていたことだ。そういう術式を仕掛けていると。
では、次に考えるべきことは、あの魔術師に勝てるのだろうか?という問題。
魔術師テオバルド、あいつの使う魔法は少なくとも3種類存在している。
1つは、闇の弾丸の連続射撃。
もう1つは、魔族化の術式とそれに付随した魔族の操作・再生能力。
そして最も厄介なのは、転移の力だ。
闇の弾丸と魔族だけなら今の装備でもやれるかもしれない。
だが、転移はマズい。加速思考をもってしても不意を突かれる可能性が高い。
ただでさえ強力な魔術を使ってくるところに、転移も重なってくれば。
少なくとも魔族を確実に殺せる力が必要だ。
俺のインテグレイトや、クラウディアの弾丸では、再生が可能。
魔力は消耗させているのだろうが、先の見えない消耗戦になるのは必至。
一撃で魔族を確実に殺せるような力。
それがなければ1人では勝てない。
「――シルフィ、サングイスを寄こせ」
こちらの言葉を前に、彼女は答えに詰まっているのが分かる。
……彼女の想いも分かる。本当の勇者であるジョージを死に追いやった武器。
そんなものを他人に託したくはないはずだ。
「っ……どうして……?」
分かっているはずだ、彼女自身にも。
けれど、これはしっかりと口にしないといけないことだと思った。
時間がない状況であろうとも、俺の言葉で彼女に伝えなければいけない。
「――アウルが、なぜ吸血剣サングイスを託したのか。
ずっと気になっていた。どうして血を吸って力に変える剣なのかを。
今、これだけの数の魔族と戦って理解したよ」
静かに彼女との距離を詰める。
「無尽蔵の魔族に対抗するには、最適な力なんだ。
斬り裂くたびに血を吸って力を増す剣は。
俺のインテグレイトじゃ、奴が再生させる魔族の群れに勝てない」
シルフィが唇を噛んでいるのが分かる。
それでも、俺は、彼女から貰い受けなければいけない。
勇者の力を。アウルがルドルフに与えた吸血剣を。
「――安心して欲しい。俺の役割は王冠を持ち帰ること。
間違っても差し違えるつもりはないよ。シルフィ」
膝を着き、彼女の肩に触れる。
「……分かった。頼むぞ、ジョン」
そう言った彼女は、俺に真紅の剣を託してくれる。
独特な形状をした片刃の刀剣。これが、吸血剣・サングイスか。
「っ――僕の血を、使ってくれないか、勇者よ」
ウィルフレドの声が聞こえる。
今もまだ、塞がらぬ傷から流れ出している血を前に、それを使えと。
……魔族に成り果てる瀬戸際で、よくぞ。
「良いのか……? 俺はお前の兄を殺しに行くんだぞ」
「――構わない。あの人はもうダメだ。怨恨と我欲に飲まれている。
恨みで野心を正当化し、大局を見てもいない」
そうだ。大局を見ているのなら、クラウディアを殺そうとする理由などない。
自らの仲間を、弟でさえも手にかける理由も。
“オークの王冠を取り戻し、王を再選定する”ことが最大の目的であれば、それは既に達成されつつあった。クラウディアが王冠を手にした段階で最も穏当にそれが進むはずだったのだ。
だが、奴はそこで己の欲を出した。
クラウディア殿下は現体制の人物だから殺さなければいけない。
魔王の仇だなんて言って正当化しているが、結局は、己の野心だ。
復権派として画策をし続けてきた自分が王になるために、クラウディアが邪魔だった。それだけのことだ。あれはもはや思想犯ではない。ただ自らの利益のために力を求める怪物に過ぎない。
「……頼む、ジョン。兄さんを止めてくれ。
あいつを魔王にしてしまえば、王冠は今度こそ……ッ!」
魔王が再び現れれば、今度こそ他国の連合軍は王冠を破壊する。
だから、その前にテオバルドを止めろと。死ぬかもしれない瞬間まで。
つくづく見上げた男だ、ウィルフレド・アルリエタ。
「――ああ、お前の想い、この俺が確かに受け取った」
彼が流した血だまりにサングイスを突き立てる。
瞬間、刃から力が流れ込んでくるのが分かる。
なるほど、これが吸血剣の力か。
「ジョン、説明は不要だな……?」
シルフィの瞳の奥、勇者ジョージの影を見る。
きっと彼も同じだったのだろう。
この剣の使い方は、自ずと理解できた。血を吸うだけで。
「ああ、場所だけ教えてくれ。あいつは今、どこにいる?」
こちらの言葉に頷くシルフィ。そして、俺は窓から飛び出した。
まだ戦闘の音が響いている。リタ達が戦ってくれているのだ。
そちらに加勢していては間に合わない。
おそらく奴がこの場を完全に離れていないのは、魔族を操っているからだろう。
もし、リタたちの方に加勢して全滅させてしまえば、完全に逃げに入るはず。
だから、その前に接敵する。場所は分かっている。あいつは王冠を手放さない。
「よう、見つけたぜ。テオバルドさんよ――」




