「そして内部犯がいたとすれば、お前だと思っていたよ、ウィルフレド」
――今日ほど、自らが魔術師でないことを恨んだ日はない。
たった今、シルフィーナ・ブルームマリンは封印術式の向こうに消えた。
もう一刻の猶予もない。彼女が再び現れるよりも前に動かなければいけない。
……この瞬間を迎えるよりも前、王都から出た少し後のことだ。
兄さんから念話が送られてきたのは。
内容は端的で、旧魔王城を制圧していること。
魔王の間にある封印術式について、手を出せていないことが伝えられた。
その上で兄が僕に求めたことは2つ。
1つは、シルフィに封印術式を解除させろというもの。
もう1つは、その場にいる者たちを皆殺しにしろと。
……反論しようとした。
その場にクラウディア殿下が居合わせるのは分かっていたから。
兄さんが後のことをどう考えているか知らないが、姫様を殺めてみろ。
現体制との決裂は避けられない。泥沼の内戦が始まるぞ。
(ッ……いったい、どこにいるんだ、兄さんは)
今、シルフィは術式の解除を始めたばかり。
この場にいるのは、クラウディア殿下と勇者ジョンだけ。
――外で仕掛けてきた魔族どもは兄さんが仕向けたのだろう。
恐らくはマルロの残した術式を使った。
彷徨う魔族たちを支配したんだ。だからここを制圧できた。
それ以外には考えられない。復権派の戦力で魔族を制圧はできない。
ッ、どうする……? ジョンを殺すか?
僕はまだ彼の力を知らない。こんな何気ない戦士がマルロを殺したなんて。
そのカラクリが分からない以上、やるのなら不意打ちしかないぞ。
「……ウィルフレド」
姫様が、僕の前に立つ。
不安げな瞳が、こちらを見つめていた。
「姫様……」
彼女がこんなにも自信のない瞳をしているのは、初めてだった。
いったい、どうして。何か元気づけてあげないと。そう、思った。
『――今だ、ウィルフレド。まずはその女を殺せ』
兄さんからの念話が送られてくる。
『待てよ、兄さん。アンタはこの後のことを考えているのか?』
こちらからの言葉に反応はない。
聞くつもりがないって訳か。クソ、魔術師め。
僕にも同じ力があれば……ッ!
『ウィルフレド、もしお前がやらないというのなら――』
それが最後通告であることは理解できた。
これでもずっと兄弟をやっているのだ。本気かどうかはすぐに分かる。
だから、僕は姫様の肩を掴み、そのまま羽交い絞めにした。
「っ……ウィルフレド、なんのつもりですか?」
もう少し抵抗してくるかと思ったが、随分と大人しいものだ。
……いや、相手は魔術師。僅かな隙で形勢を逆転される。
そして、されてしまえば兄さんは彼女を殺すだろう。容赦なく。
「鈍いですね、姫様……そこの勇者は気付いているみたいですよ」
それにしたって早いな、この男。
既に拳銃を引き抜き、こちらに銃口を向けているとは。
……姫様には悪いけど、盾になってもらうしかない。
「気づいてたのかい? ジョン!」
「……今まで復権派が動いていないことの方が異常だったからな。
内部に食い込んでいることは予想していた」
マズいな、この男。銃口をわずかに動かしている。
……やる気だ。姫様に当てず僕だけを狙ってくる自信がある。
「そして内部犯がいたとすれば、お前だと思っていたよ、ウィルフレド。
正直、あまりにもあからさまで逆に違うと思いたかったが」
まったくブレがない。冷静にこちらを狙っている。
今、撃ってこないのは何故だ? 何かを待っているのか。
「だが、どうしてクラウディア殿下の身柄を拘束した?
正体を晒す前にやるべきは、俺を殺すことじゃないのか?」
ッ……こいつ、よく分かっているじゃないか。
そうだ、まだ仲間だと思われているうちに殺すべきはジョンの方だった。
「……ジョン、銃を捨てろ。姫様を殺すぞ」
「バカを言うなよ、ウィルフレド。剣が震えているぞ、俺よりもずっと。
それにオークの姫様が俺に対する人質になると思うな。何ならお前ごと」
ジョンの指先が、引き金の上に乗る。
……クソッ、何が勇者だ、
こいつ、最初から姫様ごと殺すつもりか!
「やめなさい、ウィルフレド。今ならまだ不問に処します。貴方の過去も全て」
「……知っていたとでも言うのか。クラウディア殿下」
「いえ、知ってはいなかった。けれど、恐れてはいました。その可能性もあると」
そうだと思っていて、なぜ僕を重用したんだ! クラウディア!
貴女が、貴女が僕をこんなに見込んでくれていなければ、兄さんが今日ほどの情報を掴むこともなかったのに……ッ!!
「……復権派、ですか。ご両親の代から? あの孤児院すべてがそうなのですね」
「ッ、無駄口を叩かないでもらおうか。自分の立場を理解しろ、クラウディア」
「ウィルフレド……」
……クソ、なんだって、なんだってこんな形で、正体を晒しているんだ、僕は。
『動くなよ? ウィルフレド』
兄さんの声が響く。瞬間、ジョンの背後に円形の魔術式が展開された。
闇の弾丸を放つものだ。しかもあの大きさだ、1度に10発は放てるだろう。
――狙っているのは、ジョンだけじゃない、これは!!
「姫様……!!」
……きっと、動いていなければ僕だけは助かっていたのだろう。
クラウディア殿下と勇者ジョンを殺すための仕掛け。
兄さんは完璧主義だからな。本当に趣味の悪い術式だと思う。
「――ウィルフレド! どうして、どうして私を庇ったんです?! ウィル!」
背に傷を負った僕を抱えるクラウディア殿下。
……良かった。彼女は無事だ。
「やはり、そう動くわけか。ウィルフレドよ」
念話じゃなく、実際にこの場所に兄さんの声が響く。
テオバルド兄さんの声が。
「フン、いよいよ黒幕のご登場って訳かい。随分と待たせてくれたな」
闇の魔力によって生じた煙の中、声が聞こえた。
聞き間違えるはずもない、あの男の声だ。しかし、あり得ない。
どうして、どうして、無事なんだ……?
あれだけの弾丸が降り注いでいたというのに、なぜ避けられた?
彼自身は神官でも魔術師でもない。魔導甲冑を装備している素振りもない。
単純に無数の弾丸を避け切ったとしか考えられない。
「ほう、生きていたか。やはりマルロを殺しただけのことはあるな」
「ケッ、そういう繋がりもあるのかよ。厄介だな」




