「――やれやれ、戻ってきたら大騒ぎだなぁ」
『どんな男だったんですか、彼は――』
そう質問してしまったのは、僕がマルロの親友だったからだ。
兄と同じように、兄のように慕った男が、彼女から見てどうだったのか。
それを知りたくなった。
……もう二度と会えぬ相手だから、少しでも知りたかった。
自分の知らぬ彼を知る機会は、もうきっと二度と来ないから。
せいぜい人間の国の使者が糾弾の道具として使う時くらいだろう。
『……正直なところ、未だに少し信じられないところはあります。
私もすっかり騙されていましてね』
どうも、マルロの奴はクロエ先生を洗脳していたらしい。
しかもそれでジョンとぶつけたのだそうだ。
……一歩間違えれば、どうなっていたことか。そう思うと肝が冷えた。
今、こうして話している相手が、この世にいなかったのかもしれないのだ。
マルロが生き残っていれば、そうなっていた。
『相当、人間へと溶け込んでいたようですね、オースティンという男は』
『……ええ、敬虔な医者に見えました。
寡黙な人でしたが、患者さんに好かれるタイプで』
クロエ先生は、医者としてのマルロのことを教えてくれた。
とても誠実な医者に見えていたらしい。
熱にうなされる子供の手を握ってあげていたのだと。休みを返上してまで。
『――ついていたところで何ができるわけでもない。
治癒の力を注ぎ続けたところで治る病ならすぐに治る。
そうでないのならできることは少ない。それでもあの人は……』
語るクロエ先生、その声が詰まっていたことを思い出す。
僕もつられてしまいそうだった。マルロのことを思い出していたから。
孤児院の仲間を看病しているときの彼を、どうしても思い出してしまうから。
『気づいた時には、オースティン先生は死んでいました。
魔族に成り果てた身体、ジョンの話、そして途切れる直前の記憶。
全てが彼の正体を物語るのに、まだどこか繋がっていない』
そう語る彼女の顔を、僕は忘れることができない。
僕自身がそうだったから。
あの優しかったマルロが、人間の国で凶行に走ったこと。
……分かっていたはずなのに、まだ繋がらないのだ。自分の中で。
彼が、そのために皇国に潜入したことは、分かっていたはずなのに。
「――やれやれ、戻ってきたら大騒ぎだなぁ」
キャラバンが王都に帰還し、カルリート陛下の元にシルフィ一行を送り届けた。
そこまででバシリオ隊長の仕事は終わり。
次の任務を待つだけだったが、彼がぼやく程度には既に情報は出回っていた。
「復権派が“人間の国”で事を起こしたと」
「ああ、シルフィ様から聞いた。しかも魔族化の術式を再現してたって。
ブチ切れに来たらしいな、人間の国の使者が」
半ばパフォーマンスもあるのだろうが、当然の状況だ。
「この状況で、陛下は王冠を取り戻そうとするでしょうか」
「絶対しないだろ、あの人は。それよりも、お前の姫様はどうなんだ?」
「……動きにくくはなるかと」
バシリオ隊長が少し溜め息を吐いた。
「俺は働かなくて済みそうだな」
「……残念そうですね?」
「まさか。ただ、ひとつくらいは次の世代に残せる仕事をしたかったともな」
そういったバシリオ隊長が去っていく。
こちらも姫様に仔細を報告しなければいけない。
……いったい彼女はどう動くのだろうか。
「戻ってきましたね、ウィルフレド」
「はい。無事にシルフィ様たちを王都へとお連れいたしました。
彼女は王冠奪還のための同行を歓迎すると」
こちらの言葉に頷く姫様。僕は続けて彼女に問いかける。
「それで……復権派が起こした事件のこと」
「――分かっています。
この状況下で王冠を取り戻せば、人間の国に糾弾されるでしょうね」
姫様は、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
ここまで露骨な表情を彼女がしているのを見るのも珍しい。
「いかが、なさいますか? クラウディア殿下」
「――私の考えは変わりません。
ここで王冠を取り戻さなければ、私たちに未来はない」
そう告げた彼女は、シルフィを呼んできて欲しいと僕に頼んだ。
陛下との謁見が終わり次第、真っ先に彼女を捕まえろと。
たしかに王城には彼女と会いたがる相手は多いだろう。
「――よう、ウィルフレドさんよ」
陛下が使っていると思われる謁見の間に向かった。
その前に立っていたのは、近衛兵と、あの勇者ジョンだった。
「……シルフィ様だけ残されましたか?」
「ご明察。リタとクロエ先生は、王都観光中だ」
こうして彼と向かい合うのはほぼ初めてだ。
……マルロの仇。
理性では理解している。彼に怒りを向けるべきではないと。だが――
「どれくらいこうしているのです?」
「1時間くらいだよな?」
「50分ですね。影の動きで分かります」
サラッと答えてくれる近衛兵。
この手の、外で待つ護衛は、観察眼に長けていくんだよな。
「流石は王様の兵士だな。よく見てる」
「ふふっ、勇者様に褒めていただけるとは光栄ですね」
たいして嬉しくもなさそうに答える近衛兵。
それを前に笑うジョン。
なんとなく分かっていたが、やはり気さくな奴だな。
「それで、アンタもシルフィ狙いか?」
「ええ。姫様がお呼びなので」
「――じゃあ、もう少し俺と一緒に待つしかないな」




