「再び魔王が生まれる可能性を、自分で拾いに行くほど私は聖人じゃない」
「――カルリートが話を持ち掛けてこない時点で思っていたんだ。
今、オークの国において、王冠を取り戻そうとする者はいないのだと。
少なくともカルロスの血を引く者の中には」
ハーブティーを傾けながら、シルフィは語る。
ッ……王冠を失う機会を用意した張本人が、何を。
「貴女は、どう思われているのですか?
オークの王が再び選び出されることを、良しとするのですか?」
こちらの問いかけを前に、彼女の笑顔が始めて消えたように見える。
スッと冷たい表情になったような、真剣さが突き刺さってくる。
「――500年だ。20人以上の王を見てきた。彼らの賢明な統治を。
それでもあの厳しい土地を、魔法なしで生きていくのは困難が多すぎる」
まさか、魔王を殺した張本人が復権派と同じような考えを持っているとは。
あまりにも意外だった。あまりにも。
「貴女がそうお考えならば、どうして今まで進言してくださらなかったのですか」
「……お前のような若者はそう思うだろうな。当然の憤りだ。
それに対する回答は私の個人的な感情になる」
ティーカップを置く音が響いた。
「――再び魔王が生まれる可能性を、自分で拾いに行くほど私は聖人じゃない」
ッ……マズいな。相手が復権派に近いからといって、素を出し過ぎた。
これでは他種族から批判される時の典型的なパターンにハマってしまう。
オークどもは、魔王を蘇らせようとしている。そんな批判に。
「500年前、あの男が奪っていったものの痛みを、私はまだ覚えている。
それに正直に言うと、カルリオンの血がここまで続くと思っていなかった。
復権派のような連中が謀反を起こすものだとばかり」
……やはり、そう来るか。
分かっていたことだ。魔王を殺した張本人。
こういう考えでないはずがない。
「――すまない。君のような若者にしても仕方のない話だ。
老人の戯言と思ってくれ。
500年前の怨恨なんぞのために、君たち世代が苦しんではいけない」
言葉に詰まっていた僕に対し、彼女はそう告げた。
先ほどまでの静かな怒りを自制し切ってみせている。
「――だから、クラウディア殿下の」
「うむ。あの娘がそれを望むのならば、今がその時なのだろう。
それに私は今回、封印に使っていた自分の力を取り戻すつもりだ」
“だから王冠は解き放たれる。持ち主がいないのならば破壊するしかない”
「ッ……そうなれば、オークの滅亡は確定ですね」
「その話はまだカルリートにはしていない。だから、どう動くかは分からん」
そう答えたシルフィが、自分のトリッハを切り分け始める。
「食べないと冷めてしまうぞ? ここのトリッハは美味いんだ」
彼女に促されるように、こちらもトリッハを切り分ける。
パンを牛乳と卵に浸して揚げたお菓子。
硬いパンや乾いたパンを美味しく食べるための料理だ。
「……おいしい」
「だろう? まぁ、この国で生きていれば食べ慣れているだろうが」
「母が良く作ってくれていました。懐かしい味です」
ハーブティーを傾けながら、これを食べ終えるまで、もう少し時間があると理解する。こうして彼女と2人きりになる機会なんて、そうそう回ってこないだろう。勇者をはじめとして3人もの仲間たちがいるのだから。では、僕は――
「シルフィ、ひとつ質問をしても良いですか?」
「ああ、構わんよ」
「どうして今になって自らの力を取り戻そうと?」
封印を解けば、王冠が自由になる。
それを忌避していたのだと言えるだろう。先ほどの言葉を聞けば。
しかし、だとすれば、なぜ今、それを解除するのか。
「事情があってね。少し全盛期の力が必要になった」
……それを話すつもりはない、か。
これ以上に深く掘ろうとすれば疑われてしまうだろうな。
そういう空気を感じる。
「何にせよ、今で良かったと思います。クラウディア殿下がいる今で」
「ああ、あの娘がどのように育っているのか楽しみだよ。
……ウィルフレド、お前が彼女に気に入られている理由、分かる気がする」
優しく微笑むシルフィ。
「……王冠を取り戻すことを、恐れていないから」
「そうだ。どうしてもカルリオンの家系はそれを恐れている。
カルロスは、魔王に故郷を根絶やしにされているからな。その影響だろう」
その血を引く今の王家が、慎重になるのも仕方のないことだと彼女は語る。
……カルロス・カルリオンが、魔王と敵対していた理由は知っていたが、こうして実感を持って語る人物を見るとまた見え方が変わる。これが戦友か。
「あいつの恐れ、魔王の再来を防ぐための慎重さも確かに必要だ。
だが、それだけではもたないということは既に見えつつある。
だからお前のような若者が必要なのだ。過去の楔から解き放たれた者たちが」
永く生きる種族ではないからこそ、過去を乗り越えることができるはずだ。
彼女はそう言い切った。僕のようなオークを前に、エルフの彼女が。
「それでも同時に、私はこう言っておこう。老人の務めとして。
王冠を取り戻して、王を再選定するまでは良い。
だが、その先、魔王のような者を二度と生まないように気をつけろ――」
……ああ、クソ、この人が、両親が生きているころに居てくれれば。
あと10年も早く彼女が来てくれていれば。
父さんも母さんも、マルロの運命も変わっていたかもしれないのに。
「きっと、貴女のようなバランス感覚を持った王が必要だったのでしょうね」
「ああ、この世は常に綱渡りだ。
一方向だけに進んでいれば万事解決することはないと言っていい」




