「……王冠を取り戻し、魔女を殺すか」
――元々、両親は魔王復権派ではなかった。
それどこかカルロス派の重役を務めてきた血筋で、重用されていたと聞く。
そして表向きは、その役割に殉じたことになっている。
「……カルロス派か」
僕ら復権派は彼らのことをカルロス派と呼ぶが、この呼称は正しくはない。
今の彼らは、オークの国そのものだ。
魔王陛下を殺した勇者一行、その1人だったオーク、カルロス・カルリオン。
魔王なき後、彼はオークの国の王となった。
カルロス・カルリオンの血を崇め、国王の一族として認める者たち。
そんな彼らのことを、揶揄し、相対化するために“カルロス派”と呼んでいる。
真の王は、オークの王に足り得る男は、あの死んでいった魔王なのだと。
だから魔王復権派こそが正しく、偽りの王を掲げるカルロス派を打ち倒さなければならない。そう言った論理に基づいた言葉なんだ。
……虚しいものだと思う。
論理ばかりを走らせ、現実の絶対的な戦力差に目を背けていることは。
しかし、言葉が思想を増長させ、とうとう僕らは辿り着いてしまったのだ。
魔族化の術式を再現してしまった。
「っ……マルロ」
――彼は親友だった。
両親さえ分からない孤児だった彼を、孤児院を運営していた両親が見つけた。
少し彼の方が年上だったけれど、同世代の僕らは彼のことを兄のように慕った。
歳を重ねていくにつれ、彼に魔法の才能があることが分かった。
そして、飢えた仲間たちを救いたいという思いが彼をも復権派へと傾けた。
魔族化の術式、それを試すために彼は“人間の国”に潜入し始めた。
同胞を実験体にすることを忌避したことが最大の理由だ。
なぜ人間の国を選んだのかといえば、消去法になる。
オークの身体ではいくら偽造してもドワーフのフリはできない。
機械帝国では、魔術師どころか神官でさえ求められていない。
エルフは水の中をも生活圏にしている。必ず露見する。
対して人間の国であれば、神官の力を持つ者は常に求められている。
オークの魔術師である彼にとって、人間の神官を真似るのは容易いことだ。
事実、反帝国派にも、教会病院でさえ難なく潜入することができていた。
しかし、マルロは反帝国派に力を与え過ぎた。
増長する彼らを止めることができず、無謀なテロに付き合わされたのだ。
……人間を利用した彼に相応しい報いだとは思う。
だが、勇者とはな。帝国が用意した偽りのそれとはいえ、魔族化の術式を再現したマルロが“勇者”に殺されるなんて。しかも、そいつがあの魔女シルフと共にこちらに向かっているとは。なんたる巡り合わせだ。
――500年前、魔王が死んで、僕らオークは王を失った。
それ以来、ずっと僕らは飢えに悩まされ続けている。
理由は簡単だ。他種族が受けているような神の加護を受けられなくなったから。
人間もエルフもドワーフも、それぞれの神に愛された神官はランダムに生まれてくる。たとえそれぞれの国の王を殺したところで、神官が消えることはない。
だが、オークは違う。オークの神、闇の神は、始まりの王に冠を与えた。
生まれてくる種族に対し、気まぐれに加護を与えるのではない。
闇の神は、明確に王冠という形あるものを与えたのだ。
王冠を受け継いだ者が王となり、王だけがオークに魔術を与えることができる。
王に選ばれた者だけが魔術師となるのだ。
これが他の種族と決定的に異なるオークの特性。
魔術師を選ぶ王の力を変質させたのが、魔族化の力の始まりだ。
――今、オークの王冠は、旧魔王城にある。
勇者の剣と共に、朽ち果てた勇者と魔王の遺体と共に。
王を失った僕らは魔術師を増やすことができない。
現状では、魔術師の血を引く者のうち一握りだけが魔術師に目覚める。
それだけだ。だから兄は魔術師でも、僕は魔術師ではない。
孤児のマルロがいったい誰の血を引いていたのかは分からないけれど、誰かの血を引いていたことだけは確実で、だからこそ今のオークの国は慢性的に魔術師不足なのだ。
そしてさらにタチが悪いのは、オークの国の砂漠化が酷いということ。
元々、これは500年前の魔王が略奪を基本とした政策を取っていたのもある。
しかし、それ以上にこういう土地だからこそ、魔王が生まれたというのもある。
現状と同じ状況であろうとも、例えばエルフの国がある場所が領土であれば今日ほど飢えに苦しむこともなかっただろう。そういう怨恨が、僕らのような復権派を生み出しているのだ。
「……王冠を取り戻し、魔女を殺すか」
オークの王冠を取り戻せれば、確かに僕らの悲願は叶うだろう。
再び魔王を選び出し、国を再興することができる。
そして、500年前の因縁を晴らし、新たな国家を築く。
魔王の力を再び用意することができれば、しおらしく他国に従順なカルロス派もこちらに靡くはずだ。
……分かる。兄さんの理論は。
しかし、魔王の力で僕らは再び他種族を侵略し支配するというのだろうか。
機械帝国のような異常な国が生まれた現代で。
いったい、いつまで被害者のつもりでいるのだろう。
自分たちは、魔王を奪われ、貧しい土地に押し込まれた被害者である。
だから復権を果たし、豊かな土地を侵略する。その権利がある。
自分たちを納得させるには充分な論理だ。
この貧しさが、この飢えが、ここから逃れたいと思うのは当然の欲求。
それを誰も咎めることはできない。誰にも文句は言わせない。
――そんな被害者意識が、自らが加害者となることを増長する。
歯止めを効かなくさせるのだ。
本当にいつまでもこんな子供じみた正しさにしがみついていて良いのだろうか。
この戦いの果てに、僕らは僕らが求めた未来を手に入れることができるのか。
歳を重ねた僕は、既に素直にそう思えなくなっていた。
たとえ魔王が蘇ろうとも、略奪の歴史を再現した先に待っているのは同じ結末。
人間の国、ドワーフの国、エルフの国、そして、あの機械帝国。
全てを敵に回して生き残れる道理はないだろう。
でも、きっと、兄さんはそんな戦いを始めてしまうと目に見えている。
「……僕はいったい、どうすれば」




