「――マルロが死んだ」
「――マルロが死んだ」
僕が兄からそう聞いたのは、兄にその報せが入ったよりも後のことだ。
僅かな長期休暇の合間、帰省していた僕に、兄はそう教えてくれた。
「自決かい? 皇国軍に勘づかれたとか」
「いいや、違う。帝国の男に殺されたのだ。最期の念話を、俺が受け取った」
「帝国の男ってなんだよそれ。マルロは“人間の国”に潜入していたんじゃ?」
訝しむ僕に兄は資料を見せてくれた。
それは、兄さんが受け取った最期の念話をまとめたもの。
そして周辺情報が補足されている。出所は方々に潜入する仲間たちだ。
「マルロを殺したのは、勇者と呼ばれる男。帝国製の装備を使用している。
剣聖と名乗る男が率いる部隊と共闘していたが、本来、両者は敵対関係らしい。
反帝国派として起こしていたテロを制圧するために共闘していたものと推測」
剣聖と勇者が共に使用していたのが光線銃剣。
なるほど、機械帝国はとうとう光線を放つだけではなく刃にまでしてきたのか。
あいつらの技術革新は尋常じゃないな。
「――マルロには運がなかった。反帝国派を抑え切れずテロに付き合う羽目に。
その時点で覚悟はしていたんだろうが、まさかその場に“勇者”が居るとはな」
「……まさかあのジョージじゃないだろうね?」
こちらの言葉に頷く兄さん。
「皇国軍の剣聖に、500年前の勇者、どちらも帝国軍が勝手につけた名だろう。
意図は分からんが、意図的に他国や過去の英雄を真似ているだけだ」
機械帝国が用意した偽りの英雄という訳か。
たしかにあいつらならそういう模倣も好きそうだものな。
しかし、いったい何のために。
「……でも、兄さん。マルロが死んだってことは、魔族化の術式も」
「いいや。あいつは最期まで俺たちの、魔王様の信徒だった。
完成させてくれたよ。完璧だ、人間を魔族化することに成功している」
ッ、そうか。マルロが死んだのなら凍結されるかと思ったが、そうなるか。
兄さんも、マルロほどではないが魔術師であるのは確かだ。
彼の技術を引き継ぐに足る力は持っているだろう。
「つまり僕らはとうとう、魔王と同じ力を得たことになると」
「うむ。あとはこの術式を簡易に引き起こせれば、全盛期の陛下の力そのものだ」
随分と進んだものだ。僕らが子供の頃なんて、王冠なしでの魔族化術式の発動なんて夢のまた夢だったのに。それもこれもマルロのおかげか。あの男の執念が結実したのだ。そしてそれは兄が引き継いだ。
「……どうするの、兄さん。これから」
魔族化の術式を得てしまったんだ。大きく動き始めてもおかしくない。
「――マルロの仇が、こちらに向かってきている」
「え?」
「勇者と呼ばれた男は、あの魔女シルフと行動を共にしている」
魔女シルフが、勇者と……。
まるであの伝説の通りじゃないか。なんて趣味の悪い。
「いったい目的はなんだ? なんだって、陛下を殺した女が」
「恐らくは勇者の剣の奪還だろう。なぜ今なのかは俺も知らん」
「……それで魔女が来ることをどう使うつもりだい?」
兄さんのことだ。この状況、利用しないはずがない。
「奴らが旧魔王城に向かうのであれば、それを利用する。
いくら魔族化の術式を再現したとはいえ、所詮は陛下の力の一端に過ぎぬ。
王冠を取り戻さない限り、全てを取り戻すことはできない」
勇者の剣を取り戻すことに便乗して、魔王の王冠を取り戻すと。
「そして、その場にて陛下を殺した女を殺す。
我ら復権派が烽火を上げるにはちょうどいい機会だろう? ウィルフレド」
兄が僕の名を呼ぶ。やはり、そこで口火を切るつもりか。
もう2度と戻れなくなる。その一線を越えてしまえば。
「そのままカルロス派を制圧してしまおうってことか」
「うむ、力を見せつければ奴らとて折れるさ。
我々オークは、あの日からずっと耐えてきたのだ。貧しさに、飢えに」
“それを解き放つだけの力があれば、彼らは必ず同志となる”
ほくそ笑む兄を見ていると、背筋が凍る。
けれど、兄の言っていることは正解だと思う。
僕らオークが今の地位に甘んじているのは、力がないからに過ぎない。
魔王が犯した罪を贖うためなんて、そんなのは綺麗ごとだ。
かつての力がないから、この空っぽの砂漠に甘んじているのだ。
「もう少しだ、ウィルフレド。マルロを、最後の犠牲にしよう。
勝利のために仲間を失うのはもうたくさんだ。
今まで死んでいった友たちのため、俺たちはオークに富をもたらす」
“そのために魔王を、再誕させるのだ。失われた神の力を、我らに”
「はい、テオバルド兄さん。
必ずやオークに勝利を、陛下に再び忠誠を誓える日まで」
――いよいよ、僕らは動き出す。
魔王復権派の中で最も力を持っているのは、今となっては兄さんだ。
マルロが完成させた魔族化の術式、それを受け継いでいるのなら尚のこと。
「……これで父さんと母さんの無念も果たされる。
頼むぞ、ウィルフレド。魔女シルフの動きを捉えてくれ」
兄さんが僕の手を握った。
……動き出してしまったら、こうする機会もなくなってしまうかもしれない。
戦いとは、常に気まぐれなものだ。
誰の命を奪っていくのか、見通すことはできない。
「はい。僕の役割を、果たします――」




