「どうだった? 私の故郷は。ドラッヘンベルクは」
「――加速思考、脳の機能をそこまで拡張するのか。
ナノマシンだけで。一切の神秘に頼らずして」
俺の言葉を聞いたアウルは驚いていたように見えた。
悠久の時を生きる彼の知識をもってしても“あり得ない”技術だと。
「ジョン、もしもお前が最後までシルフィと旅を共にするのなら、」
「する。必ず。俺は最後まであの人の力になる」
「――なるほど。分かったよ。だが、そうならばその先に出会うだろう」
自らの言葉を遮られたというのにアウルは怒らなかった。
それどころか、シルフィの力になると宣言した俺を喜んでいるように見えた。
「機械皇帝に、そして自らの過去に。
その過去に何があろうとも、自分を見失うな、ジョン」
“命ある者は、自らの生き方を選ぶことができる。
始まりがどうかじゃない。今の生き方を選び取れるんだ”
――そんな彼の言葉が深く胸に突き刺さった。
正直なところ、彼が推測する俺の過去について聞きたいところでもあった。
でも、聞くのも怖くて尻込みしている間に――
「ジョン、こいつを持っていけ。
あいつらは祝杯を上げているのだろう? 遅れた詫びに使え」
そう言って彼が渡してくれたのは酒の瓶だった。
「これは?」
「炭酸を残したワインだ。シュワシュワするぞ」
変わった飲み物だなと思っていたところに、遠くから声が響いてくる。
「ジョン~! どこだ~? お前がいないと酒盛りが始められないだろ~」
俺を探すリタの声、それが聞こえた時にはアウルは姿を消していた。
……全くもってやること成すこと謎めいた男だ。流石は竜というべきか。
「お、いたな? ジョン。何やってたんだ、こんなところで」
ビールが半分くらい入った大きなジョッキを片手に、リタが飛び掛かってくる。
いつぞやの時のように、彼女の身体を抱えなければ共倒れだった。
「そっちこそ始めているじゃないか。酒盛り」
「違う違う、こんなのは食前酒さ。お、何か持ってるな?
ほう~、スパークリングワインか。良い酒だ」
顔を真っ赤にしておいてよく言うものだ。
体温だっていつもより上がっている。
「久しぶりの酒は効いているようだな?」
「うむ。やはり良いものだ。さぁ、ジョン、一緒に飲もうじゃないか」
そう言って自分が持っているジョッキを、こちらの口元に寄せてくるリタ。
こっちが抱えてやっているからと言って好き放題だな、この酔っ払い。
「良いよ、それはリタのだろう」
「私の酒が飲めないのか? ジョン」
あからさまに落ち込んだ素振りを見せるリタ。
……何か悪いことをしてしまった気分になって、彼女の酒に口をつけた。
「ビールって苦いだけでよく分からないんだよな」
「ふふ、お子様だな。ジョン。舌まで記憶喪失かね?」
そう言って自分の舌を出すリタが、少しかわいくて笑ってしまう。
舌を引っこ抜いてやろうか。こいつ。
「――あ、戻ってきたんですね。ジョンさん」
「クロエ先生……来ていたんですね」
「ええ、ルドルフさんへの診療も終わりましたし」
祝宴会の場にいたクロエ先生が、にこやかに微笑む。
そして、シルフィの姿も見つけた。
花火師の長を相手に、今年の花火は良かったと話しているのが分かる。
「美しい花火でした。金剛花火、確かに打ち上げる価値のあるものだと」
「ははっ、分かってくれるかぁ~、先生」
酔っ払いが俺からクロエ先生に飛び移る。
リタの身体を支えられるクロエ先生もかなり身体能力が高い。
「――今はへべれけですが、本当に心配されていたんですよ、リタさん」
ビールを飲み干し、うとうととしているリタの背を撫でるクロエ先生。
まるでお母さんだな。
いや、実際には腕の中にいるドワーフの方がずっと年上なんだが。
「少し金色の男に絡まれていてな。詫びとしてこれをもってけって」
「あら、珍しいワインですね」
「――アウルと遊んでいたのか? ジョン」
グラスを持ってきたシルフィがこちらに話しかける。
やはり、分かるものか。金色の男と言えば。
「突然に絡まれてな。あいつ竜人だけじゃなくて人間の姿もあったのか」
「うむ。あの姿で色々と遊んでいるはずだ。
しかし、来ているとは思ったが、お前から目を離していたのは失敗だったな」
シルフィが用意してくれたグラスでスパークリングワインを口に運ぶ。
シュワシュワと弾ける香り高いお酒。
ふむ、確かにこれは良いものだ。ほのかに香る葡萄が心地いい。
「――アウルが来ているって分かってたのか?」
「あいつのことだ。金剛花火、必ず見届けたがるだろうと。
だが、お前に仕掛けてくるとは。頭が回らんかった」
少し悔しそうに笑うシルフィ。
「それで、あいつは何か言っていたか?」
「……俺の過去に何があっても自分を見失うな、今を選べるのが命ある者だと」
「なるほど、あいつらしいな……私も同じ気持ちだよ、ジョン」
――俺の過去に何があろうとも、今の自分を見失うな。
シルフィがそう言ってくれているように感じた。
「なぁ、ルドルフ。お前に会いに来ていたんだろう? アウルは」
「……やれやれ、開口一番にそれかね、シルフィ。
答えを教えてやろう。正解じゃ」
特等席に消えていたルドルフさんが、いつの間にか戻ってきていた。
そして、シルフィはいきなり彼にそんな質問を投げたのだ。
「アウルと見ていたんだね、祖父ちゃん」
「そうじゃよ」
「……あいつはどうだって? 花火のこと」
いきなり目を覚ましたリタがルドルフに質問を投げている。
こうして2人を見ていると、本当に仲のいい祖父と孫娘だな。
魔宝石を加工していた時は、もう少しピリッとしていたように思う。
「美しいものじゃと」
「……満足していたんだね、アウルは」
「うむ。あいつがあれほど素直に讃えてくれるとは思っていなかったよ」
ルドルフさんの回答を聞いたリタが、笑い出し、俺のワインを飲みだす。
……他人が右手に持っていた酒を飲むか? 普通。
「まだあるんだからグラスくらい用意しろよ、リタ」
「悪い悪い、これ、アウルからの酒なんだろう? 今すぐ飲みたくてね」
「ったく、別に俺は良いけど……」
俺たちのやり取りを見て笑うルドルフさん。
「ジョン、リタ、シルフィ。お主らには礼を用意しておる。
そしてクロエ先生。本当にありがとう、今日まで診てくれたこと。
心の底から感謝申し上げる――」
杖を使う不自由な身体で、深々とお辞儀をするルドルフさん。
「……いえ、無事に今日を迎えられて本当に良かったです。
全てはルドルフさん自身の力ですよ」
ルドルフさんからの感謝を受け止めるクロエ先生。
そんな彼女に、老人はひとつのプレゼントを渡した。
その小箱の中身が何なのかは分からない。
「これからの旅に役立つじゃろう。詳しいことはまた明日にでも」
そんな2人のやり取りを見届けて、シルフィが口を開く。
「……それで、私たちには何を用意してくれているんだい? ルドルフ」
「オークの国への足を。あっちに入ってからのことはツテがあるんじゃろ?」
「流石だ、そこまで察してくれているとは」
こうしてルドルフとシルフィを見ていると2人が戦友なのだと分かる。
わずかな会話で理解し合えるほどに深い関係なのだと。
「――さて、花火師たちにも礼を伝えなければな」
そう言ったルドルフさんが、花火師たちの席に向かう。
残るのは、俺たち4人。この先の旅を共にする仲間たち。
シルフィ、クロエ先生、リタ、そして俺だけだった。
「……いよいよだ。オークの国は過酷だぞ。
復権派のこともある。旅を降りるというのならば止めはしない」
ワインを飲んでも顔1つ赤くしないシルフィが問い直す。
この先の旅、本当についてくる覚悟はあるかと。
「――そろそろ兄も追いついてくるでしょう。
仮に来なくても、旅の果ては機械帝国であることに変わりはない」
クロエ先生に迷いはなかった。
ウォーレス少佐は今、何をしているのだろうか。
まだアディンギルで足止めされているのか、それとも。
「――お、決意表明しなきゃダメか? シルフィ」
「いや、お前は良いよ。心変わりしてないんだろう?」
「もちろん。前に話した通りさ」
そう言いながら自分のグラスに注いだスパークリングワインを飲むリタ。
本当に酒好きなんだな、こいつ。
「……それで、ジョン」
「俺も行く。どうせ当てもないし、何よりアンタへの恩を返したい」
こちらの言葉を聞いたシルフィが優しく微笑む。
――そうして祝宴は過ぎていった。
金剛花火を打ち上げるという大きな仕事、それも過ぎ去り。旅立ちの朝。
「よう、また会ったな。エルフの嬢ちゃんたち」
「ふふっ、ルドルフが用意した足というのはお前だったか。チャリオ」
「まぁ、馬車で砂漠は越えられねえから最寄りまでだけどな」
元々の借りがあるから安くしておいたんだぜ?と笑うチャリオ。
つくづく、こいつとも縁がある。
それに未だにシルフィが最初に渡した5倍の金貨を借りと言ってくれるとは。
「アンタが新しい仲間か。魔導甲冑の母、リタ・ローゼン・シュミットハンマー」
「私を知っているんだね? 殊勝な奴だ」
「まぁ、ここら辺でも仕事しているからな。チャリオだ、よろしく」
リタとチャリオがあいさつを交わす。
そして、旅立つ俺たちを見送るために鍛冶師連合のドワーフたちが並ぶ。
先頭にはルドルフの姿。
「懐かしいのぉ、シルフィ」
「……ええ、500年前のことを思い出す」
「ワシは見送る側になってしまったが、武運を祈っておる」
2人が視線を交わす。
「リタ……」
「貴方の代わりとは行きませんが、必ずシルフィの力に」
「ふふ、お前の力は既に全盛期のワシを超えておる。油断だけはするでないぞ」
祖父と孫娘が会話を交わす。
見送りには、リタのご両親もいて、俺は普通の家族というものを初めて見た。
「ルドルフさん。これからもお元気で」
「うむ、此度の戦いの結果くらいは聞き届けたい。
クロエ先生、ワシの贈り物を役立てておくれ」
彼らの会話を見つめながら、アウルの姿がないかを探してしまう。
あいつのことだ。どこかから見ているんじゃないかと。
「――ジョン」
「ルドルフさん……」
「頼むぞ、シルフィのこと、先生のこと、リタのこと」
500年前の戦友、自分を見てくれた医者、そして愛する孫娘。
彼から向けられる言葉は何よりも重たかった。
「ああ、必ず。と言ってもみんな俺より強いけどな」
「ふふっ、それでもじゃ。そしてお前も生き残れよ、ジョン」
ルドルフさんの瞳を見つめ返す。
そして、強く頷いた。
「みんな乗ったな? それじゃあ、出発だ」
チャリオが馬車の中に声をかける。
こうして馬車に乗って移動することを、酷く久しぶりだと思う。
シルフィの魔導甲冑を受け取るために立ち寄ったドワーフの国だったが、予想以上に長い時間を過ごした。金剛花火の打ち上げ、黄金竜アウルとの出会いに、ルドルフの悲願。
とても一言で表すことはできない。だが、多くの経験を積んだように思う。
戦うこと、任務を果たすための知識と能力しか与えられていない俺だが、それ以外の経験ができたように。
「――どうだった? 私の故郷は。ドラッヘンベルクは」
「ああ、本当に良い場所だった。ありがとうな、リタ。
俺のこと、金剛花火の作業に呼んでくれて」
こちらの言葉に首を横に振るリタ。
「言っただろう? お前のような奴が欲しかったって。
また関係は変わるが、改めて、よろしく頼む。ジョン――」




