表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/128

「どうだった? 私の故郷は。ドラッヘンベルクは」

「――加速思考、脳の機能をそこまで拡張するのか。

 ナノマシンだけで。一切の神秘に頼らずして」


 俺の言葉を聞いたアウルは驚いていたように見えた。

 悠久の時を生きる彼の知識をもってしても“あり得ない”技術だと。


「ジョン、もしもお前が最後までシルフィと旅を共にするのなら、」

「する。必ず。俺は最後まであの人の力になる」

「――なるほど。分かったよ。だが、そうならばその先に出会うだろう」


 自らの言葉を遮られたというのにアウルは怒らなかった。

 それどころか、シルフィの力になると宣言した俺を喜んでいるように見えた。


「機械皇帝に、そして自らの過去に。

 その過去に何があろうとも、自分を見失うな、ジョン」


 “命ある者は、自らの生き方を選ぶことができる。

  始まりがどうかじゃない。今の生き方を選び取れるんだ”


 ――そんな彼の言葉が深く胸に突き刺さった。

 正直なところ、彼が推測する俺の過去について聞きたいところでもあった。

 でも、聞くのも怖くて尻込みしている間に――


「ジョン、こいつを持っていけ。

 あいつらは祝杯を上げているのだろう? 遅れた詫びに使え」


 そう言って彼が渡してくれたのは酒の瓶だった。


「これは?」

「炭酸を残したワインだ。シュワシュワするぞ」


 変わった飲み物だなと思っていたところに、遠くから声が響いてくる。


「ジョン~! どこだ~? お前がいないと酒盛りが始められないだろ~」


 俺を探すリタの声、それが聞こえた時にはアウルは姿を消していた。

 ……全くもってやること成すこと謎めいた男だ。流石は竜というべきか。


「お、いたな? ジョン。何やってたんだ、こんなところで」


 ビールが半分くらい入った大きなジョッキを片手に、リタが飛び掛かってくる。

 いつぞやの時のように、彼女の身体を抱えなければ共倒れだった。


「そっちこそ始めているじゃないか。酒盛り」

「違う違う、こんなのは食前酒さ。お、何か持ってるな?

 ほう~、スパークリングワインか。良い酒だ」


 顔を真っ赤にしておいてよく言うものだ。

 体温だっていつもより上がっている。


「久しぶりの酒は効いているようだな?」

「うむ。やはり良いものだ。さぁ、ジョン、一緒に飲もうじゃないか」


 そう言って自分が持っているジョッキを、こちらの口元に寄せてくるリタ。

 こっちが抱えてやっているからと言って好き放題だな、この酔っ払い。


「良いよ、それはリタのだろう」

「私の酒が飲めないのか? ジョン」


 あからさまに落ち込んだ素振りを見せるリタ。

 ……何か悪いことをしてしまった気分になって、彼女の酒に口をつけた。


「ビールって苦いだけでよく分からないんだよな」

「ふふ、お子様だな。ジョン。舌まで記憶喪失かね?」


 そう言って自分の舌を出すリタが、少しかわいくて笑ってしまう。

 舌を引っこ抜いてやろうか。こいつ。


「――あ、戻ってきたんですね。ジョンさん」

「クロエ先生……来ていたんですね」

「ええ、ルドルフさんへの診療も終わりましたし」


 祝宴会の場にいたクロエ先生が、にこやかに微笑む。

 そして、シルフィの姿も見つけた。

 花火師の長を相手に、今年の花火は良かったと話しているのが分かる。


「美しい花火でした。金剛花火、確かに打ち上げる価値のあるものだと」

「ははっ、分かってくれるかぁ~、先生」


 酔っ払いが俺からクロエ先生に飛び移る。

 リタの身体を支えられるクロエ先生もかなり身体能力が高い。


「――今はへべれけですが、本当に心配されていたんですよ、リタさん」


 ビールを飲み干し、うとうととしているリタの背を撫でるクロエ先生。

 まるでお母さんだな。

 いや、実際には腕の中にいるドワーフの方がずっと年上なんだが。


「少し金色の男に絡まれていてな。詫びとしてこれをもってけって」

「あら、珍しいワインですね」

「――アウルと遊んでいたのか? ジョン」


 グラスを持ってきたシルフィがこちらに話しかける。

 やはり、分かるものか。金色の男と言えば。


「突然に絡まれてな。あいつ竜人だけじゃなくて人間の姿もあったのか」

「うむ。あの姿で色々と遊んでいるはずだ。

 しかし、来ているとは思ったが、お前から目を離していたのは失敗だったな」


 シルフィが用意してくれたグラスでスパークリングワインを口に運ぶ。

 シュワシュワと弾ける香り高いお酒。

 ふむ、確かにこれは良いものだ。ほのかに香る葡萄が心地いい。


「――アウルが来ているって分かってたのか?」

「あいつのことだ。金剛花火、必ず見届けたがるだろうと。

 だが、お前に仕掛けてくるとは。頭が回らんかった」


 少し悔しそうに笑うシルフィ。


「それで、あいつは何か言っていたか?」

「……俺の過去に何があっても自分を見失うな、今を選べるのが命ある者だと」

「なるほど、あいつらしいな……私も同じ気持ちだよ、ジョン」


 ――俺の過去に何があろうとも、今の自分を見失うな。

 シルフィがそう言ってくれているように感じた。


「なぁ、ルドルフ。お前に会いに来ていたんだろう? アウルは」

「……やれやれ、開口一番にそれかね、シルフィ。

 答えを教えてやろう。正解じゃ」


 特等席に消えていたルドルフさんが、いつの間にか戻ってきていた。

 そして、シルフィはいきなり彼にそんな質問を投げたのだ。


「アウルと見ていたんだね、祖父ちゃん」

「そうじゃよ」

「……あいつはどうだって? 花火のこと」


 いきなり目を覚ましたリタがルドルフに質問を投げている。

 こうして2人を見ていると、本当に仲のいい祖父と孫娘だな。

 魔宝石を加工していた時は、もう少しピリッとしていたように思う。


「美しいものじゃと」

「……満足していたんだね、アウルは」

「うむ。あいつがあれほど素直に讃えてくれるとは思っていなかったよ」


 ルドルフさんの回答を聞いたリタが、笑い出し、俺のワインを飲みだす。

 ……他人が右手に持っていた酒を飲むか? 普通。


「まだあるんだからグラスくらい用意しろよ、リタ」

「悪い悪い、これ、アウルからの酒なんだろう? 今すぐ飲みたくてね」

「ったく、別に俺は良いけど……」


 俺たちのやり取りを見て笑うルドルフさん。


「ジョン、リタ、シルフィ。お主らには礼を用意しておる。

 そしてクロエ先生。本当にありがとう、今日まで診てくれたこと。

 心の底から感謝申し上げる――」


 杖を使う不自由な身体で、深々とお辞儀をするルドルフさん。


「……いえ、無事に今日を迎えられて本当に良かったです。

 全てはルドルフさん自身の力ですよ」


 ルドルフさんからの感謝を受け止めるクロエ先生。

 そんな彼女に、老人はひとつのプレゼントを渡した。

 その小箱の中身が何なのかは分からない。


「これからの旅に役立つじゃろう。詳しいことはまた明日にでも」


 そんな2人のやり取りを見届けて、シルフィが口を開く。


「……それで、私たちには何を用意してくれているんだい? ルドルフ」

「オークの国への足を。あっちに入ってからのことはツテがあるんじゃろ?」

「流石だ、そこまで察してくれているとは」


 こうしてルドルフとシルフィを見ていると2人が戦友なのだと分かる。

 わずかな会話で理解し合えるほどに深い関係なのだと。


「――さて、花火師たちにも礼を伝えなければな」


 そう言ったルドルフさんが、花火師たちの席に向かう。

 残るのは、俺たち4人。この先の旅を共にする仲間たち。

 シルフィ、クロエ先生、リタ、そして俺だけだった。


「……いよいよだ。オークの国は過酷だぞ。

 復権派のこともある。旅を降りるというのならば止めはしない」


 ワインを飲んでも顔1つ赤くしないシルフィが問い直す。

 この先の旅、本当についてくる覚悟はあるかと。


「――そろそろ兄も追いついてくるでしょう。

 仮に来なくても、旅の果ては機械帝国であることに変わりはない」


 クロエ先生に迷いはなかった。

 ウォーレス少佐は今、何をしているのだろうか。

 まだアディンギルで足止めされているのか、それとも。


「――お、決意表明しなきゃダメか? シルフィ」

「いや、お前は良いよ。心変わりしてないんだろう?」

「もちろん。前に話した通りさ」


 そう言いながら自分のグラスに注いだスパークリングワインを飲むリタ。

 本当に酒好きなんだな、こいつ。


「……それで、ジョン」

「俺も行く。どうせ当てもないし、何よりアンタへの恩を返したい」


 こちらの言葉を聞いたシルフィが優しく微笑む。

 ――そうして祝宴は過ぎていった。

 金剛花火を打ち上げるという大きな仕事、それも過ぎ去り。旅立ちの朝。


「よう、また会ったな。エルフの嬢ちゃんたち」

「ふふっ、ルドルフが用意した足というのはお前だったか。チャリオ」

「まぁ、馬車で砂漠は越えられねえから最寄りまでだけどな」


 元々の借りがあるから安くしておいたんだぜ?と笑うチャリオ。

 つくづく、こいつとも縁がある。

 それに未だにシルフィが最初に渡した5倍の金貨を借りと言ってくれるとは。


「アンタが新しい仲間か。魔導甲冑の母、リタ・ローゼン・シュミットハンマー」

「私を知っているんだね? 殊勝な奴だ」

「まぁ、ここら辺でも仕事しているからな。チャリオだ、よろしく」


 リタとチャリオがあいさつを交わす。

 そして、旅立つ俺たちを見送るために鍛冶師連合のドワーフたちが並ぶ。

 先頭にはルドルフの姿。


「懐かしいのぉ、シルフィ」

「……ええ、500年前のことを思い出す」

「ワシは見送る側になってしまったが、武運を祈っておる」


 2人が視線を交わす。


「リタ……」

「貴方の代わりとは行きませんが、必ずシルフィの力に」

「ふふ、お前の力は既に全盛期のワシを超えておる。油断だけはするでないぞ」


 祖父と孫娘が会話を交わす。

 見送りには、リタのご両親もいて、俺は普通の家族というものを初めて見た。


「ルドルフさん。これからもお元気で」

「うむ、此度の戦いの結果くらいは聞き届けたい。

 クロエ先生、ワシの贈り物を役立てておくれ」


 彼らの会話を見つめながら、アウルの姿がないかを探してしまう。

 あいつのことだ。どこかから見ているんじゃないかと。


「――ジョン」

「ルドルフさん……」

「頼むぞ、シルフィのこと、先生のこと、リタのこと」


 500年前の戦友、自分を見てくれた医者、そして愛する孫娘。

 彼から向けられる言葉は何よりも重たかった。


「ああ、必ず。と言ってもみんな俺より強いけどな」

「ふふっ、それでもじゃ。そしてお前も生き残れよ、ジョン」


 ルドルフさんの瞳を見つめ返す。

 そして、強く頷いた。


「みんな乗ったな? それじゃあ、出発だ」


 チャリオが馬車の中に声をかける。

 こうして馬車に乗って移動することを、酷く久しぶりだと思う。


 シルフィの魔導甲冑を受け取るために立ち寄ったドワーフの国だったが、予想以上に長い時間を過ごした。金剛花火の打ち上げ、黄金竜アウルとの出会いに、ルドルフの悲願。


 とても一言で表すことはできない。だが、多くの経験を積んだように思う。

 戦うこと、任務を果たすための知識と能力しか与えられていない俺だが、それ以外の経験ができたように。


「――どうだった? 私の故郷は。ドラッヘンベルクは」

「ああ、本当に良い場所だった。ありがとうな、リタ。

 俺のこと、金剛花火の作業に呼んでくれて」


 こちらの言葉に首を横に振るリタ。


「言っただろう? お前のような奴が欲しかったって。

 また関係は変わるが、改めて、よろしく頼む。ジョン――」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=403406111&s
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ