「確かにワシらの始まりは、あの魔王との戦いが全てじゃった」
「……悪かったのぉ、シルフィ。お前の勇者を借りてしまって」
ジョンとリタがアウルに勝利してから数日。
私は、本当に久しぶりに戦友ルドルフと2人きりになっていた。
――こうして老いた戦友を見つめるのは、本当に久しぶりだ。
「自分の孫娘に、随分と無茶をさせるじゃないか。ルドルフ」
「……本来ならワシが行けばいいんじゃろうが、ご覧の通りでな」
杖を使いながら、私の向かいに座るルドルフ。
……前、この店に来た時にはもっと元気だったのに。
時間の流れと言うのは本当に残酷なものだ。何度経験しても慣れることはない。
「アウルの洞窟に行くだけでも無茶ということか」
「そうじゃ。まぁ、リタはアウルに気に入られておるし、大丈夫だろうとも」
「確かにあいつ好みの子だとは思うよ」
黄金竜は、短き命を繋ぐ者たちが残す歴史を愛している。
だからリタのような女はかなり好みだろう。
魔導甲冑を対価に指定したのも、実にあいつらしい価値観だ。
「――酒はやめたのか? ルドルフ」
「ああ、クロエ先生に言われていてのぉ。金剛花火を見届けるまでは死ねん」
「そうか……じゃあ、若い日の貴方に代わって」
酒場で注文したワインと紅茶でグラスをぶつけ合う。
……当時は、あんなに頼もしく見えた男が、今では見る影もない。
家族が、エルフ以外の種族に入れ込むなと言っていた理由が、分かってしまう。
「正直、お主が羨ましいよ、シルフィ。老いることのないその身体が。
いいや、少し無責任じゃったな。老いぬということは終わらぬということ。
生きる喜びは尽きぬが、生きる苦しみもまた終わらぬ」
紅茶の入ったグラスが揺れる。
「貴方は、受け入れられているのですか。自らの死を、絶対的な老いを」
少し、昔の話し方が出てしまった。
私がまだ14歳の頃、彼と話していた時の口調が。
「――できることならば、永遠にこの世界を見ていたい。
息子の、孫の、行く末を見届けたいと思う。
それにシルフィ、お主に、残る全てを押し付けていくのは……」
そう、彼が私の頭を撫でる。まるで私が幼かったあの日のように。
「すまぬ、シルフィ……本当なら、ワシがついて行かなければならぬというのに」
「――いや、私の方こそ、貴方の孫娘を借りることになります」
私の言葉に、ルドルフは静かに頷いた。
「ワシがあと20歳も若ければ、絶対に許さなかったことだ。
じゃが、それでも、今のワシでは認めるしかない。
そういう諦めが先に出てくる。老いとは、そういうものじゃ」
彼との歳の差は5つ程度だ。5歳年上なのがルドルフ。
500年以上生きてきた私たちにとって、そんな差は誤差に等しい。
それでも、彼の語る老いへの感覚だけは私が味わっていないもの。
「じゃがな、シルフィ。悪いことばかりでもない。
……生きている限りは、完全な満足などないものじゃ。
でも、それでも良き人生じゃったと、ワシは言える」
そう呟く彼の表情が、彼の言葉を強固なものにしていた。
諦めだけではない満足を感じているのだと分かった。
「……ワシには家族がいる。技術を伝えた弟子たちも。
彼らが生きていくのならば、それだけでワシの人生に意味があったと思える。
そして、そこにいつまでもワシがいるのは間違いじゃ」
短い命を繋ぐ者。まさにアウルが表現した通りの生き様か。
「だから、貴方は人生に満足していると」
「うむ。最後に、あの始まりの輝きを、金剛花火を遺せるのならば釣りがくる」
――ルドルフ・シュタール・シュミットハンマーが見た、始まりの輝き。
多くのドワーフを救い、当時の騎士団を死へと誘った花火。
幼かった私も話には聞いている。何より彼自身から何度も聞かされた。
「……私たちの人生は、あの魔王との戦いのためだけに始まった」
「ああ、お主はエルフの巫女、ワシは魔王に奪われた父の復讐のために」
魔王を倒すこと、それが生まれた時から運命づけられていた私の役割だった。
エルフの神がそうしたのだと、神託を聞いた神官は言っていた。
そしてルドルフもまた、魔王に人生を狂わされた男だった。
私たちの人生の始まりに、あの男の存在は欠くことができない。
「ジョージが命を賭したと知った時には、生きていた自分を情けないと思った。
彼に全てを負わせた自分のことを。今でも、その思いがないわけではない。
じゃが、それでも、生きていて良かったと心からそう思っておる」
――ルドルフの言葉が、胸に刺さる。
私は、ジョージに助けられた。本当なら、私が死ぬべきだったのに。
そのことを後悔し続けてきたんだ。
「なぁ、シルフィよ。
確かにワシらの始まりは、あの魔王との戦いが全てじゃった。
だが、この500年、そうでないものにも多く触れてきたはずだ。違うか?」
……彼の言葉に頷くしかない。
あの日、ジョージを身代わりにしたこと、私は悔やみ続けている。
それでも、それなのに、確かに私は、心のどこかで生きていて良かったと思ってしまっているんだ。そんなこと、許されないと分かっているのに。
「――シルフィ。お主が機械皇帝と決着をつける必要はないのではないか?」
「っ、いや、あいつとの決着は私がつけなきゃいけないんだ。私の義務なんだよ」
自分の声が震えていることに、自分で驚いてしまう。
……ああ、ダメだな。
幼い時間を共にした相手の前では、あの頃に戻ってしまう。
「お主がそう思うのも分かる。
リタがあれを放置していてはいけないと言った理由も。
たしかに機械皇帝は、魔王と同等、いや、それ以上の脅威になるだろう」
……リタが私に協力したいと言ってきたとき、あいつは魔族化の魔法、他者を支配し隷属させる魔王の力と機械皇帝の洗脳が同質の悪だと言った。正直なところ、あの子があれほど的確に本質を見抜いていたとは驚いた。
でも、それだけじゃない。私が、あいつを止めなければいけない理由は。
それは、名誉とか誇りとか、そういう理由じゃない。
「しかしな、シルフィ。お前が戦う理由がどこにあるのだ?
元来、エルフとは中立を貫く者たちではないか。
お主が巫女に選ばれたのも、魔王がエルフの国にまで侵略の手を広げたからだ」
――そうだ。
それが分かっているから、機械帝国はエルフの国にだけは手を出さない。
そして全てを手に入れてからゆっくりと攻め落とすだろう。エルフの国をも。
「私に、アウルのように生きろと」
「そうじゃ。誰もお主を責めはしない。エルフは終わりの見えぬ生を生きる者。
社会悪の全てを排除して回っていたら、お主自身が持たぬぞ、シルフィ」
ルドルフの言葉に、首を横に振る。
「……これは、私が始めたことだから。
本当ならもっと早く、芽を摘んでおくべきだったのに」
社会のため、正義のため、リタの言うような命を繋ぐ者としての責任じゃない。
もっと個人的で、どうしようもないところから責任を負っているんだ、私は。
「……そうか。心は変わらぬようだな。
ワシは、あの若い男と適当に旅でもしていればいいと思うのじゃが」
「茶化さないで、ルドルフ。あいつのことは、守ってあげないといけないの」
――勇者というコードネームを与えられた記憶喪失の青年。
どこかジョージに似た容姿、兵士として最適に鍛えられた身体。
明らかに普通の洗脳じゃない。もっと違う何かをされている。
「君が芽を摘まなかったから?」
「……うん、それもある。私は彼の未来を奪ってしまったのかもしれない」
私の言葉を聞いて静かに微笑むルドルフ。
「若いな。君はまだ若いままじゃ、シルフィ」
「……老いていたら、諦めていると?」
「きっとな。あるいは、自由にならぬ身体を掻き毟っているかもしれぬが」
どうなんだろうか。もし、私の身体が老いていたのなら、自分に何をする力も残されていなかったのなら。それでも私は戦おうと思っていたんだろうか。
「でも、私はアウルのような、祖国のような、傍観者にはなれない。
……敵が、あいつじゃなかったら、静観していたかもしれないけれど」
こちらの言葉を聞いて、諦めたように笑うルドルフ。
「相変わらず強情なお嬢さんだ。まぁ、よい。
祭りまでは、ここに居てもらうぞ? リタを出発させるには早い。
ワシの最期の花火、見届けてもらうからな――」




