「――“金剛花火”じゃ。500年前に見た輝き。あれのことが忘れられん」
「……すまんのぉ、お医者様。わざわざ時間を取らせてしまって」
ひと通りの診察を終えた。
おそらく意味はないのだろうと分かっていたけれど神官としての力も使った。
私ができる限りの方法で、今、行われていない治療法を探そうとした。
「いえ、お役に立てず申し訳ありません」
それでも、見つからなかった。
老いという絶対的な病を治療する方法は。
「いいや、分かっていたことじゃ。すまんな、うちの者が無理を言って」
鍛冶師連合の人に頼まれて、この人を診察した。
今、ドワーフの医者によって行われている治療も確認して。
……自分で思っていた以上に、異種族の身体でも構造は分かった。
だからこそ理解できた。老衰に対して打てる手立ては本当に少ないと。
彼に、ルドルフ・シュタール・シュミットハンマーに、私は何もできない。
今、行われている以上の治療はない。
「いえ、貴方のような偉大な方を診られて光栄でした」
「……ふふ、そうか。よく勉強されているようじゃな、お客人」
「勉強をしていなくても知っていますよ、とは言えませんね。私の世代だと」
ルドルフ・シュタール・シュミットハンマー。
その名前を聞けば分かる。
500年前の魔王討伐、それに参加したシルフィさんの戦友なのだ、彼は。
「簡単で悪いが、どうじゃね? 一杯」
「……甘いものは身体に悪いですよ、ルドルフさん」
「ふふっ、良いんじゃよ。この世への未練はない」
確かにいつ終わるとも知れぬ命だ。
果実のジュースくらい飲んでも良いか。
「……そう言われてしまうと医者としては何も」
答えながら渡された葡萄のジュースに口をつける。
芳醇な香りが鼻から吹き抜けていって、とても美味しい。
「ふふっ、うまいじゃろう? あの世にこれを持っていけないのが口惜しい」
彼の言葉に頷く。
……戦場にいた時、病院にいた時から苦手だった。
自分が癒すことのできない相手、死に行く人に、何を語れば良いのか。
分からないんだ、ずっと。その答えが。
「クロエ先生、未練はないと言ったんじゃが、間違いだ。
1つだけ未練がある――」
「いったいなんなんです? ルドルフさんの未練って」
天寿を全うする。それを前にして残る未練。
聞かなければ、私には想像もつかない。
「――“金剛花火”じゃ。500年前に見た輝き。あれのことが忘れられん」
そこから聞いた彼の話は強烈だった。
金剛花火というのは、魔力の籠った宝石を打ち上げる花火のことらしい。
大地が蓄えた特殊な力を誘爆させる輝きは、本当に美しいのだと。
「ワシがあれを見たのは、10歳にもなっていない頃じゃった。
故郷が魔王軍に攻め入られ、ドラッヘンへの撤退を行っていたあの日」
――人々を逃がすために殿を務めたドワーフ騎士団。
彼らが敢えて打ち上げたのが“金剛花火”だった。
その輝きに魔王軍は惹きつけられ、騎士団は見事にその任務を全うした。
「……無論、彼らの中に生きて、ここに辿り着いた者はいなかった。
あの輝きはワシらを生かすための輝きであり、同時に死に行く彼らへの餞別。
幼い日の自分は、あれをただ美しいと感じておったが――」
美しいの一言で済ませてはいけないと思い知ったのは、後のことになる。
ルドルフさんはそう続けた。
……人々を生かし、自分たちを殺す光。強烈な金剛花火。
「あれを造る技術はもう書物にしか残っておらん。
当時の技師は、技師であると同時に戦士だったそうじゃ。
だからな、ワシはあれを復活させたい。人生の締めくくりに、もう一度」
……500年前、あの輝きを見たのは恐らく自分が最後のはずだ。
だから、もう一度、打ち上げなければいけない。あの輝きを。
「そして今の若者たちが、きっとまた求めるじゃろう。あの強烈な輝きをな」
「……それが技術の伝承になると」
「うむ。魔力を宿す宝石は希少じゃ、おいそれと使えるものではない」
しかし、あれの扱い方には鉱石の使い方、火薬の使い方、魔力の使い方、全てが詰まっている。あの技術を継承することは全てに繋がる。彼はそう語った。
――彼の瞳に、私は技術に誇りを持つ者の輝きを見た。
「打ち上げる見込みは、あるのですか?」
「……さて、どうじゃろうな。宝石さえあれば、花火を打ち上げる機会はある」
ちょうど祭りの時期で、2週間後らしい。
そこに間に合えば、花火は打ち上げられる。
しかし、今は肝心の宝石がないと。
「見込みはあるのですか? 宝石が手に入る見込みは」
「……孫娘が、なんとかしてくれると言っておる。
まぁ、どうなるかは分からんがの」
ルドルフさんの孫娘、リタ・ローゼン・シュミットハンマーか。
シルフィが魔導甲冑を注文した相手、魔導甲冑の母。
「リタさんはどうするつもりで?」
「黄金竜に会いに行くと。奴の宝物庫から見繕ってくると言っておったわ」
「……無茶なんじゃないですか?」
黄金竜というのがどういう存在なのかを詳しく知っている訳ではない。
ドワーフと一応の共存関係は築いているとの話は聞いたことはある。
しかし、そこまで友好的とまでは……。
「どうじゃろうな。まぁ、アウルの奴は嫌がるじゃろうが」
「……見込みがあると思っているんですね?」
「ふふ、そういうことじゃ。だから、もう少し生きなければならん。少しだけ」
そう語る彼の瞳に、強い意志を感じた。
私はそれを、応援したいと思った。
「――できる限りの力添えをいたしましょう。
摂理は曲げられませんが、僅かに引き延ばすことなら、あるいは」




