「危ないぞ、ご客人。あまり淵を歩いていると」
「――危ないぞ、ご客人。あまり淵を歩いていると」
ドワーフの首都、ドラッヘンベルク。
その外れ、山の外が近い場所で、俺は狼に襲われていた。
ここでは山犬と呼ばれているようだが、狼と呼んだ方が適切だろう。
「恩に着るよ。アンタが助けてくれなきゃヤバかった」
「ほう? その割には腰に降ろした銃を抜いていないようだが――」
鈍色の甲冑に身を包んだドワーフの戦士が、そう問いかけてくる。
背丈こそ俺の半分程度だが、なるほど。よく見ている男だ。
顔まで完全に隠した甲冑では視界も悪いだろうに。
「……アンタが助けてくれるって分かっていたからな」
「ふん、随分と恐れ知らずな男だ。帝国人は皆そうなのか?」
兜に篭った声、見えぬ表情。
それでも彼は笑っているように見える。
俺たちはたった今、完全に狼の群れに囲まれたというのに。
「そういうアンタはどうなんだ? 他人を助けるため、こんな死地に飛び込んで」
「死地? そう呼ぶにはヌルすぎるよ、ここは私の実験場だ」
口にして、俺よりも前に出る甲冑のドワーフ。
狼の群れは、迷わず彼に飛び掛かっていく。
そして、それを待ち望んでいたように男は呟いた。
「――目覚めろ“虚肢剛腕”」
男の言葉に呼応するかのように、甲冑に黄金の輝きが宿る。
……それが魔力の輝きであることは理解できた。
これが、魔導甲冑。シルフィが求めるもの。
「起動実験、完了。これより実戦運用を開始する――」
鈍色が黄金へと変わった甲冑。しかし、本領はそこではない。
この魔導甲冑の真価は、直後に現れたのだ。
背から生えてきた巨大な2本の腕。魔力で動いているのか、あれは。
「その拳銃を使う必要はないよ、ご客人」
笑った甲冑が、巨大な腕で狼たちをねじ伏せていく。
本人は両腕を組んで余裕そうな表情だ。顔は見えないけれど。
……これが魔導甲冑、帝国を苦戦させた兵器なのか。
「“虚肢剛腕”か……」
――俺が、こんなことに巻き込まれたのには理由がある。
まず、山を越えて進んだ先の山、ドラッヘンベルクに着いたのは良い。
大きくくり抜かれた道を通って山の中に入った時の感動は今でも感じている。
『どうして山の、土の中なのにこんなに明るいんだ?』
洞窟を通った後、陽の光を感じた時には驚いたものだ。
てっきり薄暗い場所だとばかり思っていた。
あるいは、帝国のように夜の光が満ちる場所だと。
『ここは山頂に穴が開いていてな。太陽光を取り込む作りになっている。
そして上をよく見てみろ。シャンデリアみたいなのが、いくつかあるだろう?
あれが取り込んだ太陽光を都市全体にいきわたるように反射しているのさ』
“あんな精巧な加工物、ドワーフにしか作れんよ”
そう語るシルフィが本当に嬉しそうだった。
エルフはドワーフと仲が悪いと言うが、どうも彼女には関係ないらしい。
『――なに、リタがいないだと? 間が悪かったか』
『どうされます? 現物をお渡しすることはできますよ、預かっていますし』
『ふむ、支払いだけでも済ませておこうか。鍛冶師連合に払えばいいのだろう?』
そんな感じでシルフィは、自分が注文した魔導甲冑の購入手続きを始めてしまい、クロエ先生と2人で待つことになるかと思ったのだが……。
『そのお姿、ひょっとして神官様ですか? お医者様の、神官様?』
『はい、そうですが……』
『診ていただきたい方がいるのです!』
“ドワーフの方を診れるかどうかは……”と自信なさげだったクロエ先生。
しかし、彼女も連れていかれてしまった。
『大丈夫なのか? シルフィ』
『まぁな、ここには知り合いばかりだ。危険はないよ。
しかしお前を待たせてしまうな、ジョン』
そう言って少し悩ましげな声を出したシルフィは俺に小銭を握らせた。
『ちょっとこれで遊んで来い。ドラッヘンを見て回りたいだろう?』
完全に見抜かれていた。この都市に入った時のワクワクを。
しかし、どうなんだ、これは。
シルフィにお小遣いをもらって時間を潰してくるって、俺は子供か?
『いや、その……』
『なんだ? 遠慮しているのか?』
『……だって、なんか、まるで俺が子供みたいじゃないか』
『私からすれば人間などみな子供のようなものさ』
そりゃ500年も生きていればそう思うだろうが。
『それに、私はお前を護衛として雇ったがまだ給金も渡していない。
もちろん後でしっかりと渡すが、前金だと思ってくれ』
シルフィに強引に小銭を掴まされ、ドラッヘンベルクの街に出ることになった。
適当にぶらついて飽きたら帰ってこいと。
いざとなったらシルフィから思考通信を送ると。
『よう、帝国の兄ちゃん。珍しいね、こんなところまで』
『やっぱり、普通は来ないのか? ここまでは』
『そもそも人間さんが来るのが珍しいからね、機械帝国の人は特にさ』
山の中だというのに太陽光が照らす都市・ドラッヘンブルク。
景色を眺めるだけで美しいそこを歩く俺は、さぞ目立っていたことだろう。
そもそも俺以外に人間を見ない上に、機械帝国は明確な敵国だったのだ。
『――買ってくかい? シュネーバル』
気さくなドワーフのおじさんに勧められて買ったお菓子。
それがシュネーバルだった。何か粉もので出来た麺を揚げた菓子だ。
まぶされた砂糖が甘く、サクサクとした食感が美味しかった。
『……山犬注意?』
とりあえず当てもなく、方向を変えずに進んだ先。
ドラッヘンの端、そんな看板が立っているのが見えた。
そして、狼の遠吠えが聞こえ、同時に理解したんだ。
『……こういう注意はもっと前に置いておいてくれねえかなぁ』
この遠吠えは遠くではない。既に俺は狼に近づかれているのだと。
――加速思考を発動し、まず吠えた声から方向を割り出した。
そして、山肌に紛れた狼の姿を捉え、同時に甲冑を着た男が助けてくれようとしているのが見えた。
『――危ないぞ、ご客人。あまり淵を歩いていると』




