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「つまらんイデオロギーで羊が群れるから、内に入った狼に気づかない」

 ――シルフィが言った通り、外は大惨事だった。

 教会病院占拠に関わらなかった反帝国派も、魔族へと堕ちたのだ。

 だから街中で怪物たちが暴れ出し、皇国軍がその対応に追われている。


「状況は最悪だな……」

「加勢しようなんて思うなよ? 剣聖に捕まるぞ」

「……む、まぁ、皇国軍が対応しているのなら大丈夫だろうしな」


 敵は点在していてだいぶ混乱しているように見える。

 しかし、皇国軍も相当数が投入されて安全圏が形成されつつある。


「そうだ、この隙に逃げる。神官さんにも付き合ってもらうぞ」

「構いませんよ。退職した私を縛るものはありません。自由の身です」


 燃える街を駆け抜けながら、走っていく。

 あの場にいる魔族連中を倒し終えたら剣聖部隊はすぐ追ってくるだろう。

 追いつかれるわけにはいかない。


「――よう、エルフの嬢ちゃんとツレの兄ちゃん。お急ぎかい?」

「っ! 乗せてくれるのか? チャリオ!」


 走っていた俺たちの前に現れたのは、馬車を引く御者。

 俺とシルフィが最初の街で出会った男だ。

 このアディンギルまでの旅の中でチャリオという名を教えてもらった。


「言っただろう? 5回は運んでやってもいい金額を貰ったと。

 さっさと乗りな、ここから出るんだろう?」


 チャリオに促されるままに馬車へと飛び乗る。

 3人も乗せてくれるなんてありがたい話だ。


「次の行き先はドワーフの国だったな?」

「そうだ。行けるところまでで良いぞ、チャリオ」

「なるほど、行けるところまでだな? 了解した――」


 “んー、戦時中を思い出すなぁ”と呟いたチャリオが馬車を走らせる。

 3人乗っても空きがある大きな馬車を引いているというのに、走りは軽快だ。


「……うむ、無事に離脱できそうだな」

「外もかなりの大惨事だったようですね」

「ああ。人間を魔族に変える魔術式なんて500年ぶりに見たよ」


 魔王の復権派。オースティンはそう名乗っていた。


「復権派のオークが、反帝国派に潜伏していたと。

 聞いてもまだ実感が沸かないんだが、あり得るのか? そういうことが」

「実際に聞いたのだろう? そして見たはずだ。反帝国派が魔族になるのを」


 シルフィの言葉に頷く。

 そうだ、自分で見たことだし、自分で聞いたことだ。

 でも、それを裏打ちする知識がない。常識や歴史というようなものが。


「――まぁ、お前の質問も分かるよ、ジョン。

 500年前の魔王も、人間の国と機械帝国の軋轢も知らないんだからな。

 現実味が薄いのだろう? だから実感が持てない」


 そういってシルフィが少し息を吸った。

 自分の覚えている経験を、取捨選択してくれているのが伝わってくる。

 何も知らない俺でも分かる形に、記憶を加工してくれているのだ。


「私たちが魔王を封印したという話は教えたな?」

「ああ、勇者と一緒にって話は」

「500年前の当時、オークの国は二つに分裂していた。親魔王派と反魔王派に」


 “反魔王派のオークは私たちの戦友だった”と付け加えるシルフィ。

 どんな国も集団も一枚岩ではないということか。


「そして魔王封印以後、親魔王派の生き残りは復活派ないし復権派を名乗るようになったのさ。流石に500年も経って鳴りを潜めたと思い込んでいたが、認識が甘かった。まさか魔族化の魔法を再構築しているとは思わなかった」


 魔族化の魔法、人間をオークでさえない怪物へと変えたあの魔法のことだろう。


「――歴代のオークの王に対して500年前の王が“魔王”と呼ばれている原因の魔法ですよね? シルフィーナさん」

「ふふっ、さすがお医者様は博学だね。そうだ、あの魔王は他人を魔族と変え隷属させることができた。それこそが奴が魔王と呼ばれた所以だ」


 ……他者を魔族に変え、隷属させる力。それが魔王の力だと。

 魔王復権派はその魔法を再構築した。今回の戦いはその実験場だった。


「なるほどな……全てはその実験のためだったと」

「恐らくそうだろう。調べれば他の企みが出てくるかもしれないけれどね」


 そう呟いたシルフィが深い溜め息を吐く。


「つまらんイデオロギーで羊が群れるから、内に入った狼に気づかない。

 これは私の予想だが、奴ら目的のために危うさを受け入れていただろう?」

「ああ。少なくとも1人、魔族になることを受け入れていた奴がいたぞ」


 マルロに頼むと言っていた男が。

 俺がいなければ、あいつは、いつ魔族に堕ちるつもりだったんだろう。

 そこまでして機械帝国の人間を皆殺しにしたかったのだろうか。


「……ジョン。これは私が友から聞いた言葉だが“目的は手段を正当化しない”。

 目的が正しければ、手段や方法が悪くても間違っていても問題ないというのは完全に誤りだ」


 シルフィの言葉が重く響いてくる。

 俺が今回戦った敵は、まさに彼女の言葉通りだったと。


「反帝国という主張が正しいからと、ワック社長を狙い、教会病院を占拠した。

 自らの主張に有利だからと、復権派の魔術師がもたらす利益を受け入れ、疑うことをしなかった」


 主張の是非ではない。取った行動の是非で既に非というわけか。


「主張が正しいから問題ないと、悪事に手を染め、危険を疑わなくなる。

 そうやって盲目になるから破滅するのさ。お前はそうなるなよ、ジョン」


 ……またしてもシルフィの言葉は重く響く。

 だが、それなら貴女はどう思っているんだろう。

 自らが機械皇帝を殺めようとしていることについて。


 それを正義と思っているのか、正義ではないと考えているのか――


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