「勝って生き残るんだ、この先に、お前だけは!」
――加速思考なんて、何の役にも立たない力だ。
いや、違う。
俺は結局、最後の最後まで加速思考を役立てることができなかった。
気づけたはずだ。守れたはずだ。シルフィのことを、俺は。
だというのに、また同じ失敗をしてしまった。
先生の時と同じ轍を、俺の力は先に気づかなかったら何の意味もないのに!
シルフィは言った。自分の魔法じゃ助からないと。
……確かにそうなのかもしれない。
先生が胸を刺された時よりもずっと深い傷だとは分かる。
でも、何か方法はないかって、俺に何かできないかって加速思考を解除することができない。このまま、時を進めたら、シルフィを失うのが分かっているから。
……嫌だ、嫌だよ、シルフィ。
貴女を失ってしまったら、俺の、俺の人生に何の意味があるって言うんだ。
貴女に助けられなかったら、永遠にあいつらの駒だった俺の人生に!
人間とも言えないような紛い物に、生きる価値をくれたのが貴女なんだ。
だから死なないでくれ、ここまでやったのに、やっと500年の因縁を終わらせたのに、こんなところで……!!
『時には思考を切り上げ、現実を受け入れることも必要だと教えたはずだ』
長時間の加速思考、それによる頭が灼けるような感覚。
その中で、あいつの言葉が反響してくる。
そうだ、最初の時にあの男が言っていた言葉、そして今、再び告げられた言葉。
――どうして、どうしてあいつが、ここに居るのか。
胸の中で憎悪が膨れ上がっていくのが分かる。
殺せ、殺せ、殺せ、あの男を、シルフィの仇を、今すぐに!
けれどこの憎悪に身を任せた瞬間、俺は永久にシルフィを失うことになる。
加速した思考の中で、時を止めることで、腕の中に留めた彼女を。
ああ、既に肌の感覚も失われつつある。永く止めすぎたから。
……自分の限界が迫っている。加速思考も永遠ではない。
この永久で、ずっと彼女と居たかった。もうそれしか救いがなかった。
そうだとしか思えない、答えを出せない自分が本当に情けない。
「――聞け、ジョン」
限界の果て、僅かに進めた時の中でシルフィが告げる。
そこまでを聞いて俺は、再び加速思考を発動してしまう。
引き延ばしたって意味はない。ただ少しでも長く彼女に触れていたくて。
「相手は議会だ、アガサを縛ったものだ」
――ああ、分かっている。あいつは俺と同じもの。
帝国議会が用意した俺のための。
「最後の最後まで、頼み事ばかりですまない」
良いんだ、良いんだよ、シルフィ。謝らないでくれって言ったじゃないか。
「だが、あいつを、倒してくれ」
そうか。やはり貴女もそれを望むか。ならば俺の最期の役割は――
「そして何より、生き延びろ。お前は生きて人生を全うしろ……」
っ、その言葉が何よりも胸に刺さる。
人生を全うしろなんて、貴女のいない人生を、どう生きれば良いんだ。
そう思いながら加速思考に縋ってしまう。
終わらせたくない、手放したくない、それだけだった。
でも、どんなことにも終わりは来る。
いくら脳の機能を拡張したところで永遠は造れない。
――加速思考がほどけた瞬間、シルフィの指先が、俺の頬に触れた。
柔らかくて温かな指先が。
そして、そこから魔力が流れ込んでくるのが分かる。
っ、どうして自分の傷を治さないんだ!
そう、叫ぼうとして、できなかった。
彼女の最期の決断を、邪魔することなんてできなくて。
「――勝て。勝って生き残るんだ、この先に、お前だけは!」
それが、最期の言葉だった。
指先から抜けていく力が、彼女の死を告げていた。
ッ、全身に駆け巡る彼女の力を感じながら、俺は立ち上がる。
――勝って生き残れ。シルフィが最期に俺へと託した願い。
それが俺の、最後の任務だ。
……ああ、なんて数奇な運命なのだろう。
シルフィを殺せと命じられ、それに背いた時から始まったこの旅。
その果てに、500年前の因縁を終わらせた後に、待っているのがこれなんて。
「別れは済んだようだな、勇者よ。
あの日、君が果たさなかった任務、私が代わりに果たしてやったぞ」
言いながら、男は、俺の目の前に姿を晒す。
右手には焦げ付いた拳銃。
……なるほど、使い捨ての火器か。
だから神官であるシルフィでも癒せない傷を。
「っ……どうして、どうしてお前がここに居る! 司令ッ!!」
姿形こそ俺と同じだ。人造兵士の大半と同じ身体をしている。
違うのは髪が黒く、瞳が紅いことくらい。
オールバックにしていなければ、殆ど俺と同じ容姿だろう。
「ふふっ、簡単な話だよ、兄弟。
これはすべて、私が仕掛けたことだからだ。
君にシルフィーナの暗殺を命じた時から、すべて私のシナリオ通りだ」
……何を馬鹿なことを。
俺の決断に、お前が介入する余地などない。
ここまでの旅路は全て、俺が選び、歩んできた道だ。
「私の目的は、最初から帝国の創始者である2人の排除だった。
機械皇帝だけではない。あの魔女もまた帝国の統治システムの根幹を知る。
システム中枢へのアクセス権も残されていた」
……アガサと実際に話す前ならあり得ないと一蹴できた。
だが、彼女を知った後なら、あり得るような気がする。
シルフィの持っていた権限を残していてもおかしくない女だったと。
「14年戦争で既にテロリストと認識されていたシルフはいい。
いくらでも暗殺を実行する理由は用意できた。
だが、アガサは別だ。皇帝に表立って弓を引けば必ず民意が邪魔をする」
民意、ナノマシンによって帝国民の無意識から抽出される総意か。
アガサを縛り付けていたこの国の歪んだ統治システムの一部。
「だから、私は君を用意したのだ。
礼を言うぞ、勇者よ。すべては私の思惑通りだ――」




