最終話:我が夢が、桜の如く、散る中で、立ち塞がるは、もののふ二人.2
俺はゆっくりと目を開け、時間を確認しようとデジタル時計に手を伸ばした。
案の定、時計は六時になっており、周りの光景も、三年前に住んでいた自室に変わっていた。
色々とショックな出来事はあったが、頭を整理する時間なんてものは無い。
「とりあえずおじさんに話を聞く必要があるな……」
不老不死の薬を研究し、その結果ゾンビという存在が誕生した。考えるだけでバカバカしくなってくるが、それを否定するのは、自分の中にある三年間の記憶を否定することにも繋がる。
それに吉乃姉があの状況下で冗談を言うとは到底思えない。
まず本当に起こった出来事と考えていいだろう。
となれば、おじさんに研究をやめてもらう必要が出てくる。
「こんな突拍子もない話を信じてくれるかはわからないけど、とりあえずおじさんに電話……って、俺ってあの人の番号持ってないんだったか……三春に聞くか」
そう思って電話したのだが、三春の電話は電源が入っていないのか通じることは無かった。
「電池切れ? 充電でもし忘れたのか?」
稀によくあることの為、そこまで気にする必要は無いと思い、家の固定電話にかけるが、こちらも長いコール音が続くだけで、三春は出なかった。
「今日は土曜だけど三春のところは授業があったはずだろ? もしかしてこっちに来てる最中とかか?」
まだ六時十分程だが、彼女は時折この時間帯にもやってくる。俺が適当な朝食をとらないようにする為だとか言っていたが、土曜日に寄ることは滅多に無い。
「……念の為、着替えて待っとくか」
そんな訳で、俺は彼女が来るまでの間、身なりを整えておくことにした。
だが、七時になっても三春がここへ訪れることは無かった。途中、何度か電話やメールはしたが、そのどれもが彼女に繋がることは無かった。
「寝坊か?」
三春が学校の日に寝坊することは少ないが、一緒に出掛けたりする時はその限りでは無い。先週の日曜日も彼女が行きたいと言うから映画に行ったというのに、映画館の前でニ時間も待ちぼうけをくらってしまった。
その間も電話やメールをしたが返事は無く、仕方が無い為、家へと向かい、玄関の植木鉢の下にある鍵を使って入ったところ、彼女は自室で気持ちよさそうに寝ていた。
とはいえ、今回は別に待ち合わせをしている訳では無い。彼女は学校で俺は休み、ここに来る可能性だって本来はかなり低い。
「単なる寝坊か? もしかしたら日直かなんかでもう学校に? でもこの前日直だったはず……」
とにかく、彼女に電話が通じないことだけはわかった。家までの距離は五分もかからないが、おじさんの電話番号を持っていそうな人物にはもう一人見当がついている。
俺は携帯電話の電話帳から滝井吉乃という名前を探しだし、躊躇無くかけた。
電話の相手は何度かコール音を鳴らした後、心底眠そうな声でもしもしという単語を発した。
「吉乃姉? 今大丈夫?」
電話から聞こえてくる声から察するに寝起きなのだろう。三年間ほとんど一緒にいたから知ってはいたが、吉乃姉は相変わらず朝に弱いようだ。
「……もしかして誠ちゃん? 久しぶりだね〜元気してた〜?」
三年後の世界でしょっちゅう顔を合わせていたから久しぶりな感じはしないが、確かこっちでは一年くらい会ってなかったな。
「うん、元気元気。それでさ、吉乃姉に聞きたいことがあるんだけど。今時間大丈夫?」
「久々だってのに素っ気ないな〜。それで? なにが聞きたいの?」
「吉乃姉さ、神代さんの電話番号とか知らない?」
そう聞いた次の瞬間だった。
「あぁあああああ!!!!」
鼓膜が破られるんじゃないかと思ってしまう程の絶叫が電話口から放たれ、俺は反射的に携帯を耳から離してしまう。
「うるさいんだけど」
少し苛立ちが抑えきれずにそう告げてしまうが、吉乃姉はこちらの苛立ちなどお構いなしな様子だった。
「ちょっ!! 今何時……ってもう七時過ぎてるじゃない!! 主任の手伝いに遅れちゃう!!!」
その聞き捨てならない単語に、俺の耳は反応した。
「主任って確かおじさんのことだよね!! 手伝いってなんの話!!」
「ごめんなさい。ちょっとこれから仕事なの。話なら仕事が終わった後に聞くからまた今度にしてちょうだい!!!」
一方的にそう告げられ、俺が止める間もなく、吉乃姉は電話を切ってしまった。
すぐにかけ直すも、その電話が繋がることは無かった。
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