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エピローグ

「良かったぁ! いーお天気!」

 セーラー服姿のほのみが、青空を見上げ、嬉しそうに声を上げる。

 桜の香りが、風に吹かれて漂っている。山から舞い降りてくる花びらを、リュカはいくつも拾い上げ、口うるさい少女に見つからないようポケットに隠した。

 彼は学生服の襟が気に入らないようで、もう前を開けてしまっている。腰に手を当て、ほのみが叱りつけた。

「ちょっと、リュカ! 転入初日からいきなりだらしないよ!」

「だって、これ……すきじゃない」

「大丈夫、何着ててもイケメンだよ。それにすぐ、夏服になるさ」

 二人の傍で、黒狼がのん気に言った。

「二人の制服姿、すっごく可愛いと思わないかい? ヴァヴ」

「ええ、そうね、創。お人形さんみたい。素敵よ。二人とも」

 黒狼と銀狼は寄り添い、いちゃいちゃと体をすり寄せている。

「ああ、早く、この子たちの結婚式が見たいなぁ」

「本当ね。この子たちの子供を抱きたいわ」

「ちょっと! やめてよ! またリュカが変なこと覚えちゃうじゃない! それに、結婚式も子供も、そっちが先じゃない!?」

「それもそうだね。ヴァヴ、この姿で式挙げる?」

「まあ、それも素敵ね」

「いいの!? ほんとにそれでいいの!?」

 創は妖力が完全に戻るまで、一日の大半を狼の姿のままで過ごしている。「この姿も楽だし、喋れるからいいよ」とのん気そのものの夫に合わせ、ヴァヴも相変わらずの銀狼姿で、仲睦まじく納屋で暮らしていた。色々と言いたいことはあるが、当人たちは幸せそうだ。

「ほのみ、オレたちも、こども……」

「忘れなさい! そんなこと学校で言ったらはったおすからね!」

「記念の日なんだから写真撮ろう。おーい、眼鏡ー、金髪ー、君たちもおいでー」

「俺も今日から新学期だから、忙しいんだが。こんなことしてる暇は……」

「喋れるようになったらなったで、ほんっとうるせえよな!」

 全員の準備を待っていたらすっかり遅くなり、焦って何度も腕時計を見ている次武は、スーツ姿にネクタイを締め、文句を言いつつもちゃんとデジカメを持ってきた三太は、いつも通りのTシャツとジーンズ姿で、玄関に出てきた。

「よぉ、朝っぱらから、賑やかだなぁ」

 通りがかった村長が、帽子のひさしを上げ、にかっと笑う。

「おっ、リュカ坊、似合うじゃねーか。ほのちゃんと並んでると、お揃いのお人形さんみたいだぞ! いやー、しかし、あんなに小さかったほのちゃんがなぁ……。こりゃあ二人の結婚式まであっという間かもしんねーなぁ」

 くう、と首にかかったタオルで目許を拭い出した村長に、ほのみは怒鳴り返す気力も無く、ため息をついた。朝だけでこれじゃ、学校まで持たない。その学校でも、リュカが何をやらかすか分かんないのに。

「ん? 三ちゃん、写真か! よーし、家族全員で並びな! 村長が撮ってやるぞ!」

「撮れんの?」

 三太がデジカメを手渡すと、村長は心外そうに大声を上げた。

「オイオイ、年寄りだからってバカにすんな! んん? 三ちゃん、これスイッチねえぞ?」

「いや、逆さまだし」

「早くしてくれ。俺はもう行かないと」

 次武は自転車の傍で、そわそわと何度も腕時計を見ている。それを見て、狼夫婦が笑う。

「ははは、次武って、ほんとチャリンコが似合うよね」

「そんなのより、狼になったほうが速いわよ」

「いくら速くても、戻ったとき裸なんですが……」

 狭いあぜ道を大きなワンボックスカーがゆっくりと進んできて、黒生家の前で停まった。

「おはよー! せんせー! リューちゃん、ほのちゃん、乗ってけばー? うちの新車!」

「おはよーございまーす。まりやも、ようちえんいくんだよー」

 窓からランドセルを背負った達郎と、真新しい幼稚園の制服を着たまりやが顔を出す。運転席からタヌキ兄妹の母親も顔を出した。

「ね、あんたたちも乗っていったら? 何人かタヌキになったら、まだ乗れるわよ」

「いくらタヌキでも道交法は守ってください」

 次武が冷静に止める。車には他の子供たちも乗って、手を振っている。

 ほのみは笑って手を振り返してから、傍らのリュカの手をぎゅっと握った。

「ありがとう! でも大丈夫、リュカと一緒に、歩いて行くから!」

 長い山道も、二人で歩くなら、きっとそれだけで楽しい。二人で学校に行けたらもっと楽しい。彼と一緒なら、辛いことだって、乗り越えられる。

 ね、と少年の顔を覗き込むと、彼はよく分かっていないように、首を傾げた。

「ん? とんでくか?」

「それはダメ!」




 満開に咲いた桜の古木の根元に、汚れた男が寝ころがっている。山で一番見晴らしが良く、暖かな陽だまりの満ちる場所に作られた、真新しい祭壇。

 そこに捧げられた酒瓶を抱き、汚いジャージから腹を出し、ぐうぐうと眠る男に、赤い着物の童女がそっと近づき、赤ん坊のように小さな手に持った桜の花びらで、鼻をくすぐる。

「ぶえっくしょいっ!」

 男が鼻水を飛ばしてくしゃみをすると、鼻の上に置かれた花びらがひらひらと舞う。その様を見て、童女はきゃっきゃと笑った。

「な――なーにすんだ、この、いたずら娘が! ったく、俺を誰だと思ってんだ!?」

 男の隣にちょこんと腰かけた座敷わらしが、にんまりと笑う。

「あい。ハイザワ、しゃま」

 着物の袖を広げ、桜の花びらを受け止める。たくさん、たくさん、集めて、眼下に見渡した村に贈るように、柔らかな風の中に舞い上がらせた。

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