表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/41

ヴァンピールの少年【3】

 創は彼に、リュカオンと名付けた。ギリシャ神話に登場する、悪い行いをして神の怒りを買い、狼に変えられてしまったという王の名だという。

「なにそれ。もっと良い名前があるでしょう」

 咎めたヴァヴに、あっけらかんと創が言う。

「響きが良いし、聖人の名前とかは、荷が重たいじゃない? 良いほうのリュカオンがこの子になればいいと思って」

「よろしく、リュカ」

 初めて名前で呼ばれて、不思議そうな顔をしている少年に、創は身を屈めてその目を真っ直ぐ見つめた。

「リュカオン。君の名前だ」

 と、その手を取って、手のひらに綴って見せた。

「リュカ。君は僕たちと一緒においで」

「待って、創。この子を連れて行くということは、あなたの村に……」

 ヴァヴは慌てた。

「ヴァンピールは異質な存在よ。彼はストリゴイと戦うこともやめられない。この森で、三人で暮らすという選択肢もあるわ。この森なら私たちの他にはいないし、ストリゴイが来ても大丈夫よ。でもあなたの村には、あなたの大切な妖怪がたくさんいるじゃない」

「日本にだってストリゴイはいる。もし村にストリゴイが来たら僕が戦わなければならない。両親も祖父母も戦ってきた。その役目を弟や妹にばかり負わせられないよ。ましてやほのみは臆病だし」

「だったらなおさらじゃないの」

 とヴァヴは言ったが、創は一度決めたら曲げないのを分かっている。

「リュカと行くのは危険よ」

 何も分かっていない様子のリュカを、ヴァヴは見下ろした。

 恐ろしいストリゴイよりも、恐ろしいかもしれない少年。

「どこにいても危険なことはある。それなら、大切なものは傍で守れるほうがいい。僕はそう思ってる」

 創はいつも微笑んでいる。でもその目が真剣なとき、彼の決意は固く、揺るがないことを知っている。

「……あなたがそう言うなら、従うわ。私はあなたのつがい。狼のつがいは絶対ですもの。あなたの大切な家族は、私の家族。私も守るわ」

「ありがとう、ヴァルヴァラ」

 創は間にいたリュカごと妻を抱き締めた。抱き合う二人の間で、リュカは何も理解出来ていないように立っていたが、いつまでも抱き合っているので、やがて苦しくなって自分で抜け出していった。




「ヴァヴ!」

 小屋に飛び込んできた少年は、泥だらけだった。春になり、雪解けで森のあちこちがぬかるんでいるからだ。

「どうしたの、リュカ」

「てがみ、だ。ニホンの!」

 リュカは手にしっかりとエアメールを持っていた。

「まぁ、手紙は私が取りに行くって、行ってるでしょう!? あなたと創は目立つんだから……」

 創宛の手紙は、森から一番近くの村に預かってもらっている。近いといっても、人間の足なら歩いて半日近くかかる距離だ。リュカは普段は隠している翼で飛行することが出来る。そうした彼の姿に、人は気付かない。空気も同然にそこに存在している彼に、人間は完全に近づくまで気づけないでいるのだ。まるでストリゴイのようだ。

 ストリゴイはヴァンパイアのなれの果てだ。ヴァンパイアより強いリュカは、そっちに似た性質を持っているのかもしれない。そんなこと、口には決してしないが。

「リュカはともかく、あなた……」

 リュカ同様に泥だらけの黒狼に、ヴァヴは目を向けた。

 創は狼の姿のまま、人間の目には犬に見えるよう姿くらましが出来る。だからといって、白い髪の少年と黒い大きな犬は目立つに決まっている。

「だって、リュカが待ちきれないっていうから」

「あなたはリュカを甘やかしすぎだわ」

「ほのみから、だ」

 手紙を開けようとして封筒を破ってしまったリュカに、ヴァヴは言った。

「リュカ、あなたは手紙なんて読めないでしょう」

 ようやく最近、ひらがなが半分読めるようになったばかりだ。リュカは便箋を掲げ、そこにびっしり書き込まれた硬い字を眺め、顔をしかめた。

「ほのみ……なんて、かいてる?」

「次武の字だな」

 黒狼が鼻をひきつかせながら言った。

「ほのみから、てがみ、ほしいな」

 リュカがしゅんと肩を落とす。創の立派な洗脳教育で、会ったことも無い少女に熱を上げている。

「そのうち本人に会えるよ」

「ほんとか?」

 リュカはぱっと顔を上げ、すぐに表情を暗くした。

「……だめだ。まだ、ストリゴイ、いる」

 リュカは、自分が倒すべき敵を認識している。それはストリゴイと化した自分の一族だ。ほとんどは倒したが、まだ残っているという。

「ほのみ、あいたい、けど、できない」

 ヴァンパイアの一族に生まれたというのに、何の欲望もない彼が、唯一果たしたいことがそれなのだということが、あまりに悲しい。ヴァヴはもう以前のようにリュカを拒む気持ちはなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ