表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/41

灰澤村の妖怪たち 【1】

「ど、どういうことなの!? こ……この綺麗な狼は誰っ!?」

「義姉さんだよ」

 次武が冷静に告げた。

「ねっ……お、お義姉さんっ!? どうしてっ……!」

 ほのみは震える手で、黒狼に寄り添う雌の銀狼に手を伸ばした。ひんやりとした銀の毛並み。淡い緑の瞳。優しい眼差しが、異国から来た義姉をたしかに思わせる。

「な……なんで……お義姉さんまで……! 一体、どうしちゃったの!」

「兄貴と同じ姿で過ごしたいんだってよ」

 テレビの前に座った三太が言う。

「そんな! 大兄ちゃんが狼になっちゃったからって、お義姉さんまで、こんな、こんな……!」

 ほのみは唇を噛み、がばっと銀狼の首に縋りついた。

「嫌だよ! もっと話したいことがあったのに! 仲良くなれるって、思ったのに! 一緒にお菓子作ったり、お洋服買いに行ったり……お義姉さんとなら、きっと楽しいって……!」

 銀狼の首に顔を埋め、声を上げるほのみを、穏やかな緑の瞳が見やる。

「ええ、とっても楽しみよ、ほのみ」

「ふぇっ!?」

 銀狼がヴァヴと同じ声で告げ、ほのみは目を丸くした。

「ふふ、驚いた? この姿にはなったけど、言葉まで話せなくなったわけじゃないのよ」

 と、狼なのに器用にウインクをしてみせる。

「あ、そ、そうなの……?」

「私は創に嫁いだんですもの。彼と同じ姿で過ごしたいわ」

「そ、そうなんだ……でも、不便じゃないの……?」

「いいえ、少しも。けれど、この大きさだものね。私と創が一緒にこのおうちにいてはお邪魔になってしまうから、次武と三太にお願いして、私も納屋に住まわせてもらうことにしたの」

 たしかに二頭の狼夫婦は、一頭でもゆうに畳一枚を占拠するサイズだ。ヴァヴは創より一回り小さいが、それでもかなりの大狼である。

「でも、納屋なんて……物置だよ? 大兄ちゃんはともかく、お義姉さんは喋れるんだし」

「不自由は無いわ」

「義姉さんがそうしたいと言っているんだから、いいだろう。それより、お前が起きるのをみんな待っていたんだ。朝食だぞ」

「う、うん……手伝わなくてごめんね。あれ? そういえば、リュカは?」

「庭で遊んでる。呼んで来てくれ」

 次武に言われ、ほのみは庭に向かった。その後を、創がゆっくりとついてきた。




 垣根の向こうを、リュカはじっと見つめていた。

 昨日、変なイヌになった(タヌキというらしい)子供たちが、ヒソヒソと話し合っている。

「やべえぞ……あいつ、ヴァンピールって言うらしい……」

「吸血鬼より強いんだって。ヘレン婆が言ってた。ジョージ瞬殺だぜ……」

「あんなによれよれのタンクトップ着てるのに……」

「うっうっ……おようふくかえして……」

 リュカは子供たちが逃げないよう距離を取りながら、呟いた。

「……へんなイヌ……こんどは、つかまえる」

「ぎゃああああ!」

「食われるうぅぅぅ!」

「いやだよぉぉぉぉっ!」

 子供たちはまたしてもパニックになり、ポンポンポン! と、たちまちタヌキの姿になる。

「ああっ! またやっちまったぁぁぁ!」

「服くわえて逃げろ!」

「まってぇぇぇっ、おいてかないでぇぇぇっ! たべられちゃうよぉぉっ!」

「たべる……モンスター、たべる、ストリゴイか!」

 リュカがはっと上を見上げると、のどかな山の青空が広がっているだけだった。

 そこに敵の気配は無い。

 そして、子ダヌキたちも遠ざかって行った。

「……また、にげた……」

 追いかけようと跳躍しかけたところで、ほのみが庭に出てきた。

「リュカ! また外に出ようとしてたでしょ!」

「ほのみ。おはよう」

「ダメって言ったでしょ! 村はあとで案内したげるから!」

「でも、ヘンなイヌ……つかまえたい」

「ダメよ! 可哀相でしょ!」

「だめか……」

「だめよ。人んちの子なんだから。捕まえてどうするの」

「オレ、くわない」

「当たり前でしょ!? 食べるってなにっ!?」

「モンスター、オレは、くわない」

 リュカが険しい顔をしている。

「どうしたの? お腹空いてない?」

 そう尋ねると、リュカは腹に手を当てた。

「はら……すいた……」

「じゃあ行こ」

 もうすっかり慣れた様子で、ほのみはリュカの手を掴んだ。

「さ、ご飯だよ。早く行かないと、次兄ちゃん怒ったら怖いんだから」


 新しい家族で迎えた初めての朝食は、昨日より一人減った四人でちゃぶ台を囲む。

 二頭に増えた狼はというと、庭で仲睦まじく寄り添っている。

「それじゃ、いただきます」

 次武の号令と共に、リュカ以外の三人は手を合わせ、それをリュカも真似た。

「いただき、ます」

 手を合わせたまま、ぺこりと頭を下げる。

「……ほのみ、これ、なんだ?」

 フォークを手に、リュカは目玉焼きをじっと見つめている。

「目玉焼きだよ。食べたことないの?」

「兄貴、料理下手だったしなぁ」

 三太が言う。次武もほのみも言わなかったが、昨日一緒に夕飯の準備をしたので、ヴァヴも不器用なことを知っている。おそらく簡素かつ質素な食生活をしていたのだろう。

「へんないろの、めだまだ……」

 呟きながら、リュカが目玉焼きの真ん中に豪快にフォークを突き刺した。

「ああ、黄身潰れちゃった」

 醤油さしを手に、ほのみは笑った。

「ほら、お醤油。かけてごらん。美味しいよ」

「くろい、みずだ」

 興味津々で見つめてくるリュカの目の前で、潰れた目玉焼きに少しだけ醤油を垂らす。

「はい、どうぞ」

「たべて、いいか?」

「いいよ」

 目玉焼きをフォークでぐちゃぐちゃと突き刺し、長い格闘の末にようやく吊り上げる。衣服にぼたぼたと黄身と醤油が垂れたが、構わず大口を開け、食い千切るように目玉焼きを食べる。また黄身がこぼれ、綺麗な顔とよれよれのタンクトップに、黄色と黒の染みがたくさん付いてしまった。

「……当分は、前かけがいるな」

 次武が呟いた。

「うまい!」

 リュカは大きな声を上げ、夢中で目玉焼きをかき込む。口の周りを黄身だらけし、目を輝かせながらほのみを見た。

「これ、すきだ! もっと。ないか?」

「リュカは、なんでも美味しいんだね。でも、目玉焼きは一人、一つだよ」

「半分くらいこぼしてるけどな」

 三太が突っ込む。リュカは真剣な目でほのみに訴えた。

「もっと……」

「じゃあ、あたしの半分あげる。でも、他のも食べようね」

 ほのみは笑いながら、自分の目玉焼きを綺麗に半分に割り、黄身を多めにして、リュカの皿によそってやった。さっそくリュカはフォークで突き刺して食べようとする。

「すぐに食べたら、また無くなっちゃうよ? ご飯もあるし、ベーコンだって美味しいし、お味噌汁もサラダも食べなきゃダメ」

「めだま、すごく、うまいぞ。ほのみ、やさしい。すきだ」

「何言ってんの。半分あげたくらいで大げさね」

「ほのみ、すきだ。けっこんしよう」

「しないよ……」

「コイツ、卵もらったら誰とでも結婚するんじゃねえの」

「今の発言も、ほのみより目玉焼きのほうが存在感で勝っていたしな」

 兄たちの言葉に、ほのみは口を尖らせた。

「別にいいよ。リュカの言うことなんか、ぜんぜん本気にしてないもん」

 そう言って、顔と服を黄身だらけにしたリュカを見る。汚れたのはいい機会だから、あのタンクトップは捨てよう。そう決めた。ご飯を食べたら、次は着せる服を選ばなくちゃ。

 食事を続けていると、ガララッと玄関の引き戸を開ける音が響いた。

 普通なら押し込み強盗と思うところだが、ここは住民すべてが顔見知りの村である。黒生家の玄関の戸はつねに開いた状態だ。村で一番強い妖怪である狼人間たちの住む家に、そんな心配はそもそも無用だ。

「三太、出ろよ」

「三兄ちゃん、出てよ」

「ええー? リュカ、お前行け」

「わかった」

「ダメよ! そんな黄身だらけのカッコで!」

 とほのみが言ったときには遅く、リュカは玄関に走って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ