表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/41

新しい家族 【2】

「これ……ぜんぶ、くっていいのか……?」

 サラダ、スープ、赤飯、チャーハン、ステーキ、ハンバーグ、カレー、パスタ、ローストチキン、からあげ、酢豚、鯛の塩焼き、刺身……食卓に並んだ料理の数々に、リュカは喜ぶというよりひたすら驚いていた。

「いったい、なにが……?」

 しきりに鼻をひくつかせ、生唾を飲む音まではっきり聞こえる。リュカは痩せた腹を擦りながら、たくさんの料理を珍しげに眺めた。

「まあ、まあ、ずいぶん多国籍なのね。ほんとに美味しそう!」

 ヴァヴまではしゃいでいる。ほのみはにこにこと笑って、言った。

「何が好きか分かんなかったから、色々作ったの。たくさん食べてね!」

「これ、まっかだ……」

 真っ赤なトマトスープを見つめ、リュカが呟く。

「あっ、それはトマトスープ。苦手だったらコーンスープもあるよ。あと、トマトソースのパスタもあるよ。トマト、好き?」

「……しらん……なんだ、これ……?」

 戸惑ったように、リュカは目の前に置かれたスープに指を突っ込んでいた。

「あっ、指入れちゃダメ!」

「やっぱり、トマト好きの吸血鬼はジョージだけだって」

 料理より先に缶ビールを開けながら、三太が言う。

「なあ、義姉さんも呑むよな? 兄貴は呑むかな?」

 と、部屋の隅に寝そべる創を振り返ると、ほのみが怒鳴った。

「ダメ! 大兄ちゃんにはダメ! 今は狼なんだよ!?」

「かてーこと言うなよ、俺たち普通の狼じゃねーんだから」

「ええ、大丈夫よ、ほのみ。何でも食べられるわよ」

「でもダメ! お酒はダメ! なんか怖いから!」

「義姉さん、ワインもありますけど」

 次武がヴァヴに言うと、彼女は嬉しそうに頷いた。

「それもいいけど、芋焼酎はあるかしら? 私、大好きなの!」

「おっ、義姉さん、だいぶイケる口だな!」

「それからインスタントラーメン! あれ、美味しいわよね。大好きよ」

「それは……またの機会にしましょう」

「ああっ、リュカ! 手づかみで食べないで!」

 片手にハンバーグを持ち、もう片手でトマトソースのパスタに手を突っ込んだリュカに向かって、ほのみは叫んだ。リュカはそれらを夢中で貪っていた。

「これ、うまい。こっちも、うまいぞ」

「ああ、手がドロドロじゃないの。ほら、口から垂れてる!」

 ほのみは慌てて布巾でリュカの口許を拭った。

「駄目よ、リュカ。お箸の練習、したでしょう」

 そう叱ったヴァヴは、大きなローストチキンを器用に箸で掴んで持ち上げ、食べ始める。

「義姉さん、それは別に手を使ってもいいですけど……あとそれ一人用じゃなくて、これから切り分けて……いや、まあいいか……」

「……おえっ、これまずいぞ!」

「三兄ちゃん、リュカにビール呑ませないで!」

「なんだよリュカ、お前、子供だなー」

「子供なの! 吸血鬼でも!」

 部屋の隅に寝そべっている黒狼に、次武は料理を盛った皿を置いた。

「兄貴も、一緒に食おう。長旅、お疲れさん」

 黒狼は弟の気遣いに応えるように立ち上がると、ゆっくりと食べ始めた。


 豪勢な夕飯は、全員で綺麗に平らげた。というより、ほとんどリュカが平らげた。そのうえヴァヴもなかなかの大食漢で、明日からの家計が不安になるほどだった。

 でも、ほのみにとっては久々に賑やかで、とても楽しい食卓だった。

「じゃあ、あたしは次兄ちゃんと、後片付けするから。リュカはテレビ観ててね。三兄ちゃんがお風呂の準備してくれるから、終わったら一緒に入って」

「ほのみと?」

「三兄ちゃんと!」

 自分に付いて回ろうとするリュカをテレビの前に座らせる。

「この時間、アニメやってないか……。あ、良かった。アニメの映画やってる」

 チャンネルを合わせると、リュカは齧りつくようにしてテレビを観始めた。

「お義姉さんも、今度はゆっくりしててよ」

「いいえ。私にも何かさせて。大したことは出来ないけど、何か仕事はある? 獲物を狩ってきたり、薪を割ったり」

「ええと、それはしなくていいけど……じゃあ、一緒にお皿洗ってくれる? 大兄ちゃん、リュカ見ててね」

 そうほのみは、寝そべっている創に告げ、創は耳だけを動かした。


「大兄ちゃんさ、家の中じゃ窮屈じゃないかな?」

 台所で洗い物をしながらほのみは言った。次武が答える。

「明日、裏の納屋を片付けるつもりだ。そこに兄貴が寝る場所を作るよ」

 黒生家の敷地内には、家をぐるりと囲むように庭があり、裏庭と呼んでいる場所に納屋がある。特別金持ちというわけではなく、村にあるほとんどの家がそのくらいの敷地を持っているし、家屋自体は非常に古びている。特に納屋は長いこと手入れされず、車一台はゆうに入るスペースに、使わなくなった畳や家具が乱雑に押し込められ、粗大ゴミ置き場と化していた。

「まあ、素敵! 別宅ね」

 ヴァヴが感激したように言う。

「いえ、そんなに立派なものじゃないですけど……。それなりに手入れはしますよ」

「よーし、あたしも手伝う! 綺麗に掃除もしなきゃね!」

「ああ、いい。俺と三太でやるから。ほのみはリュカの面倒をみてやれ。同じ歳なんだし」

「いいけど……そういえば気になってたんだけど、リュカって自分の歳がどうして分かるの? 喋れなくて、名前も無かったんでしょう? 歳も大兄ちゃんが決めちゃったの?」

「あの子にはね、自分が生まれたときからの記憶が、おぼろげにあるの」

「記憶があるって、赤ちゃんのときから?」

 ほのみは驚いて、ヴァヴを見た。

「ええ。と言っても、はっきり記憶があるわけでもなくて、人にきちんと説明出来るほどのものでもないみたいだけど。創はあの子から上手に聞いていたわね。あの子は、寒いときに生まれたのよ。私たちがいた国にも、日本のように四季があるの。リュカは自分が生まれてから、同じ季節がくるのを十四回経験した。それをちゃんと覚えているのだと、そう創が言っていたわ。たしかに不思議ね。言葉も知らず、それが冬ということも知らずにいたのに、季節が変わっていくことだけは分かって、ちゃんと覚えていたなんて」

 リュカの一族のヴァンパイアたちは、どうして彼に言葉を教えなかったのだろうとほのみは思ったが、尋ねなかった。彼の生い立ちに関しては、それなりの覚悟を持って聞かなければならない話のようだ。皿洗いをしながら気軽に聞く気分にはなれない。

「リュカ……大人しいみたいだけど、アニメ飽きてないかな?」

「集中力はあるから大丈夫よ。一度夢中になったことは、ずっとやっているから。創が言葉を教えたときも、最初はちっとも興味を持たなかったの。それで創が絵を描いてね、それを見せながら、物語を読み聞かせるようにしたの。そうしたら、夢中になって聞いていたわ」

「へー。懐かしいなあ。あたしもよく絵を描いてもらって、お話聞かせてもらったなぁ」

「上手くはなかったけどな」

「そう? 大兄ちゃん、男の人にしては可愛い絵描くと思うんだけど」

「私も好きよ、創の絵。子供のらくがきみたいだけど、色だけはきちんと丁寧に塗るところが、あの人らしくて」

「そうなの! 絵は上手じゃないけど、ぬり絵上手だったなぁ」

 ほのみが懐かしさに目を細めると、ヴァヴも微笑んで頷いた。

「部屋の掃除はちっともしないのにね」

「そう、そうなの! 変なところだけ几帳面なの!」

「兄貴、塗り絵上手かったのか。知らなかったな」

 ヴァヴの知っている創が、自分の知っている兄と同じで、ほのみは嬉しくなった。優しくて、創のことを大切にしてくれる彼女のことが、すっかり好きになっている。

 いつか兄たちがお嫁さんをもらったら、一緒に買い物に行ったり、仲良くお菓子作りをするのが夢だった。彼女とならそれが叶うだろう。創も村で過ごしていれば、きっといずれ元に戻る。そう信じることにした。いつまでもくよくよしていられない。

 新学期になれば、リュカと一緒に登校出来る。村で初めての同じ歳の友達。彼と学校に通えたら楽しいだろう。ほのみは、嬉しい予感に胸をときめかせた。

「どうした? 急に機嫌が良くなって」

 鼻歌を歌いだしたほのみを、次武が少し気味悪げに見やったが、ほのみは気にせず歌い続けた。その様子をヴァヴがにこやかに見守る。

 これから、とっても楽しくなりそう!

 しかし、思い描いた楽しい日々の予感は、あっさりと打ち砕かれることになる。




「な、な、な……! なんで!?」

 朝、居間に顔を出したほのみは、目を見開き、声を震わせた。

 昨日は色々あって疲れたせいか、すっかり寝入ってしまった。寝坊したほのみが慌てて居間に行くと、家族はもう揃っていた。朝食の準備を一人で済ませた次武。テレビを観ている三太。やっぱり黒狼のままの創。その傍らには、美しい銀の毛並みを持った狼……。

「えっ!? なにっ!? どゆこと!?」


 二頭の狼は仲睦まじげに寄り添っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ