生存本能
「────ロゼッタ・グラーブ・ジェラルド、君のくだらない感情で世界を混沌に陥れた責任は、きちんと取ってもらうよ。覚悟はいいね?」
『女であろうと、容赦はしない』と断言し、旦那様は手のひらを前に突き出した。
有無を言わせぬ物言いに、ロゼッタ様はたじろぐものの……何とか踏ん張る。
でも、逃走の機会を伺っているようで、視線は鋭かった。
『まだ悪足掻きを続けるつもりなのか』と思案する中、旦那様は手のひらに黄金の光を滲ませる。
「大丈夫、直ぐには死なないから。だって────一瞬で終わったら、つまらないだろう?」
『楽には死なせない』と主張し、旦那様はゆるりと口角を上げた。
刹那────蛍のように輝く光は実体化し、紐状に変化する。
どんどん枝分かれしていくソレは、薔薇の棘のように突起物を生やした。
旦那様は一体、何をするつもりなのかしら……?
コテリと首を傾げる私は、『蔓でグルグル巻きにでもするの?』と考える。
黄金に輝く蔓を黙って見つめていると、旦那様はパチンッと指を鳴らした。
「まあ────せいぜい、生き地獄を楽しみなよ」
不敵に笑う旦那様は、黄金の蔓を自由自在に操り、ロゼッタ様のところへ差し向ける。
真っ直ぐに向かってくる複数の蔓を前に、彼女は────駆け出した。
後ろは行き止まりの筈……ロゼッタ様はどうやって、逃げ切るつもりなのかしら?
遠ざかっていく後ろ姿を眺めつつ、私は『抜け道でもあるのだろうか?』と思案する。
忙しなく鳴る足音に耳を傾ける中、ロゼッタ様はついに足を止めた。
目の前には、三メートルほどの壁があり、行き止まりであることを悟る。
そこで、諦めるかと思いきや────彼女は近くにあった酒樽を引っ張り、壁の前に置いた。
まさか、酒樽を踏み台にして壁を飛び越えるつもり……!?着地はどうするの……!?
貴族令嬢とは思えない破天荒ぶりに、私は思わず目を見開いて固まった。
全てに絶望して死んだ私とは違う────『生きたい』という強い意志と渇望を感じ、困惑する。
ある意味、執着とも言える生存本能の強さに言葉を失う中、ロゼッタ様は酒樽の上に載った。
グラグラと揺れる重心に四苦八苦しつつ、彼女は壁の向こうへ手を伸ばす。
何とか逃げ切ろうと、頑張るものの……現実はそう甘くなかった。
「きゃっ……!?」
見事黄金の蔓に追いつかれ、手足を拘束されたロゼッタ様は、一瞬にしてバランスを崩す。
そして、蔓たちに引っ張られるまま、酒樽から転げ落ちた。




