封印された赤いドラゴンの美しさ
ドラゴンの大きさはラッキーよりも一回りくらい大きい大きさだった。
このくらいの大きさのドラゴンがいれば、ラッキーも一緒に大空へ散歩することもできそうだ。
ラッキーを籠に入れて……ドラゴンに運んでもらう。
うん。ギルドから……いや国から怒られそうだな。
最終戦争でも起こしそうなイメージだ。
俺たちは楽しくお空の遊泳だが、一般の人から見たら降りてきたのがドラゴンとフェンリルなんてシャレにならん。
あんなに可愛いラッキーだって、暴れたら自然災害級だ。
この大きさのドラゴンなら……本当に国を壊滅しかねない。
慌てふためく人の姿しか想像できない。
もちろん、森の中とかなら楽しそうだけどな。
でも、ただの娯楽のために国を敵に回すなんてできるわけがない。
そもそも、ラッキーと空を飛びたいという理由でドラゴンを仲間にする……発想がないな。
運よく仲間が増えているが、さすがにドラゴンまで仲間にするなんてことはできない。
思わず馬鹿な発想に一人で苦笑してしまった。
「ロックさん……大丈夫ですか? ドラゴン見て一人で笑っているとか……色々と心配ですが、それよりもあそこで待っていて下さいと言いましたよね?」
村長がいきなり壁だと思っていた場所から現れ俺に話しかけてきた。
どうやら洞窟内に陰影がつけられることで通路がわかりにくくなっていた。
よく見ると壁の陰に隠れるようにして複数の通路があるように見える。
薄暗い通路側に光を当てることで視界を遮り、横道を発見しにくくしているようだ。
光結晶も故意的に配置されていたのか。
こんな使い方で見えなくさせる方法があるとは驚きだった。
「村長すみません。マルグレットさんからこっちに来て見ていいと言われて……」
「これだから氷雪の一族は……いつも勝手なことばかりいいやがって。来てしまったのは仕方がない。もうここからは動かないでください。ここの中には自然の罠のような場所も沢山ありますから。死んでも責任とれませんからね」
村長も俺をこの場に放置して、マルグレッドの方へ歩いていってしまった。
ドモルテとマルグレットは少し離れた場所にある水晶の前で非常に楽しそうに話をしているのが見える。
あれがこの結界を操作している、操作盤のような役目なのだろう。
元々、魔法という共通の話題があるからか、すぐに意気投合しているようだ。
そんな二人を横目で見つつ、俺はこのドラゴンが封印されている水晶が気になる。
この結界はどうなっているんだろうか?
水晶の中ではドラゴンが完全に眠っている。
ときおり、身体が動くので完全に死んでいるわけではないようだ。
水晶を軽く叩くと、コンコンと音がなった。
非常に硬いこの中にドラゴンを閉じ込めていられるのもすごいが、この中で生きていられるのも不思議だ。
水晶の表面を触ってみると、ひんやりと冷たさが手に伝わる。
まるで氷で作られたかのような冷たさだ。
『……なにか……はいってきた……暑い……寝ていただけなのに……なんで起こすの……また探すの……』
「おわぁ!」
俺は慌てて水晶から手を放した。
いきなり、どこからか声のようなものが聞こえてきた。
辺りを見回すが、声の主などは見当たらない。
寝ているドラゴンの声……なのか? そんなことあるのか?
頭の中に直接響くような、かなり大きな声で聞こえてきたが……ドモルテたちには俺の声しか聞こえていなかったのか、一瞬こちらを見ただけで、すぐに談笑に戻っていた。
なんだったんだ今のは?
もう一度、ゆっくりと水晶へ触れる。
『気持ち悪いな! あいつら僕の睡眠を邪魔しやがって。もうここにはいたくない』
そう声が聞こえた直後、地面が大きく一度揺れた。
ドラゴンから魔力が放出されたのだ。だが、その魔力では水晶は割れてはいないどころか、ヒビすらはいっていない。魔力だけを水晶の外に逃がしたようだ。
今までこんな技術見たことがない。
ドラゴンを封印できる結界もすごいが、その結界から外に魔力を爆発させこれだけ地面を揺らせるドラゴンも規格外だ。
マルグレットが村長から急いで魔石を受け取ると両膝を折り、操作盤らしき水晶の前で祈りを捧げ始めた。
ドラゴンが眠る水晶が透明から淡い青へと一気に変わっていき、水晶から力強い魔力を感じるようになった。
この水晶自体にも魔力を増幅させる術式が組み込まれているようだ。
魔石一つでこんなに強い魔力は作れない。
ただの田舎だと思っていたけど……本当に世間は広い。
こんなの見たことがない。
「こんなトカゲなんて俺たちの村のために使いつぶされればいいんだ」
村長が大声でそんなことを言っているのが聞こえてきた。
定期的にこうやって水晶の中に魔力を込めることで、ドラゴンを眠りにつかせる術が使われているのだろう。眠りの効果と水晶の強固な守りでドラゴンはでることができないのだ。
マルグレッドの祈りが終わると、ドラゴンの眠っていた水晶上部から急に魔力が放出された。魔力は天井に沿って洞窟内をどんどん進んで行き、そのあとにはキラキラと赤い光が降り注いでくる。
「なんて……キレイなんだ……」
今まで見たことがないような、赤い宝石のような光がゆっくりと舞い降りてくる。
その光はどこか優しく温かみのあるものだった。
「今のは、寝かしつけたドラゴンから魔力が放出さたんだ。放っておくと、水晶の中で爆発を起こして地震が引き起こされるからな。それを上手くこの回路に流してやるんだ」
よく見ると天井には独特の魔術回路が描かれている。
天井にこんな回路を埋め込むことが、どれほど大変だったのか想像もできないが、数年単位でかかっているのではないかと思う。
「これもワシが作った魔力回路が埋め込まれているんだよ。すごいだろ? ひゃっはは」
俺が天所の赤い光に見とれているうちに、マルグレットたち3人が戻ってきていた。
そこにもう一人、雪山で見た男の子がいた。
この子が足跡の正体だろう。
「ほらイバンあいさつしな」
「こんにちは」
「こんにちは、さっき雪山で会った子かな? ロックです。よろしくね」
「また雪山へ行ってたのか。本当に……すまんな。ワシの孫なんだけど、この村ではなかなか生きにくくてな。魔法の才能はあるんだけど……人見知りというかな」
少年はあいさつをするとすぐにマルグレットの後ろに隠れてしまった。
無理に話しかけても、避けられてしまいそうだ。
「それにしても、さっきの魔法すごかったですね」
「そりゃそうだろ。ワシお手製の魔法だ。世の中は知らないことで溢れかえっているんだ。こんなのも知らないのか? とかって言ってくる奴がたまにいるが、自分の狭い世界でしか物事をはかれない小さい人間が多くて嫌になるよ。なぁ村長」
マルグレッドは少し嫌味を言うように村長へと話をふると、少しばつが悪そうに言葉を濁した。
「あっ……あぁそうだな。それよりも、お客さんをいつまでもこんなところで待たしておくのは悪い。これでアネサ村観光は終わりだ。今から帰れば日が暮れる前にはコロン村まで帰れるだろうからな。そろそろ帰ってもらおう」
「本当に融通がきかない男だねぇ。でも、残念だけどこの子たちはまだ村にいてもらうよ。あのドラゴンの封印をさらに強化するにはこの子の力が必要だからね」
そう言ってマルグレットはドモルテのお尻を思いっきり叩いた。
「元々は安産型だったんだね。才能を残せずに残念だっただろうに」
「おい、なに勝手に決めてるんだ。よそ者には早々に帰ってもらうのが一番だろ」
「黙れ村長! 村の外に関してはワシらは口を出さん。そのかわりあそこにドラゴンがいる限りはこちらのことには口出しをしない約束だろ」
「クッ……好きにしろ。ドラゴンの封印は村にとっても必要だからな。でも、村のことには口をださせんからな」
やはり二人はあまり仲良くはないようだ。
「村長―! こちらにおいででしたか。隣国の商人たちが帰る前に挨拶をしたいと」
村の男が慌てたように洞窟の中に入ってきた。
「こんな時期にもこの村にも商人がくるんですね」
「えっ……えぇ、そうなんですよ。どうぞロックさんはゆっくりドラゴンを眺めていてくださって結構ですよ」
村長の動きが急にぎこちなくなり、今まではここから帰らせようとしていたのに、今度は残れと言い出した。かなり怪しい。
「ありがとうございます。じゃあ……」
「ロックさん、ここにいても邪魔だから村長と商人の方へ行ってくれ」
「えっ? 俺もですか?」
マルグレットも急に言うことを覆した。
先ほどまでは居てもいいという流れだったはずだ。
「マルグレット何を言いだす。こいつ……この人たちを面倒見るって言ったばかりだろ」
「必要なのはこっちのドモルテだけさ。そっちのはいたって仕方がないどころか邪魔でしかない。水晶の魔術を教えている時に才能がない奴がいても邪魔なだけだろ。ドラゴンの封印が壊れてもいのかい!」
「村長、早くしてください」
村長を迎えに来た男性も、急いでいるのか村長をせかしている。
「なんでこう思い通りにいかない。ロックさん勝手に村を歩き回れるよりはいいので、来てもいいですが、絶対に邪魔しないでください」
「任せてください。もちろん静かにしていますので」
村長はすごく疲れた顔で洞窟からでていく。
「ドモルテしっかり手伝ってやってくれな」
「もちろんです」
「ロックさん、よく見てきてくださいな」
ドモルテがニコニコしながら俺に手を振ってくる。
その横でマルグレットは神妙な顔をして意味深なことを言っている。
俺は軽くそれにこたえると、村長のあとを追いかけた。
ここの隣国というのは魔道スイジュ国のはずだ。
こんな雪に覆われた時期にわざわざ山を越えて隣国がやってくる?
しかもこんな田舎の村に?
はぁ、ただの時期外れの商人であることを祈るばかりだ。




