ドラゴンが地下に眠る村
村長のクロゴ家の様子からすると寂れた村という印象はなかった。
他の家の作りもかなりしっかりしていた。
ただ、家の作りが立派な割に村のまわりには簡単な柵しかないが、強力な魔物避けでもあるのだろうか?
木々が周りに沢山あるおかげで資材には困らないだろうが……それだけではなく田舎ではあるが腕のいい職人がいるようだ。
それにしても……家の中には絨毯が敷かれ街中でも見ないような珍しい壺や絵などが飾られている。田舎でこれだけの物を準備するにはかなりお金がかかっているはずだ。
時間はかかるが、これだけ準備できるお金があれば街まで魔石を買いに行くのもできるはずだが……それほど急に魔石は必要になったということだろう。
「どうぞ、田舎のお茶でお口にあうといいんですが……」
「ありがとうございます。外が寒かったので暖かいお茶は嬉しいです」
クロゴにお茶を勧められ、少し冷ましてから口をつける。
鼻から抜ける優しい香りがして、口の中に今まで味わったことがない甘みがふわっーといっきに広がっていった。
「うっ……上手……美味しいですね」
あまりの美味しさにビックリしてしまった。
「普段通りの話し方で大丈夫ですよ。このお茶、雪茶っていうんですけど、この辺りの雪の多い地域でしかとれない珍しい品種なんです。冬の寒さに耐え忍んだ雪の葉が春になると、いっきに甘みと独特の香りが強くなり、結構人気なんです」
「こんなに美味しいお茶初めて飲みました」
口にいれた瞬間、甘さと独特の優しい花の香りが鼻孔をくすぐり、飲めば飲むほど幸せな気分になってリラックスしてくる。今まで寒かった身体も芯から一気に暖かくなった。
「これを飲むとゆったりできると評判で貴族の方にも愛されている方が多いようなんです」
「これだけ美味しければ、貴族が買いにくるのも納得できますね。このお茶はここで買えるんですか?」
「いえ、この村では販売していないんですがコロン村では販売していますよ。あそこではお土産で種も売っていますから。ただ、残念ながらこの地域以外では種を植えて発芽しても、これほど芳醇な香りと甘みは強くならないようですけどね」
「ぜひお土産として買って帰ろうかと思います」
「それがいいと思います。都会に持っていって貴族の方へのお土産にすると喜ばれますよ。雪茶の種は白く輝くことから雪原の宝石なんて呼ばれて宝石の変わりに買って行かれる方が多いみたいです。うちの村では甘味が少ないのでみんな食べてしまうので売りに出す量がないんですけどね」
「種まで食べられるんですね」
「種からは凝縮した甘みがでて、雪に覆われたこの村では数少ない娯楽の一つになっているんですよ」
貴族に売れるものを食べてしまう……?
豊かな暮らしをしているのは、家の中の物からわかりはするが、なんとも不思議な感じがする。
俺はもう一度お茶に口をつける。でもこれだけ美味しいお茶で娯楽が少なければ自分で消費した方がいいと言われるのもなんとなく納得してしまう。これなら毎年でも来たくなる。
いや……コロン村で種が売っているなら帰りに買って箱庭に植えてもいいな。
小さくても育つなら大量に植えれば毎日でも飲めるようになるかもしれない。
ティーカップを置くと、お茶の表面が少しずつ揺れてきているのが見える。
「ん?」
揺れはお茶だけではなく、体感でもわかるくらい大きな揺れとなってきた。
「地震ですね。外から来られる方は珍しいかもしれませんが、この辺りではよくあることなんですよ」
「魔物の襲撃ですか!?」
思わず、全方向に魔物の気配探知をかける。
近くに魔物は……いた! でも地上ではなかった。
この村の地下に大きな魔物の気配がある。ラッキーよりも一回りくらい大きそうだ。
ただ……なんだろう。大きさは大きいが……弱っているのか、気配が薄い。
これ以上詳しいことはわからないが、魔物が激しく動いていることから地震と何かしらの関係がありそうだ。
体感的には長く感じたがほんの数秒で地面の揺れがおさまった。
壁から何かが落下したりするほどの大きさではなかったが、あまり気持ちいいものではない。
クロゴやまわりの人の反応からすると、もはやこれは日常のことのようだった。
「申し訳ありません。驚かせてしまって。実は魔石が必要なのはこの地震と関係があるんです。その……なんといいますか……」
村長は非常に説明しにくそうだった。
たしかにあんな大きな魔物が地面にいると言っても普通は信じてもらえない可能性もある。信じてもらえたとしても、今すぐに逃げ出したくなるだろう。
「それはこの村の地下にいる魔物と関係が?」
クロゴは驚いた顔で俺の方を見て、表情が一気に険しい顔になった。今までのゆったりした感じではなく少し警戒されたようだ。
「自分の能力の中に魔物の探索というスキルがありまして、地面が揺れるなんてありえないと思ったのでまわりを確認させてもらいました。滅多にあることではありませんが、大型の魔物の襲撃でも地面が揺れることもありますので」
「ふぅ……どうやって地下の魔物のことを話そうか悩んでいましたが、ロックさんは相当優秀な方のようだ。誤魔化すのは難しそうですね。実はこの村の下には火炎龍という紅色のドラゴンが眠っているんです」
「あれはドラゴンなんですか? よく暴れませんね」
ドラゴンと言えば人とはかかわりの少ない未踏の地に多くいると言われる種族で、滅多に人里には近づいてこない。ワイバーンなどの竜種とはまた別の種族だ。
基本的にドラゴンが発見されれば王国騎士団へ討伐依頼をするのが普通だった。
もちろん、別に義務というわけではないが。
「ここの土地は昔から雪が積もらない不思議な土地でした。私たち雪人は今より亜人差別がひどかった頃に、土地を迫害されてここに逃げてきたのです。私たちの祖先はここを見つけた時に楽園だと思ったといいます。それからここに村を作ってしばらくして、ここの地下にドラゴンが眠っていることを知ったのです。この土地はドラゴンから発せられる熱で雪が積もらないのです」
「もしかして、コロン村の地下にもドラゴンが?」
「いえ、コロン村はこの村と地下で繋がっている洞窟があるんです。空でも飛べれば直線距離ではそれほど遠くないんですよ。ただ人が歩きやすい場所を考えると少し遠回りするような道になるので結構離れていますが」
俺は途中に崖などがあったことを思い出す。あそこを飛び越えてくれば直線距離では近いが、山の途中にある村同士なので遠回りしないと歩きにくいということなのだろう。
「それと急に魔石が必要というのには、どんな関係があるんですか?」
「実は……ドラゴンの寿命というのは数千年単位で私たちが生きている時間軸とは全然違う感覚で生きていると言われています。そのため1回の睡眠でも数百年寝るのが当たり前らしいんです。そこでドラゴンをここに縛り付けていたんですが、ここ最近ドラゴンが急に暴れ出しまして、封印している者の魔力が足りないと言いだして急遽魔石が必要になったんです」
「ドラゴンを封印なんて危険以外のなんでもないですよ」
「ロックさんのおしゃることはわかります。ですが、私たちにはそれ以外に生きていくことができないのです。剣も魔法も人を殺すこともできますし、守るためにも使えます。ドラゴンも道具もどう使うかですから」
地下に眠るドラゴンか……。
村長の言いたいこともわからなくはないが、なんとも胸騒ぎがする。




