陰謀論とか田舎の村にそんなのあるわけないよね?
店から追い出さされた二人の男たちはそのまま店の前で困っているようだった。
この辺りだと魔石の流通も限られているためか、いきなりではなかなか手に入らないらしい。
「どうしたんだ? 今魔石がどうとか言っていたが」
「何だお前は? その格好は……はぁ旅の冒険者か。こんな田舎に来るってことは安い賃金で雇われ護衛だろ? そんな男には用はない。見世物じゃねぇんだ。帰れ」
二人組の男は年齢が親子ほど離れていそうな感じだった。若い方は身長も小さく幼くみえる。その小さい男の方がぶっきらぼうにそう言いだした。どうやら礼儀はなっていないらしい。困っていると思ったから声をかけたんだけど、優しさが相手にそのまま受け取られるとは限らない。
「コラ、リスタ無駄に喧嘩を売るんじゃない」
「イテっ!」
リスタと呼ばれた男の頭にもう一人の男が拳骨を落とした。
結構な勢いだ。あれは相当痛い。
「旅の方、しつけができていなくて申し訳ないな。こいつはあまり村からでないもので常識がないんだ。でも常識がないからといって村に閉じ込めておくのもいいことじゃなくてな。はぁ」
どうやら面倒ごとを押し付けられた苦労人らしい。
男たちの皮膚は真っ白で雪のように白く透き通るような肌だった。
口調は男なのだが、なんとも中性的な美しさを持ち合わせた人たちだ。
「旅人の方は雪人を見るのは初めてかな? 俺たちはここよりもさらに山の奥にある村に住む亜人の種族なんだ。あまり外では見ることはないから知らないのも無理はない」
「兄貴、旅人なんて商人の使いッ走りは頼りにならんよ」
「いや、悪い。別に好奇の目で見てたわけじゃないんだ。魔石の話をしていたからな。それで場合によっては役に立てるかもしれないと思ってな」
「お前……あなたはもしかして魔石を持っているんですか? もしくはあなたの雇い主が魔石をもっているとか?」
先ほどまでの態度を一変させたリスタが急に下手にでてきた。
こういう奴はあまり信用できないが、わかりやすい奴というのは嫌いじゃない。
「持ってはいるが……何に使うんだ? 変なことに使われるようだと俺も渡すことはできないが、使う方法次第では譲ってやってもいい」
「それは……詳しくは俺たちからは言えんが、村の維持のために魔石が必要になったんだ。それで急遽この村まで魔石を探しにやってきたんだ」
魔石は魔法の元にもなる石だ。ドモルテのような魔法使いが使えばそれを魔力タンクのように使うことができる。まぁ、ドモルテのように魔石があればほぼ無限に魔法が使えるのは特別だが戦争などの時にも使われるため渡す場合にはそれを見極める必要がある。
田舎の村なので、そんな問題のある使い方をされたりはしないと思ってはいるが……。
「村の維持とは言っても……さすがに俺は商人じゃないから詳しい理由を言わない奴に譲ることはできないな」
「そりゃそうだよな。俺たちは言えないが……村に来てくれないか? 村長からなら説明することができる。こっちの都合で申し訳ないが、いろいろと話を大事にはできない理由があるんだ」
どうやらわけありのようだ。
下の人間に説明する権利がないっていうのも、なんとも面倒な予感がする。
「どれくらい必要なんだ?」
「魔石10個……いや、5個でもいい」
ドモルテが大魔法を使う場合には数十個単位で使っているので、俺からすればたいした個数ではない。だけど……。
「約束はできないが、助けてくれればなんでもお礼はする」
「なんでも? ……雪結石って言うのを知っているか?」
「もちろんだ。あれは俺たちがこの村に収めているものだからな。この村は加工して売っているだけだからな」
「あんたらの村へ行けば雪結石を手に入れることができるのか?」
「それは……普通には無理だが魔石と交換なら準備をできなくはない」
「兄貴いいのか? そんな勝手な約束すると村長に怒られるぞ」
「仕方がないだろ。理由もなしに村まで来てくれって言ったところで、誰もわざわざあの村まで来てくれるわけはないんだからな。相手が交渉のテーブルに座ってもらうにはこっちだって、あるものを差し出すしかないだろ」
雪結石はこのままこの村で探したところで手に入る可能性は少ない。
せっかくグリズが好きな女のためにこの村までやってきたのに、このまま手に入れられずに帰るなんていうのは可哀想だろう。
人の恋路は応援してやるものだ。
ましてや、それが魔石数個で叶う可能性があるなら迷う必要はない。
もちろん、使い道が危なければ魔石は渡すつもりはないけど。
「あんたらの村の名前は?」
「アネサ村だ」
「シャノン、ちょっとアネサ村の村長に会いに行って、雪結晶をもらってくるってグリズに伝えてもらってもいいか? それを伝えたらシャノンは箱庭経由で戻ってきてくれればいいから。グリズは帰ってもいいし、待っていてもいいって伝えておいてくれ」
「わかりました。伝え終わったらすぐに戻りますね」
「頼む、それじゃさっそくそのアネサ村へ案内してくれるか?」
俺が男たちの村へ向かおうとすると、雑貨屋の先ほどのやる気のない店員が俺を手招きしてきた。
「ちょっと待っててくれ」
先ほどのやる気がない感じとは変わらないが、何か雪人には聞かれたくない話のようで俺の耳元で小声で話しかけてきた。
「お前ら、雪人についていくのか?」
「あぁそのつもりだけど?」
「最近……雪が降る前にこの村からあの村へ行ったまま帰って来ない旅人が多いって話なんだ。今まで魔石が必要なんてこの時期に言い出すこともなかったし、余計なおせっかいかもしれないけど気を付けた方がいいぞ。雪人は元々閉鎖的な種族で俺たちとは交流はあるが……あの村は後ろ暗い何かがあるって話だ。特にあんたらみたいな旅人は消えても誰からも文句は言われない」
どうやら心配をしてくれているらしい。
「わざわざなんで俺にそんなことを?」
「うちの目の前であんな大声で話をしていて、もしそれでいなくなったら俺の寝覚めが悪いからな。注意はしたからな。あとはあんたらの好きにしたらいいが、閉鎖的なあの村へ来いなんていうのは相当怪しいぞ」
「閉鎖的な村なのか?」
「田舎はどこもそうかもしれないがな。あそこの村はここ以外と交流なんてないって俺は聞いている。まぁ亜人の村へ行こうなんて奴は滅多にいないけどな。この店から北に山脈があるだろ?」
「あれが何か?」
その山脈は俺たちが来た方向とは逆方向にあるかなり大きな山脈だった。下からでは山頂を見ても雲に隠れてしまって上まで見ることはできない。
「あの山脈の向こうは魔道スイジュ国だ」
魔道スイジュ国は魔法に特化した国だと言われている。そびえたつ山々に守られた閉鎖的な国で俺たちが住んでいるベロッサ国とは、たしか国交がないと言われているが……店員が何を言いたいのかイマイチ要領を得ない。
「それがいったいなんだっていうんだ?」
「あの魔道スイジュ国が雪人に使者を送ったっていう噂が流れたことがあったんだ」
「あの山を越えて? 田舎の亜人の村にわざわざ?」
「あぁ……雪結石があるからな。それにあの村には何か村人以外には教えない重大な秘密があるらしいんだ。だけど、全員があんたと同じ反応をしたよ。あの山は夏でも雪が積もっているのに超えることはできないってね。だからただの噂として誰も信じてはいないが、あの村にはいろいろ変な噂があるから気を付けた方がいい。まっただの田舎の暇つぶしおばちゃんらの噂話ではあるけどな。何があるかわからないからな」
そういうと店員はニッコッと笑って俺を見てくる。
どうやら、少しからかわれたのかもしれない。
「魔石と雪結石の交渉をするだけだからな。そんな危険なことに巻き込まれることはないと思うけど気を付けるよ。わざわざありがとう」
「なに、ただの田舎の噂話だけどな。だけど、閉鎖的なあの村の噂がこっちで流れることがおかしいんだ。だから念のためな」
こういった噂は田舎では結構あることだった。別にそれほど警戒する必要はないだろう。
閉鎖的な村とか、陰謀論とか、やることが少ない田舎ではそういった話は面白可笑しく広がっていく。
本人たちにとっては悪気もなければ本気で心配してくれていたりもするので、むげにはできないけど。
俺はもう一度お礼を言ってから店をでた。
田舎の村でそんな危険に巻き込まれるなんてことはそうそうない。それよりも早めに雪結石を手に入れてきてやらないと。
俺たちはその男二人の案内でアネサ村へ向かうことにした。




