大型帆船と月夜の海と幻想的な人魚の歌
BBQの後片付けをみんなで終らせ、それぞれが翌日に備えるために解散になった。
メイたちはBBQが終わるまで帰ってこなかったが、彼女たちのフィールドだから特に心配はしていない。
俺たちも箱庭に戻ると、そこには海底に沈めたはずのチャドの大型船が海にぷかぷかと浮いていた。マストの一部など折れていたりするが舟の底には穴などもなくまだまだ使えそうだ。それにしてどうしてこれがここに?
「なんでこれが? 沈めたんじゃないのか?」
「ロック様が沈没させましたけど、もったいないからちゃんと拾ってきましたよ」
これをやったのはどうやらメロウだったらしい。
「拾ってきたって……」
「大丈夫ですよ。乗っていた船員とかは全部助け出しましたし、使わないのにあんなところに沈めておくのはもったいないでしょ?」
「まぁもったいないのはわかるけど」
「それにどうせあそこは一度沈んだら海が深いから人では絶対に回収できない場所よ。それに彼らはもう戻ってこないでしょうし」
チャドたちの今後の処分は俺たちが関与するところではないが、少なくとも奴隷商として復活することはできないだろう。彼が積み上げてきた信用は奴隷商という職業とのギャップの中でこそ光り輝いていた。
それが今回のことで奴隷商はやっぱり信用できないとなってしまった以上、それをひっくり返すだけの信頼を得るにはかなり時間がかかるはずだ。
「これは仲間になってすぐ取りに行きたいものがあるって言った時にとってきたのか?」
「そうよ。人魚の里の中にもいろいろ役に立つものがあったから、それらも全部あの船に積んであるわ。私も含め……ロック様のものだから好きにしていいわよ」
「あぁ……ありがとう。いろいろ考えておくよ」
「どういたしまして」
メロウが聖獣になってから一度いなくなったことがあったが、その時に沈められたチャドの帆船を回収してきていたらしい。聖獣の箱庭があるから、海を渡るにしてもこの大きさの船が必要になるとは思えないが、箱庭の中に浮かぶ船はなんとも立派で絵画の中に迷い込んだような不思議な気持ちになる。
「乗ってみても?」
「もうこれはあなたの船よ」
メロウが帆船の横にある子船を俺の近くまで持ってきてくれた。
それを使って近くまでいくと、かなり大きさがあることがわかる。
俺が帆船に飛び乗ると、中は思った以上にキレイだった。下から見た時と同じで一度沈んだせいか少し壊れている部分もあったが、ほとんどはなおせば使えそうだ。
中に入った水なども全部キレイに抜かれている。
「この中の水を抜いてくれたのもメロウが?」
「えぇ、これくらいはたいしたことじゃないわ」
魔物に沈められた船は引きあげた人の物になるが……今回のはさすがにマッチポンプだと思ってしまう。だからといってもう一度沈めるかと言われれば……ありがたく使わせてもらうことにしよう。外で使うこともほとんどないだろうけど。
船の中に入って宝物庫を見るとかなりの金品があった。
チャドは奴隷商としてそうとうやり手だったからな。
絵画などの美術品は一度塩水に浸かってしまっているので、少し剥げてしまったりして価値がなくなってしまっているものが多いが、その中で一枚だけ心揺さぶられる絵があった。
その絵は水に沈んだのにまったく水に濡れた気配がないそんな不思議な絵だった。
その絵には明るい美しい木々の中の真ん中に川が流れており、その横で一人の少女が満面の笑顔でこっちに手を振っている。
とても印象的な絵だった。俺はそれを良く見える場所に飾っておくことにした。
絵については詳しくはないが、心奪われる何かがあった。
ちなみに、助けられた違法奴隷たちはドラクルがグリズに力を借りて責任をもって元居た場所や家族の元へ返されることになった。
あの家のチャドの財産などはかなりの金額になるそうだが、ワンダーウルフ白狼に襲われた人々の復興の資金などに使われるらしい。
それにしてもこの絵は綺麗だ。どうやったらこんなに綺麗な色使いをすることができるのだろう。
「ロック様、その絵もっていかれますか?」
どうやら俺は絵を見ながらずっと固まっていたらしい。思考が散らばっていたが、なんだろう……ずっと絵から目を離さなかったことを考えると相当気に入ったようだ。
「いや、やめておこう。この絵はここに置いていく」
別に嫌な気配や精神攻撃を受けた感じはしないので、何かフィーリングがあうのだろう。
俺たちは船から降り、砂浜まで戻ってきた。
空には綺麗な満月が浮かんでいる。
「ロック様、歌は好き?」
「あぁ好きだよ。それが?」
「では、船をも沈めるという人魚の歌をご披露させて頂ければと思います」
「今回は力技で沈めていたけどな」
メロウはにこりと微笑むと岩の上に座り、満月と帆船を背景にして歌いだした。
それはとても幻想的な風景だった。メロウの歌は本当に心に響く。
今までも吟遊詩人の歌などそれなりに歌は聞いてきた、そのどんな人の声よりも心に響く歌声だった。
これなら聞いているうちに船の操作をあやまってしまうのもなんとなくわかる。
メロウの歌は優しく疲れた心を癒してくれた。




