チャドの伏兵
グリズは早速チャドを追い詰めていく。
「出品している奴隷も実は半分以上違法奴隷らしいじゃないか」
「どこにそんな証拠があるというんですか? いくらグリズ様とは言え、いちゃもんつけるつもりならこっちにも考えがありますよ」
チャドはあくまでも強気の姿勢は崩さないらしい。
まぁまだ何も証拠をだしたわけではないからな。こういう奴らはなかなか正直に自分がやりましたとは言わないだろう。
「先に言っといてやるが、早めに自白した方がいいぞ」
グリズが余裕を見せながら自白を促していく。
さすが商人の息子といった感じだ。意外にその風格というか発言には凄みがあった。
「はぁ、お前らちょっとそこの扉を閉めろ」
俺たちを案内してきた男たちが部屋の扉を閉め、そのまま防音の魔法を部屋全体にかけはじめた。まわりの人に聞かれたくない話をするようだ。
これでこの中で話した内容は外から盗み聞きしようとしても聞くことはできない。
「それで何を知ってるっていうんですか? あんたはただのバカの2代目だと思って甘くみていましたが、どうやら違うようだ。腹割って話しましょうか」
「残念だな。タダのバカじゃなくてあいにく大バカなんでな。まず、お前は行く先々で孤児や浮浪者を捕まえては奴隷にしているだろ。しかも、ワンダーウルフ白狼に襲わせた街の人間も捕まえたな?」
「ほう、そんな噂があるんですね。何かそんな証拠でもあるんですか?」
チャドは自分から腹を割って話そうといいつつ、こちらがどんな情報を握っているのかを上手く聞き出すつもりらしい。チャドもまったくと言っていいほど余裕の表情を崩さなかった。
グリズは懐から1枚の紙を取り出す。
そこにはグリズが調査した孤児や浮浪者の情報が書かれていた。
それらの人は、なかなか見過ごされることが多く正確な人数などの把握は難しいが、聞き取りの調査で目に見えて数が減っていると書かれていた。
「残念ながら正確な情報はなかったんだけどな、お前が街にやってきたときと時期があってるんだよ」
「いいことじゃないですか。私どもが運営する炊き出しで元気になって働く方が増えたってことじゃないんですか?」
「浮浪者はその可能性はあるが、孤児はそう簡単には減らないんだよ」
「そうですね。でも、それが減っているのと私たちは何が関係あるんです? 憶測にすぎないですよね?」
「あぁ、残念ながらそれを調べることはできなかったよ」
まだこれは小手調べのようなやり取りだが、チャドは勝ちほこったような笑みを浮かべる。
「残念でしたね。まさかそんな理由で足止めされると思っていませんでしたよ。さっさと今日のお金を支払っておかえりになられた方がいいんじゃないですか? これ以上いるとただ恥をかくことになりそうですよ」
「あぁ……調べることはできなかったが、連れ去られたっていう証人は見つけることができたぞ。そこの扉を開けてくれ」
男たちからどよめきがあがり、うろたえているがチャドが頷くことで扉を開けた。
そこにはシャノンに付き添わられたリランの妹のナユタだった。
「お前らか、昨日の夜うちの家を襲ったのは! 俺の奴隷を返せ!」
ほぼ叫び声にも聞こえるチャドの言葉を冷静に返したのはナユタだった。
「私はあなたの奴隷ではありません。あなたに捕まるいわれもありませんから」
彼女は身体の小ささから似つかわない、しっかりとした言葉でそうハッキリとチャドに告げた。
「笑わせますね。そんな孤児の話と私の話のどちらを信じると思いますか?」
「この街の人間は全員、私の思うがままです。それだけの信用を積み重ねてきました。それはこの街だけじゃありません。私はもう一介の奴隷商ではありません。あなたたちみたいなゴミとは違うんですよ」
「そうか……やっぱりお前は気が付いてなかったんだな」
「はぁ? 何を言ってるんだ?」
「そこにいるナユタは公爵家の令嬢だよ。あんたがワンダーウルフ白狼を使って街を襲わせ、失脚させたルイス家の正当な跡継ぎの一人だよ。後見人の言われるがまま襲わせたあんたは知らなかったらしいけどな」
「なっなにを言ってるんだ?」
「安心していい。あんたはこれも嘘だというんだろうけど、今こいつの兄貴がグリズの手配で王都の親類を頼りに行っている。ルイス家は元々王族から別れた血筋だからな、王都へ行けばリランを知っている人もいるだろう。それにしてもナユタは頭がいいよ。ワンダーウルフ白狼の狙いがルイス家の転覆と魔物の異常行動を予測する魔道具の売り込みだと理解した途端、自分の身分を隠してみすぼらしい恰好になって逃げてくるんだからな」
「それで? それをやったのが私だという証拠は?」
チャドはそれでも罪を認めようとはしなかった。
「それはもちろん、私が証言します。あなたに捕まり地下に閉じ込められたことも」
チャドは明らかに俺たちをなめている。
いまだに余裕の表情を崩そうとはしなかった。
「いや、まぁいいんだ。別にお前が罪を認めようが、認めまいが。罪を裁くのは王都からくる人たちだからな。俺たちはここでお前が逃げ出さないように見張っていればいい」
「クククッ……あなた交渉下手糞だって言われませんか? おかしいと思ったんですよ。なぜ兵士を連れてやってこないのか。つまりあなたたちはまだ、私の兵士たちを掌握するまでにはいっていないってことですよね?」
「あなたの兵士……ですか?」
「えぇこの街にいる兵士の多くは私からの賄賂を受け取っていますからね。それでは、私はこれで失礼しますよ。もう半魚人に襲われ壊滅するこの街には用がありませんからね」
チャドはそのまま部屋からでていこうとする。
「このまま逃がすとでも?」
「えぇあなたたちは追ってはこれませんよ」
開かれていた、扉からこの街の兵士たちが入ってくる。
「時間稼ぎをしていたのは、あなたたちだけではなかったんですよ。この部屋に防音魔法を使うと同時に彼らには連絡が行くようになっていたんですよ。邪魔者は手の内にいるときに処分をするのが一番ですから。それではこれで失礼」
チャドはそのまま部屋からでていく。残されたのは俺たちと兵士たちだった。
やってきた兵士には見覚えがある。ドラクルを捕まえていた男に、こないだ、ナユタが裏路地に行ったと言っていた男たちだった。
「お前らは……この街が半魚人に襲われてもいいっていうのか? お前らが生まれ育った町だぞ」
グリズは兵士たちに話しかける。
「あぁ? 生まれ育った町が俺たちに何をしてくれたっていうんだ。俺たちはこんなところで終わるつまらない人生で満足するつもりはないんだよ。ここで手柄を立ててチャドさんに正規兵として雇ってもらうんだ。さて、それじゃあ大人しく死んでもらおうか」
「ロックどうするんだこいつら?」
「そうだな。捕まえてから追いかけても間に合うし相手してやるか」
絶対的に有利だと思っている奴というのは意外と自分がはめられていることに気が付かないものだ。このまま俺たちが無事に逃がすわけない。
それにもう彼らがどこに逃げるかは予想ができている。あとはゆっくり追いかけるだけでいい。




