隣国の怪しい商人
俺たちは一度村長の家に戻ってきた。
そこには大荷物を持った商人一団と思われる人たちがいた。
俺がこの村に来た時、雪の上には足跡などがなかった。
ここ数日そんな雪は降らなかったと思うが……この一団はどれくらい村にいたのだろう。
一団のトップとみられる男性がにこやかに村長へ声をかけた。
「村長さん、この度は歓待ありがとうございました」
「いえいえ、もうお帰りになられるとのことで残念です」
「また、すぐに来させていただきますよ。本当にこの村は最高の村です」
「そう言って頂けると光栄です」
外部の人間にあまりいい顔をしない村長があれだけ、笑顔を向けているのにも不信感があるが、商人一団がそう何度もくることも不思議だった。
それに商人……だと言われても周りを囲む護衛の姿を見ると傭兵か、兵士の一団にしか見えなかった。
彼らの動きがあまりに洗練されており、細部の動きが雇われた冒険者のようには見えない。
あれではまるで兵士のようだ。
それに村長にあいさつをしている男も、剣を持っているが、腰には魔法使いが使う杖が差さっていた。商人で剣士で魔法使いなのだろうか。
にこやかな作り笑顔がやけに胡散臭い。
「ところで、こちらの村には珍しい方がいるようですが、こちらの方は?」
「紹介がおくれました。こちら冒険者のロックさんです。コロン村でこの村のことを聞いたようでして、この雪の中わざわざ雪結石を買いに来られたんです」
「そうでしたか。冒険者の方々にはいつもお世話になっているんですよ。初めまして、商人のカールフェルトと言います。私もこの村に雪結石を仕入れにこさせて頂いているんです」
「初めまして。ロックです。自分も商人さんにはよくお世話になっているんですよ。もしよろしければ護衛などなんでもやりますので、どこかで指名依頼でも頂けると幸いです。カールフェルトさんは、どこの街の商人さんですか? 自分はブランドンの街からやってきたので、もし近ければ……」
「おっと、それは残念です。私たちは魔道スイジュからやってきました」
「魔道スイジュからですか! それはまた遠くから。今の時期に山越えは難しいですから、かなり遠回りをしてこられたんですか?」
「えぇ……まぁそんなところです。それにしても、単独で雪結石を買いにこられるロックさんはよほど凄腕の冒険者だと見受けられます。ぜひ、魔道スイジュで冒険者をされる場合にはお声をかけてください」
「ありがとうございます」
「カールフェルト様……そろそろお時間が……」
会話のタイミングを見計らい彼の部下が会話を中断させてきた。
ん? よく見ると彼らはかなりの重装備をしている。これから雪山を進んでいくような服装ではなかった。やっぱり何かおかしい。
「あぁわかってるよ。マクファーレン。急いで帰らないと家内が怒るって言うんだろ? まったくお前はいつも時間に厳しいんだから。それでは村長さん、ロックさんこれで失礼します。喜びの女神の幸がおおからんことを」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
マクファーレンと呼ばれた男はすっと頭を下げる。
「カールフェルトさん、そこまで送りましょう。ロックさんはここでお待ちください」
「わかりました」
部屋から出ていく彼らを見送り、俺は一人村長の家の中に取り残されてしまった。
何もないなら、何もないのが一番だ。ただ、なんとなく嫌な感じがある。
「シエル」
箱庭からシエルが飛び出すと、部屋の中を一周飛び俺の肩に止まって、嬉しそうに頬に顔を摺り寄せてきた。いつも可愛いな。
「いつもありがとうね。シエル、今でて行った商人たちを追って欲しい。彼らがどこへいくのか調べて欲しいんだ」
窓を開けてあげると、シエルはもう一度俺に頬ずりし、一気に空へと飛び立っていった。シエルは太陽の光を浴びて輝いている。
箱庭の中で見るシエルは可愛いが、外で大空を飛ぶシエルはどこか威厳がある。
まるで空の王者といった感じだ。
シエルが飛んでいくのを見送っていると、アンドが家に一人で戻ってきた。
「窓を開けていて寒くないのか?」
「少し空気を入れ替えようと思ってね。アンドはどうしたんだ?」
「村長が、今夜はこの村にある来客用のログハウスに泊まってもらうように伝えてくれって言われて戻ってきたんだ。彼らは最近くるようになったんだけど、この村の品物を高く買い取ってくれるお得意さんでね。村長は機嫌取りに忙しいんだ」
「この村に泊まって行っていいのか?」
「もちろんだ。ドラゴンの封印もそう簡単には終わらないだろうからね」
案内されたのは村の外れにある大きなログハウスだった。
なかで武術の訓練ができそうなくらい広い。
「この村にこんな広い家があるんだな」
「あぁお風呂も広くてびっくりするぞ」
そう言って連れて行かれた場所にはラッキーたち従魔が全員がはいれそうなほど大きなお風呂だった。
「ここは来客用の家とは言ってるけど年に何回か、俺たちみんなで泊まるように作られた場所なんだ。大勢で酒盛りしたり、一晩中語り合ったり、村の結束をはかるお祭りみたいなものだな」
「それは楽しそうだな」
「めちゃくちゃ楽しいぞ。娯楽が少ない村だけど、みんなで風呂に入ってお酒を飲んで騒ぐとご近所さんの新しい発見があるんだ。俺も酒で失敗したことがあるんだけど、それも笑い話さ」
アンドがすごく楽しそうに話をしていた。
酒の失敗はどこにでもあるようだ。
「あと、風呂はかけ流しだからいつでも入れるぞ。熱かったら雪をいれるか、風呂の横を小さな川があるからそこで流れを調整してくれ。あとは……村長から夜は家からでないようにしてくださいだって」
「せっかく観光したかったのに残念だな」
「まぁ、この村の奴は変わった奴が多いから、ロックたちを守る意味じゃないかな。村の結束が強い分、外からの人間には冷たいんだ。特に上の年代に行けば行くほどその傾向は強いかな」
「魔導スイジュ国の人たちは平気なのにか?」
「あれは……村長の贔屓だからね。俺はそろそろ仕事に戻るよ。急なことで食事の準備ができないんだけど、ロックは冒険者だから非常食は持ってる? 簡単なものなら持ってくるけど……あまり美味しい物はないかな」
アンドはスイジュ国の人の話はしたくないようだった。
閉鎖的な村に他国の人間がやって来ているだけでも驚きだった。問題さえ起らなければそれでいいが、どうも……。
「食事は大丈夫。自分たちで準備するから」
「それなら良かった。明日の朝まだ迎えにくるから。それまではゆっくりしていてくれ」
「助かったよ」
アンドがでて行ったので、俺は箱庭の中にはいることにした。
少し箱庭の中でゆっくりしよう。
のんびり温泉にでもはいるか。




