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桃きのこの森へ1

 自分は流されやすいのかもしれない。


 夕暮れ色に染まる閲覧室のカウンターで本に目を通しながら、わたしは思った。

 ミュウの『お願い』というのは、やはりというかなんというか、変身の薬をわたしに作って欲しいというものだったんだけど……

 それだけでは終わらなかった。なんと、わたしの家に住まわせて欲しいとまで頼んできたのである。すごく厚かましい。

 最初はどっちも断った。するとミュウはわたしの腕にしがみついて……


「お願いしますクロちゃんっ」


 愛らしい瞳でこちらを見上げながら懇願してきた。

 わたしは折れた。

 変身の薬は作ってあげる、と。でもさすがに、この家に置いてあげるのは無理だと告げた。

 そうしたらミュウはわたしに抱きついて……


「クロちゃん……お願いします。ワタシを見捨てないでください」


 耳元で可愛らしくそう囁いてきた。

 わたしは再び折れた。

 とりあえず、家に置いてあげることにした。

 だって可愛いんだもの。放り出すなんてできない。


 ……わたしは、可愛いモノに目がない。

 周りには隠しているけど、可愛いモノが大好きでたまらなかった。

 わたしと契約している精霊のフラワみたいな小さくてふわふわしたのとか、もう最高だ。

 どうして周りに隠しているのかというと……恥ずかしいから。

 わたしは周囲の人たちから少し冷めていて大人っぽい……と思われているらしい。自分ではよくわからないけど。

 そんな風に思われているわたしが可愛いモノ好きって知られたら……そう考えると、なんだか恥ずかしい気がする。というか、あまり他人に自分の趣味嗜好を知られたくないのかも。


 ともあれ、ミュウの『お願い』を聞き入れたわたしは、こうして本を読んで変身の薬について調べているわけだった。

 読んでいるのは錬金術の製法書。わたしが師匠から譲り受けた本だ。

 マリンシェルへ来るとき、王都の工房から持ってきた唯一の製法書。なぜこの一冊だけ持ってきたかというと……まぁ、師匠からもらった大切な本だから。

 師匠が使っていた製法書だけあって、この本に記されているほとんどの物は、今のわたしでも作れない。

 だけど、変身薬なら素材さえ揃えれば、わたしにもなんとか作れそうだった。

 必要な物は、ほとんど珍しい素材じゃない。わたしの工房にある素材と、町の道具屋で簡単に揃いそう。

 ただ二つだけ、ちょっと特殊な素材がいる。

 ひとつは変身したい相手の、身体の一部。体毛でも皮膚でもなんでもいい。

 今回の場合それは『人間』の物が必要になるけど……これは、わたしの髪の毛で済む。

 問題というか少し手間がかかりそうなのが、もうひとつの素材だ。

 岩きのこという、ちょっと変わったきのこが必要だった。

 名前の通り岩みたいな見た目をしたきのこだ。比喩でもなんでもなく岩ぐらいに硬くて、煮ても焼いても食べられない。

 毒にも薬にもならず、普通なら使い道のないモノ。だけど錬金術でなら使い道はある。

 そういう素材は数多く存在するけど、岩きのこもそんな存在のひとつだ。

 普通は食べられないし、薬にもならない……だから町の道具屋には置いていない。

 わたしの工房にもストックはないから……採取しに行く必要がある。

 たしか町の近くの森に、岩きのこが生えていたはず。今の季節……春には数が少ない種類のきのこだけど、探せばきっと見つかるはずだ。


 さっそく今から……と椅子から腰を浮かしかけるわたしだけど、窓の外を見て思いとどまった。

 もう日没が近い。夜の森は危険だ。夜行性の魔物は凶暴だし、暗くて素材も探しづらい。


「とはいっても……」


 ミュウはどれぐらい、あのままで平気なんだろう。あまり地上にいると、「たぶん死ぬ」なんて言っていたけど……。

 でも、水に浸かっているぶんには大丈夫なんだろうか。……どっちにしろ早い方がいい。あのままじゃ色々と不便だし。というか、わたしがお風呂に入れない。

 ちょっと危険だけど、今から森に出かけよう。

 準備と対策さえすれば、きっと大丈夫だ。なんとかなる。

 決断したなら善は急げ。わたしは探索の準備をするために、工房へ行こうと椅子から立ち上がった。

 その背後で、入り口の扉が開く音がする。

 振り返ると、ひとりの少女が中に入ってくるところだった。

 真っ赤な髪を頭の高い位置で結わえた少女だ。

 わたしと目が合うと、少女はにっこりとこちらに微笑みかけてくる。不思議と、彼女の周囲が華やぐような笑みだ。

 わたしの前までやってくると、少女は胸元に手を置いて、こちらに一礼する。


「こんばんは、クロ」


「うん、こんばんはロゼ」


 少女の名前はロゼリア・フォイアロート。

 わたしをマリンシェルの町に呼んだ依頼主……そして、わたしの友人だ。

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